5話 エルフの里、再び
「その節は大変な無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした……」
マナは以前エルフの里に来た時に、龍族がいつか滅びる事を前提とした事に腹を立て、反論した事がある。
同時に考えさせられた事もあり、まずは謝罪をしたのだ。
「あー、よいよい。婆の小言だと思うが良い」
モリーはマナとひ孫とゼネリアを順に見ると、ひ孫に温かい飲み物を用意するよう指示した。
面倒くさそうに腰を上げながら、渋々部屋を出る。
「彼はひ孫様と」
「ひ孫のモチじゃ。可愛いじゃろう」
可愛い、というよりとても冷静な印象を受けた。
状況を分析し、判断する能力に長けているように。
「何を考えてあるか手に取るように分かるぞ、娘よ。その場の状況判断に長けた優秀で可愛いひ孫と思ってあるのじゃろう」
半分違って半分当たっていたマナは、笑って誤魔化した。
「あの、ゼネリア……彼女が狼の主人というのはどういう事でしょう。ミッテ大陸とセイ大陸では随分と離れていますし……」
主人と呼ぶには距離が離れすぎている。
狼も人に慣れているように、マナに体を許していた。野生動物は懐かないと思っているのだ。
「数年前の話じゃ」
モリーは語り出した。人間がエルフの里を襲撃してきた話を。
ダリス人がカトレア人に成りすまし、怪我人としてエルフの里に侵入した。その時手当てをしたのは子供のエルフ。善意でやった事が仇となったのだ。
回復するなり見張りの命を奪い、賊を招き入れると里はあっという間に荒らされ、半分が連れ去られた。中には命を失うものもいた。
戦う術を知らないながらも反撃を試みたが、それも徒労に終わる所だった。
「我らエルフの滅びの時は今かと覚悟した時、あの娘がやってきたのじゃ。司の息子と共にな。恐ろしくもあった。人間を人間とも、命を何とも思わぬように、葬っていたのじゃよ。じゃか、迷い込んだ狼の親子がおってな、慈愛を見せたのじゃ」
母親が人間に撃たれて倒れ、子供が泣いてる、
緋倉に懇願し、傷を治してもらうと暫くの間看病をしていたという。驚いたのは動物と会話をしていたこと。
「あの子は否定したが、司の息子とあの子を主人と認めたんじゃ」
そこへ、とろみのある飲み物がマナの目の前に置かれた。モリーには茶が用意されている。
モチはマナが足を浸けていた桶を片付けに行った。
「あの子が来たのはそれが目的ではなかったがの」
モリーがずずっと茶を飲むと、ゼネリアは魘されながら目を覚ました。
火の前で熱いのか魘されたからか、額に薄く汗をかいている。
「目を覚ましたのですね。よかった」
「この地へ来るのに無茶をしたようじゃのう。メガルタの小僧の妹よ」
安堵するマナと呆れているモリーのこの言葉と表情が、ゼネリアには違って聞こえた。
『そのまま起きなければ良かったのに。残念』
『この地に来ても居場所はない、世界の異物よ』
息が荒く、言葉が出ない。怯えながら涙が出てくる。重い体を起こしてよろよろと歩き出した。
「無理をしてはいけません。怖い夢を見たのですが?」
立ち上がったマナは彼女の体を支えるようにぎゅっと抱きしめたのだがーー
『逃げても無駄よ。悪夢を現実にしてあげるから」
まるで追い込まれるように、マナが悪魔のように見えた。逃げる気力もなくぺたりとその場に座り込むゼネリアは、ぶつぶつと呟く。
「私は異物……誰も認めない、化け物……やだ、やだよ」
それを聞いたマナは、ただぎゅっと抱きしめた。
モリーはじぃっとぼんやりと呟くゼネリアを見ると、額に人差し指を当てた。その瞬間、ぱたっと呟きが止まり、ぼーっとマナに寄りかかった。
「何をしたのです」
「深い暗示がかけられているようじゃのう。精神が破壊されかけておる。思考を止めてやったんじゃ」
強力な暗示をかけられている話を書いているが、ここまでとはマナにとって予想外だった。
緋倉の予想通りなら過去の自分を試すような真似をしている事になる。何故こんな事をしたのかが不可解だった。
「何かを鍵に解除されるようにしているようじゃのう」
「分かるのですか? 確かに解く条件はありますが……」
「このモリー・モギー、伊達に長く生きておらぬわ。ざっと二千年かの。ふぇっふぇっふぇっ」
「ひいばあさん、嘘言うなよ。千年も生きていないのに」
桶を片付けたモチが戻ってくると、眉を八の字にした。
「それよりもう日が落ちる。外は危ないから今日は泊まって行ったほうがいい。食事と風呂の準備をするよ」
寒い冬は日が落ちるのも早い。
マナは外を見ながら消えて心配しているであろう緋媛を思い浮かべた。





