番外編8 年始挨拶周り
まだ異種族狩りが始まる前の頃、人間と異種族の関係は良好であった。
その時の年明け挨拶回りの話である。
毎年空を飛んで移動可能な龍族が飛び回る事が恒例になっている。俺、イゼル・メガルタはこの日、片桐司と共に飛び回り始めていた。
だがその前に、同じ大陸に住む異種族へ挨拶をしなくては。
「毎年毎年、俺達が出向くってどういうことだよ。こんな窮屈な服で」
「いいじゃないか、人間との交流も大事にしなくては。ほら、妖精の住処が見えてきた」
視界に入るのは光る大木。この光は妖精が木々に止まって起きる現象だ。
妖精たちが俺と司に気づくと、早速長を呼んだ。
出てきた真ん中でかけた長い髪の妖精が、ペコリと会釈する。この子が族長だ。
「新たな一年の幕開け、おめでとうございますです」
「おめでとう。おや、後ろにいる小さい子は?」
「あてくしの孫ですます」
娘や息子ではなく、孫。
どう見ても孫がいるように見えない。司も同じことを考えているようで、俺たちは互いに目を合わせた。
「いつの間に伴侶を迎えたのです?」
「え? えーと、いつだったかしらです。あなた〜」
相手を呼んでくれた。まるで鬼の顔に、妖精の体がへばりついたような姿をしている。
「すんませんなぁ、カミさん族長でありながら忘れっぽいんですわ。この子、ワテらの息子ですわ」
「やっぱり孫じゃなかったな」
耳打ちしてくる司に同意した。
息子を孫と勘違いするのは少々危うい気もするが、同じ大陸に住むもの同士だ、協力し合えば良い。
さて、妖精たちの挨拶はこれまでにして次はエルフ族だ。
「司、モリー・モギー殿の相手は任せた」
「俺にあのババアの相手しろって? やだよ面倒くせえ。そこは族長であるお前の出番だろ」
「そうか、ならば前族長の息子であるお前も道連れだ」
「ひでえ!」
エルフの里の族長モリー・モギー殿は何年生きているか分からん魔女と言って良いほどの長寿。
この頃は歯が抜けてきたのが悩みだという。
「ふえっふえっ、龍族の坊や達よくぞきた。さあさ、まずは茶を飲め。新年の運気を占ってやろう」
言われるがままにまずは飲んだ方がいい。
新茶か。これは美味い。紙音にも飲ませたいほどだ。
だがまずは挨拶を。
「モリー殿、新年」
「んん、これは!」
挨拶させるつもりないのか、この婆さんは。
「最古の純血片桐司よ。女難の年になるぞい」
「何い!?」
「お主に声をかけられる人間の娘全員が惚れ、嫉妬に狂った番が世界を滅ぼすのじゃ! 恐ろしや……」
「俺、緋紙に殺されるどころかその先まであるのかよ……」
うん、緋紙ならやりかねん。人間が相手ならこいつは里の外に出さない方がいいな。モリー殿の占いは当たるし、さっきもあったから。
「最古の血の能力を持つイゼルの小僧はとても順調な年になるぞい。つまらんのう」
「順調ならばそれで良いではありませんか」
「つまらんからその先も占ってやったわい」
「何故」
「つまんねえからだろ」
睨むと司め、そっぽを向いた。
「何年、何十年先になるかのう。主に妹が出来る。それも父親が違うときた。関係は上手くいかんのう。そもそも父親が……、おっと、この先は秘密じゃ」
待て、母さんが浮気するのか? いやそんな事、あり得ない。そもそもずいぶん先の話のようだから無視しても……。しかしモリー殿の占いは的中するから……
「イゼル、天気天気」
「あ? ああ、すまん」
「ふえっふえっふぇ! 小僧はからかいがあるわい! ふぇーふぇっ、ふえっ!」
毎年俺の様子を見て遊ぶのも大概にして欲しいものだ。
「全く、冗談はよしてください。とにかく新年、おめでとうございます。では俺達はこれで」
この時俺は、司がモリー殿に占いは事実か否か再確認したとは知らなかった。
これは変えられない未来であり、世界の意思でもある。変えるならば母親を手にかけるのが一番だとも。
だかモリーの占いは絶対ではない。十割は外れるのだから。
エルフ族と共にこの大陸にいるのは人間の国カトレア王国。今の代は女王か。面識はあるが、俺からあまり話す事は無い。なぜなら司がいるからだ。
ゆっくりと飛び、涼しい風が心地よく感じた頃、門番に声をかけた。
毎年恒例のことで来る事はわかっているか、すぐに謁見の前に通される。
ああ、この女性は毎度扇子で顔を隠す。
「女王陛下、この度は新年おめでとう御座います」
「……はい」
決まっていつも返事はこれだけだ。ずいぶんと嫌われているようだ。
「ご婚約もされたと伺いました。数ヶ月後には盛大に披露宴を開催されるとも」
「……はぁ」
何やら元気がない。めでたい話のはずなのになぜだ。
「おいイゼル。さっき城の連中に聞いたんだけどよ」
いつの間に。そんな暇なかっただろう。
「お前に惚れて恥ずかしくて、まともに顔見れないんだとよ。やるじゃねえか、俺の次に」
「馬鹿なことを言うな。俺には紙音がいるんだぞ」
ヒソヒソと話していた俺の言葉だけが耳に入ったようで、女王は紙音という単語に反応した。
そして初めて会話というものを聞いた。
「その紙音とやらは、イゼル様とどのようなご関係で?」
「俺の命より大切な番です」
「馬鹿イゼル! てめえ空気読めって」
何故か分からないが司に胸ぐらをつかまれ、女王が奇声を上げて発狂した。
「ぎいいいいあやあああああ! イゼル様に、番、番いいいいい!!」
「陛下落ち着いて下さい!」
「イゼル殿、ここは我々に任せて」
「いや、俺の出番だ」
他の人間が取り押さえているところで、襟を正した司がかつかつと近寄り、スッと扇子を外すとくいっと指で顎を上げた。
「扇子で見えなかったが、輝く瞳に潤った唇。とても美しいじゃないか。思わず口づけしたくなりそうだ」
その瞬間、俺は見逃さなかった。女王が司に惚れた瞬間を。瞳が蕩けている。まずい、逃げなくては。
「貴女なら良い人間の男性に巡り会えるさ」
離れて背を向けたとき、女王が呼び止めた。
「お、お待ちになって! 私と結婚しなさい!」
司の目が点になった。今だ!
