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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族

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5話 お姫様の演説

 マナの縁談の先が閉鎖さた国江月である事について、レイトーマ師団長と議会による会議が行われた。

 当然、反対する者は多い。軍事国家ダリス帝国よりはマシだろうが、江月には謎が多い。故に王女の身を案じているのだ。

 しかし、国王となったマトの「問題ない、あの国は信頼出来る」という一言により、縁談を受け入れる話が決まった。

 しかも縁談を飛び越えてマナが望むならそのまま婚姻を、という話まで飛躍してしまったのだ。

 師団長故にその会議に出席している緋媛は、故郷の為に賛成票を入れているにも関わらず、このように思う。


(俺の意思は無視か! 相手が俺とは言ってないとはいえ、里に着いてもこのまま話が進みそうだ)


 とんとん拍子で会議が進み、閉会するなりその内容を国民に公表した。

 すると瞬く間に国中にマナの婚姻確定の話が広まる。

 だがやはり、病気は快復したのか、相手は誰なのか、江月は安全なのか等、不安の声は多い。

 その不安を払拭する為に、二週間後にマナが国民の前に姿を見せる事になった。


 ***


 二週間が経過し、私室で国民の前に顔を出す準備をしているマナは、かちこちに固まっている。

 部屋の入口で腕組みをして壁にもたれている緋媛と時々視線が合うと、その度に赤くなるマナは顔を逸らす。それも恥ずかしそうに。


(くそ、面倒くせえ事になった……)


 ドレスや化粧など、国民の前に出る準備が出来たマナ。

 国民に姫だと分かるように爽やかな草木色のドレスが用意され、顔がはっきりと分かるようにと目元や口元ははっきりとした化粧が施されている。


「お美しいです、姫様」


「ありがとうございます」


 ドレスや化粧に負けている気がする、等と言えないマナは、緋媛と共に大きなベランダに繋がる控室となる一室へと向かう。

 そのベランダからは国民に公開している広場を一望でき、王族が姿を見せる場所でもある。

 マナはそこで国民へ言葉を発するのだ。


 控室に着くと、そこにはマトとツヅガ、レイトーマ師団長と議会の面々がいた。

 到着するなり彼らは一斉にマナの方を向き、あまりの美しさに言葉を失う。

 だが、その中にただ二人だけ、カレンとユウがにまーっと緋媛に向かってからかいの笑みを向けている。


(あいつら……)


