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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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19話 報告と提案

 マナと緋媛が戻った龍の里では、曇り空が広がっていた。と、思いきや時々晴れたりとまばらである。イゼルかゼンの感情が不安定なのだろう。

 まずは報告のためにイゼルの屋敷は向かうが誰もいない。いつもはいる夕方だというのに屋敷の主ですら不在なのだ。

 どこへ行ったのだろう。マナと緋媛は互いに視線を合わせると、思いつくところの薬華の診療所を訪ねに向かった。

 道中、曇りと僅かな雨が降り注ぎ始め、急いで診療所内に入ると、揉め事を起こしている声が聞こえる。慌てて診察室の扉を開けたマナと緋媛は、声を失った。


「いいから大人しく脱ぎな!」


「やめて! 子供達が見てる!」


 嫌がるゼンを無理やり脱がせる興奮した薬華。それを顔を手で覆って指の隙間から見たり見なかったりするルティスとフォルトア。


「な、何してんだあんたは!」


 思わず声を上げた緋媛。マナは硬直し、薬華の手が止まった。

 助かったと安堵の表情を浮かべながら服を着直すゼン。解放した薬華は笑いながら言う。


「この親子は天候と繋がりを持つ一族だからねぇ。体液という体液から毛という毛、体の隅々まで仕組みを調べるには絶好の機会だったからつい興奮しちまったのさ」


「だからと言って脱がせる必要ないでしょう! 髪の毛も唾液も血も渡したのに」


「だから悪かったって」


 全く悪びれる様子のない薬華を無視し、子供達を連れて診察室奥へ入るゼン。

 対して薬華は緋媛達と話を続けた。


「それより無事マナ姫を見つけたんだねぇ。怪我はないかい? 何だったらせっかくの人間の体、隅々までじっくりと」


「姫、俺の後ろに」


 身の危険を察知したマナは彼の後ろにそっと身を寄せた。


「冗談だよ」


「さっきの見て冗談だと思えるか」


「まあ半分は本気だけどね、心配だったのは本当だよ」


 むしろ半分も隅々まで見るつもりだったらしい。

 笑みを浮かべながらマナを見つめる瞳が、獲物を狙っているかのようだ。


「それより、イゼル様の屋敷に誰もいねえんだ。色々報告したいことがある」


「ああ、そこでずっと寝てるよ」


 親指で奥のベットを指した。マナと緋媛がその先へ向かうと、ぐっすりと眠るイゼルが横たわっていた。

 両側にはゼンとルティス、フォルトアがいる。


「こんな感じで、今はゼンが族長代理やってるのさ」


「イゼル様、ご病気なのでしょうか」


 心配になって聞くマナに、薬華が笑い飛ばしながら回答した。


「イゼルが病気? ないない。まあ、色々面倒だから休んでもらってるのさ。司がいないと起きないよ」


「司と緋刃とルティ」


 ルティス、と言いかけたマナは幼いルティスを視界に入れると言い直す。


「テスは森番ですか?」


「……ここ数日でミッテ大陸に来る人間が増えてね、あいつらだけで何とかしてるんだよ。ゼンまで動くわけにいかないからねぇ」


 そのゼンと視線が合うマナ。後ろの小窓からは晴れた夕日が見えている。


「今更だけど無事でよかった。緋倉とゼネリアは?」


 龍の里に戻ってはいないはずだ。マナは理由を話そうとしたのだが、子供達に聞かせる訳にはいかないので、診察室側に移動した。聞こえてしまう上に好奇心旺盛なので意味がないかもしれない。