俺は司の首を掴んで謁見の間から抜け出した。その時のドタバタは忘れないだろう。
「皆の者、あの殿方を捕まえなさい! 私ではなくあの方をですね、ああっ! お待ちになって!」
家臣に抑えられる女王など聞いた事がない。
城から抜け出した後、司は少々放心状態だった。
「まったく。口説くようなセリフを吐くからだ」
「美人だったから、つい。緋紙に黙ってくれよな」
「言わないよ。俺も死にたくない」
次はホク大陸か。雪が降って寒いのだが、行くしかない。
雪に降り立ち、まっすぐ城へ向かう。要塞のような城の中は意外にも暖かかった。
案内された先で、皇帝は懸垂をしていた。
「ぬっ! これはこれはイゼル殿と司殿。よくぞいらしたヅラ。から、一声かけんか」
「かけました。無視してたじゃありませんか」
「すまんヅラ。どうも鍛えていると我を忘れるヅラ。新年の挨拶をせねば。おめでとうヅラ」
「こちらこそ。おめでとうございます」
ダリスの王族は独特の訛りがある。語尾は必ずヅラがつく。そしてここの新年の飲み物は決まっている。
野菜と果物たっぷりの野菜ジュース。鍛えた後はこれと肉を食べるのがいいらしい。
「頂こう」
「へえ、なかなか美味いもんですな」
「そうヅラ! 野菜と果物を粉々に砕くのも鍛錬の一つ! レイトーマから仕入れた砕くのに良い道具もあるが、やはり自らの腕でーー」
あ、始まった。話し出すと二時間は止まらず語り出す。
「あの、毎年のことてすが、お帰りになるなら今のうちです」
従者が疲れた顔をして言ってくれたので、俺たちはそ〜っと城を抜け出した。
あとはトウ大陸で終わりか。
まずはドワーフ族。相変わらず土の中で過ごすのがいいらしい。皆が皆、酒に飲まれて出来上がっていた。
「おーい! イゼル殿、司殿!」
樽ごと飲んで、豪快に酔っ払っていたのはザクマ・アロンド殿。
まずいところに来てしまった。できれば酒を飲む前に挨拶を済ませたかったが。
「んん? なんでお前さんら、飲んでないダス」
「ザクマ殿、新年の挨拶を……」
「飲め飲め飲め飲め! 樽ごと持ってこーい!」
いかん。ここは逃げるのが正解だ。
「司、ここは後日……、あ」
隣にいないと思っていたら、すでにザクマに捕まり無理矢理飲まされていた。
ザクマ殿は異種族一の酒豪。どんなに強い酒も、何杯でも飲める。ただし、毎回激しい二日酔いに陥る。ひどい時は下痢もしていたな。
「俺そんなに飲めな」
「ザクマ殿、また後日」
司を救出したもの、恐ろしい言葉が耳に入った。
「おお? 待て待て! この祝いの日だ、朝まで飲み潰すぞ! お前ら! 龍族のお二方を捕まえてこい!」
「司走れるか」
「無理〜」
酔いが回って顔が赤くなっている。今回は相当強い酒らしい。
何とか逃げ切った俺たちは、近くにある川で休んだ。
司は普段飲める方だが、強い酒は一杯で倒れる。どうやら今回はそれに当たったらしい。
「大丈夫か? 俺の背中に乗っていくか」
「ああ、そうしてくれると助かる。酔いを覚まさねえと。最後はレイトーマだろ?」
「ああ」
「いいよなぁ、レイトーマ。美味いもん沢山あるしよ。泊まっていこうぜ。里まで飛べる自信がねえ」
「レイトーマから、疲れるから寝床も用意していると」
「最高だな! 早く行こうぜ。……吐きそう」
ところが、レイトーマの王族全員が感染病にかかり皆高熱を出しているという。薬を飲んで安静にしているところだとか。
挨拶は後日にし、司を背中に乗せてミッテ大陸の龍の里へ戻った。
レイトーマの感染病はインフルエンザAだと思ってください。