 苛立ちながらもマナをふかふかの椅子に座らせ、コートのポケットに手を突っ込みながら斜め後ろに控える緋媛。

 そんな彼を見て、カレンがぷぷーっと楽しそうに言葉で突く。


「ねねっ、緋媛。姫様と何かあった?」


「何もねえよ」


 と言いながら、緋媛はベランダへと足を運ぶ。手摺りに手をかけると国民を端から見渡し始めた。

 マナの相手が誰かは知られていない。

 しかしカレンとユウは、マナの様子から相手が緋媛ではないかと推測しているのだ。

 分からないのは緋媛と江月の関係である。


 何となく緋媛の正体に気づいていたのは勘のいいユウだけだが、彼はこの場では口にしない。

 口にはしないが、ひっそりとマナに聞いてみたいユウ。

 国民の前で何を話せばいいか悩んでいるマナの後ろから、ぬっと顔を寄せる。


「姫様~。緋媛のどこがいいんですか?」


「い、いきなり何を言うんですか!」


 体が少し跳ね上がり驚くマナの顔は茹で蛸のように真っ赤だ。

 面白がるユウは更にこそっと攻める。


「だって、姫様のお相手って緋媛なんでしょ?」


「どうしてそれを……」


 マナから湯気が上がる。

 彼女やマトはその気でも肝心の緋媛には一切そのつもりはない。

 彼女はそれに気づいているのだろうかと気にするユウだが、違う相手だった時のマナの表情や反応を見る方が面白そうだと、今は黙る事にした。

 それよりマナの今の反応が面白い。


「いいんですか~? そんなバレバレの反応してたら、困るのは緋媛ですよ~」


 ヒソヒソとマナに耳打ちをするユウは、横目で緋媛を見ていた。

 緋媛はマナ達に全く興味を示していない。むしろ国民の中にダリス人が潜んでいないかを調べている。

 緋媛との縁談が公ではない以上、「気をつけます……」とマナは反省した。


 頭と顔が冷静になったところで、マナは国民の前で何を言えばいいか、マトに相談し始めた。


 ***


 バルコニーには緋媛の他にアックスもいる。彼は警備の様子を見ていたのだ。

 控室から出てきたカレンは、緋媛がマナの事に何も答えないので仕事に集中し始める。

 どれぐらい人が集まったか、実際にその目で確かめる為に。詳しい調査は城の入口で第三師団がしているので、分析は後ほどやるのだ。


「ふええええ。いっぱいいるねー♪ 姫様人気者だねー☆」


「下の警備は第一師団がらやってるのネ! 問題ないのネ!」


 そんな話をしている横で、マナを狙う人間はいないかと一人一人見ている緋媛。


 すると、国民の中に紛れているある姿に目が止まる。緋媛の兄、緋倉だ。


 彼は近くの女性に声をかけている。嫌そうな顔をする女におそらく、この後一緒に飲まないかと誘っているのだろう。

 頭が痛くなってきた。人間の国でこんなにも恥ずかしい真似をしているのだから。

 すると緋倉と目が合い、手を振ると口を動かして何かを伝えている。()()()()、と。


「お前達、そろそろ時間じゃ」


 ツヅガに声をかけられ、緋媛達は後ろに下がる。

 王女が挨拶をする為、レイトーマ師団長は全員出席するのだが、第二師団長の席はまだ決まっていない。代わりに副師団長が出席している。

 師団長の横を通り過ぎ、マナが姿を見せた瞬間、歓声が上がった。


「姫様ー! マナ姫様ー!」


「うおおお! 十年振りのご尊顔だー!」


「あれ、もしかして俺達がナンパしようとした子?」


「嘘だろ、あれが姫様だったのかよ!」


 この様子に驚いたようで、少し肩が上がるマナ。

 姫は何を話すのだろう、可愛い、そんな声も聞こえる。

 少し照れる彼女は、手を高く上げて大きく振った。


「えっと、みなさん、こんにちはー!」


「こんにちはー!」


 どこのアイドルだよ……。その場にいるほとんどの幹部が思った。

 だが、国民は楽しそうに応えてるので、結果は良し。


 ところがマナはそれからなかなか話し始めず、困った顔をして緋媛達の方を向いた。


「……どうしましょう。何言うか考えたのに全部飛んでしまいました」


 手助けなど出来ない緋媛達師団長は無視をする。王族が発する言葉に師団長が茶々を入れる訳にはいかない。

 フォローをしたのは困っている姉を放っておけないマトであった。


「まず深呼吸しましょう。落ち着いて思ったことを話しましょうか」


 スーハ―スーハーと大きく深呼吸をするが、まだ緊張している。もう一度深呼吸してようやくいつものマナに近くなった。

 くるっと国民に顔を見せ、口を開く。


「……まずは、前国王であるお兄様が皆様にしたことを深くお詫び申し上げます。私は何もできませんでした。ずっと軟禁状態で、国民の皆様の力になれず……。でも、これからは違います。新たな国王である弟のマトがこの国を導き、私はこのレイトーマをより発展させる為、歴史調査の解禁を求める為に江月へ向かいます。すぐに成果はでないでしょう。ですが、長い目で温かく見守ってください」


 深々と頭を下げたマナを見て、大きな拍手と彼女の名前を叫ぶ声が聞こえる。

 江月の縁談を受け入れた目的、レイトーマの発展と歴史調査の解禁は国民向けであり、表向きの理由だろう。

 それでも多くの民が信頼してくれていると安心した彼女から、笑みがこぼれた。



 ―その瞬間



 民衆の中から一人、黒いフードを被った者がバルコニーに向かって飛んできた。

 地面を蹴って飛び上がり、軽々と城のバルコニーへ侵入しようとしている。

 それが視界に入ったその一瞬で緋媛はマナのドレスを引き、彼女を自らの後ろに下がらせ、腰の刀を抜く。


「ユウ! 姫を!」


「俺!?」


 何故自分が――、等と思いながらもユウはマナの城の中へと連れて行った。頭より先に体が動いていたのだった。

 城内へ入り、更に別の場所にとカレンが部屋を出るようマナを誘導する。


「姫様、こちらへ!」


「カレン! でも緋媛が……!」


「緋媛なら大丈夫ですよ~。さっさと安全な所へ行きましょうね~」


 のんびりと答えるユウだが、その表情はいつもより引き締まっている。

 マナは背中の先のバルコニーで応戦する緋媛を気にしながらも、カレンとユウに護られながら部屋を出て行った。

 同じくバルコニーにいたマトはというと――


「陛下もお逃げください!」


「いや、俺はこのままここに居る」


 ツヅガや周りが何を言おうとテコでも動かなかった。



 マナを狙う者は目の前の緋媛を視野に入れると、懐に忍ばせていた短刀を抜き、振り下ろす。

 キィン――という刀同士がこすれ合う音が響いた。

 応戦した緋媛は、黒いフードのその者に小声で問う。


「ダリスのもんか。よくこんな目立つ所に来るな」


「シドロがしくったせいづら」


 づら、という語尾に拍子抜けしそうになった緋媛。

 だが今はそれどころではない。フードの者の短刀をはじき返し、横目で裏の様子を見やる。

 マナが部屋にいない事を確認すると、すぐに視線をフードの者へと向けた。


「おまいの目が光っていることは分かっていたづらが、俺っち一人じゃどうしようもないづら」


 侵入者はひょいと飛び跳ね、バルコニーの手摺りに立つ。


「面倒だし……。退散づら~!」


 ぴょーんとバルコニーから飛び降りた侵入者。

 それを見たアックスは、すかさずバルコニーから下にいる部下に命令した。


「追うのネ! 逃がさないのネ!」


 侵入者はあっという間に民衆に交じり、バルコニーからは何処へ行ったか見えなくなってしまった。

 アックスは「ここで逃がしてはレイトーマ師団の恥なのネ!」と言いながらバルコニーから飛び降り、黒いフードの侵入者を追う。

 後はアックスに任せればいいと考えた緋媛は、踵を返してバルコニーに通じる部屋の中に入る。


(あの男、俺を相手にしてもまるで殺気がなかった。敵意剥き出しでやって来る他のダリス人とは違う)


 と考えていると、後から部屋に入ってきたマトが緋媛の腕を掴んだ。

 部屋の隅に連行し、声を潜めて話すマト。


「あれはダリス人だな。姉上を狙っている……。お前ならば捕らえられたものを、何故逃がした」


「お前だって判ってんだろ。下手に捕らえて揉めると、ダリスとレイトーマでいざこざが発生する。シドロの場合はダリスの密偵だったからな、こちらが事を荒立てなければ奴らが口出しすることはない」


「第一師団があれを捕まえれば、どのみち外交問題に発展する」


「無駄だろ。あれだけ人間が集まってんだ、どうせすぐに撒かれる……。続きあんたの私室でな」


 そう言うと緋媛はするりとマトの横を通り抜け、先に部屋を出て行った。

 残されたマトはバルコニーの方をじっと見、ツヅガの案内の下、自室へと向かったのだった。

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