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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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1話 不味くて美味しい卵焼き

 夕食時、緋刃の話を聞く必要があるので、マナ・緋媛・緋刃・イゼル・ゼン・司・緋紙・ユキネが集まっていた。


 緋媛は困惑していた。この物体は一体何だろう。食卓の皿に乗せられている、焦げた物体。こんな物をマナに食べさせる訳にはいかない。

 姫、と声を掛けると、マナはそっぽを向いた。まさか、この焦げた物体はマナが作ったのか。食卓に焦げたり焦げなかったりしているものがある。


(卵焼きか、これ)


 つんつん、と突きながら司が正直に言った。


「なあ、何でこんなに焦げてんだ。緋紙、お前火加減間違えた?」


 苦笑いをする緋紙。はっとしたマナは慌てて謝った。


「それ、私が作った卵焼きです。申し訳ございません」


 声が小さくなっていき、しょんぼりと首を垂れる。


「そうか、姫君なら料理なんてした事ねえだろうから仕方ない。これは責任持って食う。緋媛とイゼルが」


「俺はともかく何でイゼル様まで!?」


「失礼だぞ。姫が心を込めて作ってくれたんだ。焦げたところを除けばきっと美味いはず」


 食べる分を箸で取り分けると、ぺりぺりと焦げた卵を外し、ぱくっとイゼルとゼンが食べた。

 ところが、途端に降り出す土砂降りの雨。口を押さえながらバタバタと部屋を飛び出していった。


「……姫、卵焼きに何入れた」


 静かに聞く緋媛に、マナは砂糖と醤油を少々と答えた。具材にネギを切り刻んでいるらしい。

 それにしてもイゼルとゼンのあの様子はおかしい。試しに一口食べてみるとーー


「お前これ、砂糖と塩間違えてんぞ! しかも固まりが残ってやがる」


「あいつらその固まり食ったみてえだな」


 更にしょんぼりと小さくなったマナは、そっと出ていた卵焼きを回収した。廃棄処分行きにするしかない。


「大丈夫よマナちゃん。お料理は失敗して上手になるの。この卵焼きだってどんなに失敗しても大丈夫。ちゃんと全部食べるから。司と緋媛と緋刃が」


「何で俺が!」


「媛兄はともかく俺も!?」


「てめえら姫の作る飯を何だと思ってんだ。しっかし姫。わざわざあんたが作ることねえだろ」


 ショックを受けるマナ。緋紙とユキネは深くため息をつくと、ユキネが言った。


「緋媛て女心が分からないのね。姫様可哀想。将来旦那様と一緒に暮らすために、家事が出来るようになりたいから教えてってお願いされたの」


「い、言わないで下さいっ。緋媛には内緒にしたいので」


 恥ずかしそうに赤くなる彼女の顔に、心臓が射抜かれたように愛しい。口が裂けても言えないが、自分のためという事が緋媛にとって嬉しかった。

 そこへ疲れた顔をして戻ってきたイゼルとゼン。どうやら雨は止んだようだ。


「イゼル様、ゼン様、私のせいで」


「言わなくていい。次は上手く作れると信じてるよ」


「俺たちなら大丈夫ですよ。龍族の身体は丈夫ですから」


 卵焼きを除いた食事に手をつけ始めた頃、ようやく薬華と子供達が合流した。ずぶ濡れかと思いきや、全く濡れていない。どうやらいつ雨が降ってもいいように傘を持ってきていたらしい。


