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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
9.5章 それぞれのお正月

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番外編8 年始挨拶周り

 まだ異種族狩りが始まる前の頃、人間と異種族の関係は良好であった。

 その時の年明け挨拶回りの話である。

 毎年空を飛んで移動可能な龍族が飛び回る事が恒例になっている。俺、イゼル・メガルタはこの日、片桐司と共に飛び回り始めていた。

 だがその前に、同じ大陸に住む異種族へ挨拶をしなくては。


「毎年毎年、俺達が出向くってどういうことだよ。こんな窮屈な服で」


「いいじゃないか、人間との交流も大事にしなくては。ほら、妖精の住処が見えてきた」


 視界に入るのは光る大木。この光は妖精が木々に止まって起きる現象だ。

 妖精たちが俺と司に気づくと、早速長を呼んだ。

 出てきた真ん中でかけた長い髪の妖精が、ペコリと会釈する。この子が族長だ。


「新たな一年の幕開け、おめでとうございますです」


「おめでとう。おや、後ろにいる小さい子は?」


「あてくしの孫ですます」


 娘や息子ではなく、孫。

 どう見ても孫がいるように見えない。司も同じことを考えているようで、俺たちは互いに目を合わせた。


「いつの間に伴侶を迎えたのです?」


「え? えーと、いつだったかしらです。あなた〜」


 相手を呼んでくれた。まるで鬼の顔に、妖精の体がへばりついたような姿をしている。


「すんませんなぁ、カミさん族長でありながら忘れっぽいんですわ。この子、ワテらの息子ですわ」


「やっぱり孫じゃなかったな」


 耳打ちしてくる司に同意した。

 息子を孫と勘違いするのは少々危うい気もするが、同じ大陸に住むもの同士だ、協力し合えば良い。


 さて、妖精たちの挨拶はこれまでにして次はエルフ族だ。


「司、モリー・モギー殿の相手は任せた」


「俺にあのババアの相手しろって? やだよ面倒くせえ。そこは族長であるお前の出番だろ」


「そうか、ならば前族長の息子であるお前も道連れだ」


「ひでえ!」


 エルフの里の族長モリー・モギー殿は何年生きているか分からん魔女と言って良いほどの長寿。

 この頃は歯が抜けてきたのが悩みだという。


「ふえっふえっ、龍族の坊や達よくぞきた。さあさ、まずは茶を飲め。新年の運気を占ってやろう」


 言われるがままにまずは飲んだ方がいい。

 新茶か。これは美味い。紙音にも飲ませたいほどだ。

 だがまずは挨拶を。


「モリー殿、新年」

「んん、これは!」


 挨拶させるつもりないのか、この婆さんは。


「最古の純血片桐司よ。女難の年になるぞい」


「何い!?」


「お主に声をかけられる人間の娘全員が惚れ、嫉妬に狂った番が世界を滅ぼすのじゃ! 恐ろしや……」


「俺、緋紙に殺されるどころかその先まであるのかよ……」


 うん、緋紙ならやりかねん。人間が相手ならこいつは里の外に出さない方がいいな。モリー殿の占いは当たるし、さっきもあったから。


「最古の血の能力を持つイゼルの小僧はとても順調な年になるぞい。つまらんのう」


「順調ならばそれで良いではありませんか」


「つまらんからその先も占ってやったわい」


「何故」


「つまんねえからだろ」


 睨むと司め、そっぽを向いた。


「何年、何十年先になるかのう。主に妹が出来る。それも父親が違うときた。関係は上手くいかんのう。そもそも父親が……、おっと、この先は秘密じゃ」


 待て、母さんが浮気するのか? いやそんな事、あり得ない。そもそもずいぶん先の話のようだから無視しても……。しかしモリー殿の占いは的中するから……


「イゼル、天気天気」


「あ? ああ、すまん」


「ふえっふえっふぇ! 小僧はからかいがあるわい! ふぇーふぇっ、ふえっ!」


 毎年俺の様子を見て遊ぶのも大概にして欲しいものだ。


「全く、冗談はよしてください。とにかく新年、おめでとうございます。では俺達はこれで」


 この時俺は、司がモリー殿に占いは事実か否か再確認したとは知らなかった。

 これは変えられない未来であり、世界の意思でもある。変えるならば母親を手にかけるのが一番だとも。

 だかモリーの占いは絶対ではない。十割は外れるのだから。



 エルフ族と共にこの大陸にいるのは人間の国カトレア王国。今の代は女王か。面識はあるが、俺からあまり話す事は無い。なぜなら司がいるからだ。


 ゆっくりと飛び、涼しい風が心地よく感じた頃、門番に声をかけた。

 毎年恒例のことで来る事はわかっているか、すぐに謁見の前に通される。

 ああ、この女性は毎度扇子で顔を隠す。


「女王陛下、この度は新年おめでとう御座います」


「……はい」


 決まっていつも返事はこれだけだ。ずいぶんと嫌われているようだ。


「ご婚約もされたと伺いました。数ヶ月後には盛大に披露宴を開催されるとも」


「……はぁ」


 何やら元気がない。めでたい話のはずなのになぜだ。


