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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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8話 吐き出す本音

 その日の夜、マナとゼネリアは再び同じ部屋で寝たのだが、ゼネリアは背を向けている。

 人間と同じ部屋で不服なのだろう。互いになかなか眠る事ができなかった。

 ごろごろと体勢を変えるマナは、頭が冴えてしまっている。


(あれからゼネリアは何も話さないし、声をかけても無視されてしまう。こんな状態で私に暗示を解くなんてできるのかしら)


 押し寄せる不安に、ついため息が漏れてしまう。

 起きていたゼネリアは、前日の風呂場でのことを考えていた。

 仲良くなりたい。あれは本心なのだろうか。しかし人間の言葉は信用できないが、マナが気になってしまう。


「……あんた、誰」


 出た言葉に、マナは反応してくるっと向き直った。

 自分に声をかけられたのだろうか。背を向けたままなのでわからない。だが答えてみよう。


「マナ・フール・レイトーマと申します」


「人間の王族か。何故こんなところにいる」


 何故と言われても、ゼネリアの瞬間移動に巻き込まれたから、とはいえなかった。答えに困る。


「……私のせいだったな。あんた、あれは本心か」


「あれ、というのは?」


「風呂場で言っていたこと」


「仲良くなりたい、ですか? はい。ずっと、ずーっとあなたと仲良くなって、友人になりたいって思っています」


「やめておけ。人間なら人間同士交友関係を結べ。私みたいな化け物なんて選ぶな」


「化け物なんかじゃありません。あなたは心優しいゼネリアではありませんか」


 不思議と、マナと話している時は悪魔のような囁きが頭に響かない。

 話していると心地よくさえも感じる。何だこの人間は。


「優しくなんかない」


「あら、でしたら今朝はなぜ私に朝食を譲ったのです?」


「譲ってなんかいない。たまたま腹が減ってなかっただけだ」


「食欲がないって仰ってませんでした?」


 ゼネリアが何も言えなくなったところで、マナはふわりと笑った。


「やっと沢山話せました。先ほど人間同士の交友関係をとおっしゃいましたね。少し私の話をしてもよろしいですか?」


「勝手にしろ」


「私には、ご友人と呼べる方はおりません」


 マナは語り出した。幼い頃からいろんな教育ばかりで、友達を作りたくても皆離れていく。

 理由は一つ。王族に傷をつけてはいけないから。

 唯一面倒をみてくれた乳母は兄が国王となってから城から追い出され、話し相手は緋媛だけになってしまったという。


「私、最近思うのです。生まれや肩書きがなければ、私はただの人です。一人では何もできない、何も成し遂げられない、ただの人間なのです。だから支え合って生きていく。仲間を、家庭を築く。それはきっと異種族も同じだと思いませんか?」


「……さあ」


 その声が細く消えるように聞こえた。背中が寂しそうに見える。暗くてよく分からないが、髪の色が黒に近い灰色に淡く変化しているようだ。


「私は同じだと思います。支え合って生きていくのに、種族の違いなんて関係ありません」


 話しながら思い浮かんだ緋媛の顔。思えば城にいた頃から支えてもらっていた。それが例え人柱の護衛という仕事であっても。


(今は想いあった仲になって、現代に戻ったらずっと一緒に居られる)


「あなたには、緋倉がいるではありませんか。あんなに愛されて羨ましいです」


「そんなものはない。あいつにそんな感情なんて……ない」


 声が震えていた。現代で何度共にいる姿を見ただろう。初めて会ったときは口説かれたと思ったが、一番はゼネリアだと言い切っていた。――思えば何故そのような事をしたのだろう。再び過去へ来た今は全くその様子が見えない。むしろゼネリアしか見えていないようだ。


「あれはただ、情けなんだ。イゼルも、薬華も、みんな……」


「そんなことありません。いつだって気にして――」


 その瞬間、ゼネリアの布団が宙に舞った。と思う間もなくヒヤリと冷たいものが首に振れた感触がした。

 右手を氷で覆わせている。マナの上に跨り、氷の剣を首に突きつけたのだ。


「お前に何が分かる!」


 息が荒く、興奮している。心臓の鼓動が速くなった。


「イゼルも薬華も緋倉も、みんな親が龍族だ! ユキネは人間との混血だがこの世界で生きる種族。なら私は何だ? 半分龍族でも、もう半分は異界の魔族の血だ! この世界にはないんだよ!! 治癒能力の欠片もない、動物と意思疎通ができる、この世界に存在しない蔦や花を咲かせられる。そんなこと出来る種族はいない。そんな化け物なんだ……私は。だから……離れなきゃいけない。イゼルに兄なんて言えない、緋倉の側にも居ちゃいけないんだ……」


 首に振れた冷たい氷から、生暖かいものが肌を伝う。首が脈打つ感覚がある。

 傷が出来たんだろうと意識したとたん、痛みを感じた。その痛みは首の傷ではなく、心。ゼネリアの表情から感情が伝わったのだ。


「そんな顔をして、泣く程辛かったのですね」


「泣いてなんかいない。 泣いてなんか……」


 目を見開いたゼネリア。右手の氷がパンと弾けて気化した。声は震えている。


「何であんたが泣いている」


「分かりません。ただ、貴女の事を考えると辛くて……」


「私の為に泣いているとでも言うのか。あんた人間だろ。異種族を、化け物さえも何とも思っていない種族なのに、……おかしいよ、あんた」


 声を振り絞るったゼネリアは、マナの上から退いた。背を向けて脱力するように横に座る。

 マナは体を起こした。


「……もっとおかしいのは私だ。あんたになら何でも話してしまう。こんな事、緋倉にも言ったことないのに。何なんだあんた。どうして私の心をかき乱す、どうして入ろうとする」


 言葉が出ないマナは後ろからぎゅっと抱きしめた。小刻みに震えるゼネリアは払いのけようともしない。


「ずっと気持ちを押し込めていたのですね。全部受け止めます。話してください、もっと」


 それを鍵のように、かけられた暗示の言葉をつぶやき始めた。


「……誰も、認めてくれない。イゼルも、緋倉も、この先の未来ずっと。化け物は消えてしまえばいい。異物なんて」


「私は認めます。動物と意思疎通ができるなんて素晴らしいではありませんか。それにあなたの花も見た事があります。綺麗で、城に飾りたいって思うほどに。植物も生きているって思えるような花ですもの。羨ましいです。ただのお飾りの何もできない王女の私より、とても素敵な事ができる貴女が」


「これが、素敵だと」


「はい」


「気持ち悪くない?」


 マナは首を横に振りながら「いいえ」と答えた。

 振り返ったゼネリアは、彼女を抱きしめると肩を濡らすほどの涙を零しながらわんわんと泣きじゃくる。

 子供をあやすように頭を撫で、しばらくするといつの間にか眠ってしまった。


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