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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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3話 手に入れたいモノのために

 食事の場をこっそり抜け出したユキネは、少しの食事を持って薬華の診療所へ向かった。緋倉への気持ちを抑えきれず、彼の役に立ちたかったから。

 病室に入ると、ゼネリアの手の上に自らの手を置いたま布団に伏せて寝ている緋倉がいた。

 長いまつ毛にすやすやと寝息を立てている。疲れたのだろう。

 テーブルに食べ物を置いてきょろきょろと辺りを見渡し、近くにあった毛布をそっと背中にかけた。握られた手をじっと見つめる。


(何でこの子ばかり。外しちゃえ)


 握っている手をそっと触れて僅かにずらした瞬間、ぱちっと目を覚まして起き上がった。

 驚いたユキネはびくりと体を震わせて手を引っ込めた。


「ゼネ?」


 まさか僅かな振動でゼネリアが起きたと思ったのだろうか。そんな事はないと自らの心に言い聞かせるユキネは、そっと声をかけた。


「起きたんだね、緋倉」


「……ああ、ユキネか」


 顔を確認するなり、すぐにゼネリアに向き直ってしまう。眼中にすらないのだとユキネは感じた。


「そこのテーブルにご飯置いたよ」


「いい。下げてくれ」


 運んでいる間に冷めてしまったからだろうか。それとも好みの食事ではなかったのだろうか。理由は誰でもなかった。


「どうして」


「こいつが食べてねえんだ。俺だけ食うのもちょっとな……。だから起きたら一緒に食うんだよ」


 せっかく持ってきたのに、緋倉はどこまでゼネリアだけしか見ないのだろう。沸々と黒い感情が湧き上がってくる。たとえ緋倉の母親が認めなくても、彼が見てくれればそれでいいのに、振り向きすらしない。


「……そっか、でも一応置いておくね。何か食べないと、逆に心配されちゃうよ。また来るね」


 部屋から出ようとした時、名前を呼んで呼び止められた。名前を言われるだけでも心臓が跳ね上がる。


「この毛布、お前が?」


「風邪引いちゃうといけないから」


「ありがとう」


 ふわっと笑う緋倉の表情が暖かかった。

 どくどくと鳴り止まぬ胸の鼓動。今のこの笑顔だけは、自分のものだ。一瞬の幸せだけで胸がいっぱいになる。


 翌日、翌々日も診療所に篭りっきりの緋倉へ料理を運ぶ。流石に空腹に耐えられなかったのか、ある程度は食べるようになった。

 ある日、マナが診療所へやってくると、未来の司にかけられた暗示の話を聞いた。初めは聞く耳を持たなかった緋倉だが、徐々に話に耳を傾けた。


(誰も認めない? 緋倉はこの子に発情しないってこと?)


「ですから、目を覚ましたらイゼル様と私が話をしてみます」


「話に付いていけねえ……。それが事実なら、未来のこいつと俺も承知してたってことじゃねえか」


 ゼネリアの頭に触れると、確かに強力な暗示がかけられている。解除をしようとした緋倉だが、断念せざるを得なかった。

 複雑に幾重にもかけられたそれを無理やり解除しては、精神を破壊してしまう。それだけは避けなくてはならない。


「人間なら、半分人間のユキネ、お前でも出来るじゃねえか?」


 動揺した。緋倉が頼っている現実と、それが全てゼネリアのためであることに。


「こんな訳わかんねえ人間より、お前の方が信用できる。頼むよユキネ」


 子供の頃は、ゼネリアが呼ぶ動物達と戯れて遊んでいた。里の龍の子は常にゼネリアと比較し、ユキネの方がまだいいと判断していた。

 いつしか動物達と戯れることも減っていき、距離を置き始めだが、緋倉だけは自ら進んで近寄っていた。今まで隣にいる。

 これはいい機会ではないか。上手くいけば里から邪魔者(ゼネリア)を排除して、緋倉を手に入れられるはず。


「うん、頑張ってみる。その代わり、ちゃんとご飯食べてね」


 その翌日の朝、ダリスに一緒に行ったという緋刃に何が起きたか詳細を聞いた。

 その後、診療所へ行くと、少しだけゼネリアの反応があったと緋倉が喜んだ。ユキネとの約束で料理だけはペロリと平らげる緋倉。

 これはユキネの手作り。完食するだけでも幸せを感じる。それでも付きっきりの緋倉が起きていては困る。

 そこで薬華の隙をついて棚から強力な睡眠薬取り出し、一滴昼食に入れた。悪いことをしているのは分かっている。心臓がバクバクと鳴り止まなかった。


 昼食もペロリと平らげた緋倉は、目を擦り出した。


「薬華、悪い、隣のベッド貸して。眠い」


「珍しいね、あんたがこんな昼間になるなんて」


 睡眠薬が効いた、と心臓が鈍い音を奏でる。


「付きっきりだから疲れてるかもしれないよ」


「ゼネのことで疲れるなんてねえんだけど、もし起きたら起こして」


 ベッドに入るなり、あっという間に眠りに陥った緋倉。薬華の強い薬でしばらく目を覚さないだろう。

 そして更に都合のいいことが起きた。


「薬華様、隣が喧嘩して、旦那さんが脚折ったみたいなんです」


「頭に血が上ると加減忘れるからねえ。ユキネ、ちょっと出てくるからしばらく留守を頼むよ」


 薬華が外来で外に出た。他には誰もいない。今目を覚ましてくれれば、誰も見ていない。

 固唾を飲み、ゼネリアを譲りながら起こそうとする。今度は頬をぺちぺちと叩いてみた。

 これを何度か繰り返すと、ゆっくり目を開いた。ぼーっとしているようだった。


 緋倉はぐっすりと眠っている。これはまたとない機会だ。


「大丈夫? 刺されたんでしょ?」


「……ユキネ? 緋倉は」


 ああ、この子も緋倉緋倉って。


「隣で寝てるよ。ダリスから荷物を運んで疲れたって」


 この意味、分かるよね?


「ダリスで何があったか聞いたよ。すごい血が出たって。蔓が意思をもってたって。……気持ち悪い」


 今、あなたはどんな表情しているのかな。怖くてまともに見れないけど、これだけはわかる。心に刺さっているって。


「……あなたって本当に」


 言え、言ってしまえ。そうしたら壊れる。

 一瞬、言葉を飲み込んでから搾り出した。


「化け物なんだね」


「え?」


ああ、もう一押しだ。声が震えそう。


「この世界の異物のあなたは……、早く消えるべきよ、化け物」

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