「おいイゼル。さっき城の連中に聞いたんだけどよ」


 いつの間に。そんな暇なかっただろう。


「お前に惚れて恥ずかしくて、まともに顔見れないんだとよ。やるじゃねえか、俺の次に」

「馬鹿なことを言うな。俺には紙音がいるんだぞ」


 ヒソヒソと話していた俺の言葉だけが耳に入ったようで、女王は紙音という単語に反応した。

 そして初めて会話というものを聞いた。


「その紙音とやらは、イゼル様とどのようなご関係で?」

「俺の命より大切な番です」

「馬鹿イゼル! てめえ空気読めって」


 何故か分からないが司に胸ぐらをつかまれ、女王が奇声を上げて発狂した。


「ぎいいいいあやあああああ! イゼル様に、番、番いいいいい!!」


「陛下落ち着いて下さい!」


「イゼル殿、ここは我々に任せて」


「いや、俺の出番だ」


 他の人間が取り押さえているところで、襟を正した司がかつかつと近寄り、スッと扇子を外すとくいっと指で顎を上げた。


「扇子で見えなかったが、輝く瞳に潤った唇。とても美しいじゃないか。思わず口づけしたくなりそうだ」


 その瞬間、俺は見逃さなかった。女王が司に惚れた瞬間を。瞳が蕩けている。まずい、逃げなくては。


「貴女なら良い人間の男性に巡り会えるさ」


 離れて背を向けたとき、女王が呼び止めた。


「お、お待ちになって! 私と結婚しなさい!」


 司の目が点になった。今だ!

 俺は司の首を掴んで謁見の間から抜け出した。その時のドタバタは忘れないだろう。


「皆の者、あの殿方を捕まえなさい! 私ではなくあの方をですね、ああっ! お待ちになって!」


 家臣に抑えられる女王など聞いた事がない。

 城から抜け出した後、司は少々放心状態だった。


「まったく。口説くようなセリフを吐くからだ」


「美人だったから、つい。緋紙に黙ってくれよな」


「言わないよ。俺も死にたくない」


 次はホク大陸か。雪が降って寒いのだが、行くしかない。



 雪に降り立ち、まっすぐ城へ向かう。要塞のような城の中は意外にも暖かかった。

 案内された先で、皇帝は懸垂をしていた。


「ぬっ! これはこれはイゼル殿と司殿。よくぞいらしたヅラ。から、一声かけんか」


「かけました。無視してたじゃありませんか」


「すまんヅラ。どうも鍛えていると我を忘れるヅラ。新年の挨拶をせねば。おめでとうヅラ」


「こちらこそ。おめでとうございます」


 ダリスの王族は独特の訛りがある。語尾は必ずヅラがつく。そしてここの新年の飲み物は決まっている。

 野菜と果物たっぷりの野菜ジュース。鍛えた後はこれと肉を食べるのがいいらしい。


「頂こう」


「へえ、なかなか美味いもんですな」


「そうヅラ! 野菜と果物を粉々に砕くのも鍛錬の一つ! レイトーマから仕入れた砕くのに良い道具もあるが、やはり自らの腕でーー」


 あ、始まった。話し出すと二時間は止まらず語り出す。


「あの、毎年のことてすが、お帰りになるなら今のうちです」


 従者が疲れた顔をして言ってくれたので、俺たちはそ〜っと城を抜け出した。

 あとはトウ大陸で終わりか。


 まずはドワーフ族。相変わらず土の中で過ごすのがいいらしい。皆が皆、酒に飲まれて出来上がっていた。


「おーい! イゼル殿、司殿!」


 樽ごと飲んで、豪快に酔っ払っていたのはザクマ・アロンド殿。

 まずいところに来てしまった。できれば酒を飲む前に挨拶を済ませたかったが。


「んん? なんでお前さんら、飲んでないダス」


「ザクマ殿、新年の挨拶を……」


「飲め飲め飲め飲め! 樽ごと持ってこーい!」


 いかん。ここは逃げるのが正解だ。


「司、ここは後日……、あ」


 隣にいないと思っていたら、すでにザクマに捕まり無理矢理飲まされていた。

 ザクマ殿は異種族一の酒豪。どんなに強い酒も、何杯でも飲める。ただし、毎回激しい二日酔いに陥る。ひどい時は下痢もしていたな。


「俺そんなに飲めな」

「ザクマ殿、また後日」


 司を救出したもの、恐ろしい言葉が耳に入った。


「おお? 待て待て! この祝いの日だ、朝まで飲み潰すぞ! お前ら! 龍族のお二方を捕まえてこい!」


「司走れるか」

「無理〜」


 酔いが回って顔が赤くなっている。今回は相当強い酒らしい。

 何とか逃げ切った俺たちは、近くにある川で休んだ。

 司は普段飲める方だが、強い酒は一杯で倒れる。どうやら今回はそれに当たったらしい。


「大丈夫か? 俺の背中に乗っていくか」

「ああ、そうしてくれると助かる。酔いを覚まさねえと。最後はレイトーマだろ?」


「ああ」


「いいよなぁ、レイトーマ。美味いもん沢山あるしよ。泊まっていこうぜ。里まで飛べる自信がねえ」


「レイトーマから、疲れるから寝床も用意していると」


「最高だな! 早く行こうぜ。……吐きそう」


 ところが、レイトーマの王族全員が感染病にかかり皆高熱を出しているという。薬を飲んで安静にしているところだとか。

 挨拶は後日にし、司を背中に乗せてミッテ大陸の龍の里へ戻った。



レイトーマの感染病はインフルエンザAだと思ってください。

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