 説明した事はまず、飛んだ先がトウ大陸でありエルフの里で世話になったこと。次にゼネリアの葛藤と緋倉との喧嘩、エルフの里への襲撃と神殿への移住について。

 一通り話を聞いたゼンは、少し考え込む。


「ゼネリアが次期人柱だって知ってたけど、まさか神殿を利用するなんて思いもしなかったよ。そうか、エルフの里はもう地上にないのか……。薬華、なんか聞いてた?」


「全然、……って言いたいとこだけど、何年か前に緋倉に話してたんだ。どうしたら他種族を助けられるかって。動いてたんだねえ」


「父さんが知ってた可能性は?」


「ないね。兄妹のくせに他人行儀なあの子が言う訳ないさ。イゼルも兄だって言ってないし、気づいてないんじゃない?」


 と、ここでマナは「それが」と口を出した。


「イゼル様がお兄様と知っていました。本当はお兄様とお呼びしたいようです」


 緋媛は目をまんまるくした。薬華とゼンはいかにも納得した反応だ。


「あのゼネリアがお前に言ったのか!?」


「え、ええ」


 殺されるかと思った、とは緋媛には言えない。本音を語った夜はおそらく勢いで言ったのだから。


「だったら余計に面倒な兄妹だねえ。血筋を気にしているんだろうけどさ」


「父さんも早く言ってしまえばいいのに。他にゼネリア、何か言ってた?」


 話していいものだろうか。マナに視線が集中する。

 探るような視線のゼンに押し負けてしまった。

 彼女が悩んでいる事は、血の他には動物達との意思疎通もあり、別世界の血が濃い事に影響されて近くにいてはいけないという考えが根強い。故に近くにいてはいけないというのだ。


「とても素敵な能力と血筋ですのに、どうしてそう思い込むのでしょう。彼女のお父様はそんなにも違う方でしたか?」


 マナが見た先は薬華。緋媛とゼンは何故その変態に聞くのか疑問であった。


「あたしから見ると、特殊な血を持つ実験対象でしかないねぇ。見た目は人型に合わせたものの、元の姿は全く違う形さ」


「全く? どのような方だったのです?」


「……植物そのものさ。元の姿は見たことのない種子が多くて、歩くとボロボロと種子が落ちるんだよ。草も生えて、そこに動物達が集まって居心地よさそうにするんだ」


 マナは移動する大木を想像した。

 広い草原に腰を据えると、集まってくる動物達。囲まれる頃には暖かな陽射しが差していたのだろう。


「ああ、だから動物に好かれてんのか。森の猛獣も擦り寄ってるからな」


 現代では黒猫を飼っていた事を思い出す。戻った時はその猫の姿が見えなかったので、やはりゼネリアに付いていたのだと察した。


「その話聞くと、異界の血が混じっても害は無いし、むしろ何でそこまで毛嫌いされるか理解出来ないや。話を戻すと、その出生もあって膨大な力もあるから一人でやろうとしてたんだね。……きっと、里の皆に認められたいんだよ」


 その前にイゼルが声に出して彼女を妹として受け入れる必要がある。父の寝顔を見ながら話し合うしか無いとゼンは考えた。


「そこばかりは未来でも根が深いんだよな。まあゼネリアは兄貴が追ってるだろうから何とかなるとして、それよりゼン様、エルフの里を襲撃した人間が気になる事を話してました。残るドワーフを借り尽くしたら最後はミッテ大陸だと」


 目を見開いた。マナは集中攻撃される事に恐怖を感じた。


「おそらくダリス帝国軍と欲深い他国の人間がいるはずです」


「……司が戻ったら改めて話し合おう」


 何気に聞き耳を立てている子供達のいる前で話すことでは無い。ゼンは冷静に夜に考える事にしたのだが、マナは提案をした。


「あの、レイトーマ王国とカトレア王国に援軍を依頼するのは如何でしょうか。良好な関係ですし、きっと事情を話せば」


「マナ姫、これは俺たち龍族とダリスの問題だ。無関係な人間を巻き込みたくない」


 思えば無関係な人たちが傷つく事になる。被害を最小に抑えながら歴史上から消えようとしているとするならばーー


(わずかに残っていた歴史書にはエルフもドワーフも妖精のこともなかった。そう、事実は今のこの時期に全て無くなる事になるのね)


「でも戦力が足りないから、マナ姫の案も一理ある。いずれにせよ後ほど急ぎ話し合おう」


 ふわりと微笑むゼンを前にパッと明るくなったマナは、レイトーマとカトレアへ向かう際は共に行く事を約束した。きっと協力してくれるはずだと信じて。


 そんな話を聞いていた子供達はヒソヒソと話していた。


「みんな難しい話してるね。イカイって何だろ」


「それよりダリスが来るって、俺たち連れ戻されんのかな」


「嫌だよそんなの」


「そうだ、俺達も戦おう。人間に仕返ししてやるんだ」


「それに強くなればもう人間に怯えなくていいもんね」


 互いの拳をくっつけ合ったルティスとフォルトアは、まずは走ろうと勢いよく診療所を出て行った。




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