「あら、緋倉は? ルティスもまだ来ないし、それにその子達……」


 黄緑と水色の髪の少年たちは、こそっと薬華の後ろに隠れている。今未来から来ているルティスと、昔未来から来ていたフォルトアとの面影がある。

 ルティスは警戒するように睨みつけ、フォルトアは怯えていた。


「ゼネリアが起きるまで離れないってさ。後で緋倉の分、持って行くよ」


「簡単な報告は聞いている。まずはその子達がダリスで生まれ育ったルティスとフォルトアか」


 注目を浴びる子供達。ますます隠れるフォルトアと対照に、ルティスは緋紙をじろっと見ると「おばちゃん」と唐突に口にした。

 彼女は目が点になりながらも無表情で静かに怒っているようだ。


「俺はここだけど、まだ来てないルティスって誰のこと? 他にもルティスって名前のやつがいるの?」


「さぁどうかしら。 それよりおばちゃんって言ったの? お姉さんが正しいと思うんだけどなぁ」


 言葉の圧力が強い。にっこりと微笑みながら怒りを態度に出さないようにしている。しかし、ルティは負けなかった。


「どう見てもおばさんじゃん」


「だめだよルティス。こんな綺麗な人におばさんなんて言っちゃ」


「あら、坊やはわかるのね」


「おばさまって言わなきゃだめだよ」


 フォルトアの一言は留めだった。吹き出して笑いをこらえる司。緋紙は隣の司の脇腹に肘打ちをした。


「まずは言葉遣いから教えなきゃいけないようね。気が変わったわ。一週間はここにいるわ。教育しないといけないから」


 無理矢理笑を浮かべる緋紙に青ざめたルティスとフォルトアはこそこそと話し合い、何がいけなかったのか、おば様がダメならおばあさまか、難しいね、などと言っていたが全て緋紙に聞こえている。


 そこへようやくやってきた大人のルティス。

 緋紙と子供達との間に走る緊張と周りは笑いを堪えてている様子に困惑した。ぱたっと緋紙と視線が合うと、いきなり胸ぐらを掴まれる。


「誰がおばさんですって!?」


 話が見えぬまま、そのまま頬を叩かれると床に崩れ落ちた。そして中庭の土が腕を絡め取り、腰から下を庭に埋めた。


「俺が何をーー」


 抜け出そうとしながら、ふと視界に入る怯えた幼い自分。なんとなく察したルティスは、幼い自分のとばっちりだと脱力した。


「あの、緋紙さん、あれではテスがご飯を食べられません。出していただけませんか?」


 恐る恐るマナが聞くと、緋紙はころっと態度を変えて指でパチっと音を鳴らした。土から解放されたルティスは、土ぼこりを払う。


「マナちゃんの頼みなら仕方ないわ」


 そのマナの顔を見た子供たちは、離れるように部屋の隅に座った。


「お前たちこっちへ来ないか」とイゼルが声をかけるが、「なんで人間の隣に異種族が座ってるの?」と幼いルティスが問う。

 顔を見合わせ謎に思うマナ達。以前、大人のルティスが話した食事は日に一度という事を思い出すと同時に、テスが理由を伝えた。


「あー、人間と一緒に飯を食うなんてダリスじゃあり得ねえからな。来いよガキ共。お前らの席も飯も用意してくれてんだから」


 ぐう、と腹の音を鳴らす二人は顔を見合わせると、とことこと席に着いた。

 目の前には白米、味噌汁、漬物と大皿にのったいくつもの料理がある。肉はなく、魚がある。


「これ、僕たちが食べていいの?」


「すげえ……」


 困惑しながらも感動する子供達。

 大人のルティスがイゼルに視線送って頷くと「たくさん食べるといい」と微笑んだ。

 どうやって食べるのか分からない子供達は目の前にある米をひとつまみ手に取ると口の中に放り込む。


「美味しい」

「うまっ」



 次をまた手に取ろうとしたところを緋紙が止めようとしたが、司が止めた。


「今までろくに食えなかったんだろ。今日は好きに食わせてやれ」


 ルティスは思い出した。幼いフォルトアと共に龍の里に来た日、親が分からない自分たちはこうしてイゼル達と共に食事を摂り、同じように好きに食べさせてくれた事を。


 子供達がこんがり焦げた卵焼きを口に入れた時、手が止まった。


「しょっぱい」

「でも美味しいね」

「うん、不味いけど美味い」


 嬉しいのか悲しいのか、分からない気分のマナは、緋媛の肩に寄りかかった。





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