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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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12話 モリーのイタズラ

(何だこの柵は。ぼろぼろじゃねえか。本当にここがエルフの里かよ。他種族が人間に襲われてるって話は聞いてたけど)


 別れ際の緋倉は随分と雑なもので、柵が見えたらそこがエルフの里、確か話していない。見張りらしいのも気配もない。中には誰かいそうなものだが、他種族の縄張りに勝手に入るわけにもいかず。しかしマナが中にいるのは間違いない。困り果てていると、中から一人の老婆が緋媛に向かって歩いてきた。


「おおーい、そこの若いの。この里に何の用じゃ」


 滑らないようにか、足悪いのか、杖をつきながら離れたところで声をかける老婆のところで駆けつけた緋媛は、用件を伝えた。


「実は俺の連れの人間を、女を探しているんです。この中に入ってませんか」


 レイトーマの城で猫を被っていた事が項を弄したのか、片眉を下げてはにかんだ。

 老婆は「ふぇっふぇっふぇっ」と不気味に笑う。


「この地は人間によって平穏を失った。その人間を我らエルフが招き入れるとでも? 龍族の童よ」


 言われればそうだ。龍族も里を守るために森の人間を排除しようとしている。ならばエルフもマナを受け入れるはずがない。

 だが確かに気配はあるのだが、違うのだろうか。


(そんなはずはねえんだけど)


「が、それで追い返すほどこの里の長老は鬼ではない。ついてくるが良い。族長モリー・モギーに会わせてやろう」


「は、はい」


 族長に会いたい訳ではなく、マナに出会えさえすればそれでいいのだが、何となく断れなかった緋媛は従った。


 モリー・モギーの屋敷では、マナの頭の包帯を替えていた。モチがゆっくりと包帯を解いていく。


「モリー様、どこへ行かれたのでしょうか」


「客人が来るから里の入り口まで迎えに行くとか」


 族長自らが迎えに行くのだから、多種族の長なのだろうが、イゼルは考えにくい。トウ大陸のドワーフ族の長ザクマ・アロンドだろうか。真面目に考えていると、そういう訳でもなさそうだ。


「きっとあなたの番とやらを出迎えに行ったんだと思う。ひい婆さん、昔から面白そうなになりそうな事は先に自分の身分を隠す癖があるんだ」


「緋媛に面白そうな事なんてあるとは思えませんが」


 外した包帯をその場に置き、モチはマナのこめかみを暖かい濡れタオルで拭う。


「ひえん、それが番の龍族の名前か。龍族には発情期があると聞く。人間相手にも発情期するとはね。発情されるってどんな気分?」


「えっ」と反射的に嫌悪の声が出たマナ。

 モチは表情を崩していない。故に決して下心ではなく興味本位で口に出たようだ。


「あ。すまん、つい聞いてしまった。忘れてくれ」


 さらっと謝ると、消毒液を取り出した。

 こめかみが見える様に髪をかき上げたマナは、こくりと頷く。


「少し染みるけど、我慢して」


 傷口に入り込む液体がこめかみを刺激する。

 僅かな刺激のたびに漏れ出る声が官能的なものに聞こえたモチは、手を止めて冷ややかな視線をマナに向けた。


「あなたは人間なのに消毒液に発情するのか」


「違いますっ! 少し痛くてつい……」


 全く意識していない声が出てしまったと、マナは頬を桃色に染めた。


「まあ、消毒は終わったから。包帯巻いていくよ」


 マナの正面で膝を立て、こめかみに包帯を当てる。

 その腕を動かした時、ふわりと薬湯の香りがした。モチから香るなら、もしかするとマナ自身も同じような香りがするのかもしれない。

 そう思った時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「てめえ、俺の姫に何してやがんだ」


 マナとモチが同時に廊下の方を見ると、怒っている緋媛がいた。当然、覚えのないモチは頭に疑問符が湧く。

 緋媛を案内した老婆ーーモリーは面白そうに見守っている。何故なら丁度入り口の角度ではモチがマナを抱きしめようとしているように見えたのだから。


「何って、見ての通り包帯を変えようとしていただけだが」


「緋媛?」と本当に迎えにきた驚きより、なぜ怒っているのか、その疑問の方が先に浮かんだマナ。


「ああ、あなたの番か。おかしいな、初対面で怒られる覚えはないけど」


 緋媛の後ろにいる、今にも高笑いしそうなモリーを見て察した。そのこじれる状況が見たかったのだと。

 困ったひい婆さんだ。


 ずんずんと近づくと、真っ先にマナの手を取ってモチから引き離す緋媛。ようやくここでマナの血がついた包帯に気づいた。

 慌ててマナを見ると、臭いより先にこめかみの傷が先に視界に入った。


「誰にやられた」


 ぶちっと親指の腹を噛み、僅かに出血させると、彼女のこめかみの傷に塗りつけた。

 僅かな熱を感じると、痛みが引いていくのを感じるマナ。傷がすっかり塞がったのだ。


「……転んだのです。歩き慣れなくて、頭から落ちちゃいました」


 とても、エルフの里の子供にやられたとは言えない。言ってしまったら子供が緋媛に何をされるか知れたものではないから。

 ほっと一安心した緋媛は、マナをぎゅっと抱きしめた。

 この空気を壊すかのように、モチは「まったく」と切り出す。


「族長の家に上がり込んで挨拶もなく敵にむき出しにした挙句、目の前で抱き合う神経が分からないな。番待ちの龍族というのは皆こうなのか」


 はっと気づいた緋媛はマナを引き離す。

 随分と若そうだがこの青年が族長か。いや、族長は老婆だと聞いている。屋敷まで案内した老婆とは別にあるはずだと考えた緋媛だが、まずは謝罪した。


「失礼、すまなかった。どうも彼女の事になると正気を失ってしまうもので」


「この件はこれで終わりにしよう。龍の血の回復力といういいものを見させて貰ったから。それより」


 じろっとモリーを睨みつける。


「ひい婆さん、こうなると分かってて包帯を変えるように言っただろ」


「すまんのう。つい面白い事を見たくなってしもうた。片桐の小僧にそっくりなもう一人の倅を揶揄いたかったのじゃ。ふぇーふぇっふえっふえっ」


 けたけたと高笑いする老婆。話の流れが見えない緋媛だが、この老婆は父の司を知っているようだ。


「あの小僧に隠し子がおったとはのう」


「違う! 俺は未来のーー」


「ほう、未来とな。その娘と同じ時間軸じゃな」


「つーか婆さん、あんた何者だ? ただの案内役じゃねえだろ」


 このやり取りの間、マナはおろおろと焦った。

 もしや緋媛は老婆が長老だも知らないのではないかと思っていたが、その通りであり、間に入ることができなかったのだ。

 ようやくここでマナが「緋媛!」と止めに入った。


「この方が、エルフ族の族長モリー・モギー様です……」


 モチはやはり、と言いたそうにため息をつき、モリーは高笑いをする。マナはようやく言えた事で胸を撫で下ろした。

 緋媛は無礼を働いた冷や汗を額から流し「は、はああああああ!?」と屋敷中に驚きの反応を木霊させたのだった。




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