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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
9.5章 それぞれのお正月

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番外編5-2 緋倉とゼネリア〜チョコバナナと通り魔〜

 朝食を終えた俺とゼネは、レイトーマの屋台のある路地へ向かったのだが……


「人間多すぎだろ。年明けっていつもこんなもんなのかよ。ゼネ、平気?」


「好きじゃないけど……」


 上目遣いで唇をキュッと閉じて見つめる顔も可愛い。また心臓が射抜かれた。

 思わず指を絡めるように手を握った。離れないようにぎゅっと。


「とりあえず回ってみようぜ」


 食いもんが多いのはそうだけど、小物もちらほら売ってるな。

 縁起物ってのもあるのか。人間が信じてるものなんだろう。


「ゼネ、寄りたいとこあったら言ってな」


「じゃあ、あれ」


 箸屋か。人混みを掻き分けて店の前に着くと、何やら真剣に見ている。


「いらっしゃい。丁度ワカシの木で作った貴重な箸が入荷したんだ、どうぞ見てらっしゃい」


 ワカシの木は枝も硬いはず。よく箸に出来たな。

 一つ五千グルトって、高すぎだろ。ぼったくりか? いや、この木の加工を考えるとその価値はあるのか。


「これ」


 指差したのはワカシの木で作られた八角箸。店主の話では縁起がいいのだとか。おまけにこの箸を買ったらおまけで箸置きが付いてくるという。

 購入した後で聞いてみた。


「箸が欲しかったのか。言ってくれりゃ俺がお前に買ったのに」


「違う。これはイゼルに渡したい。……喜んでくれるかな」


 不安そうに言って。お前は何も言わないけどイゼル様が兄って事、俺も知ってる。いつだったか、母さんと薬華が話しているのをたまたま聞いたんだ。兄妹なのに他人行儀だと。


「大丈夫だろ。お前が選んだんだ。喜んでくれるさ」


「……ダメだ。緋倉から渡して」


「何で」


「私みたいなのが近づいたら、里の連中にイゼルが悪く言われる」


 私みたいなのって。こいつ自身を疎んでいるのは知ってるけど、だからと言って血の繋がった兄に遠慮することねえだろ。


「だから、緋倉からの土産って事にして」


 そんなこと言いながら何で悲しそうな顔するんだよ。

 本当は堂々とイゼル様と一緒に暮らしたいんじゃねえか。


「だめだ。これはお前が選んでお前が買ったんだから、自分で渡すんだ」


「要らないって言われたら」


「言わねえよ。大丈夫」


 どことなく他人行儀なら、これで距離が縮まるだろ。

 まだ不安がありながらもゼネが頷いたから、気を取り直して他の店を回り始めた。


 それにしても人間が増えてきた。人間嫌いのゼネには苦痛だろう。お、丁度甘いものがある。


「ゼネ、あれ食うか? チョコバナナ」


 こくりと頷いたので、手早く二つ購入してから人混みを抜けた路地に入った。

 チョコバナナを一つ渡すと、彼女は早速口に入れる。

 美味そうに顔が綻んでて、俺の心臓が高鳴ってきた。可愛い、早く俺のものにしたい。


 少し歩くと何やら悲鳴が近づいてくる。人間も押すな押すなと雪崩のように近づいて来ているが、何があった?


「通り魔だ! 早くそっちへ」


「押すな!」


 ああ、人間の雄が包丁を振り回しているのか。随分と目が血走ってんな。恨みも深い何ががあるかも知れねえ。

 押し寄せてくる人間のとぶつかったゼネの手から落ちたチョコバナナが地面に激突した。しかも混乱する人間に踏まれて。

 こいつ、怒って雪崩の人間の間を逆行してやがる。髪の色が灰色から黒になっていく。


「ゼネ、抑えろ」


「殺しはしない」


 人混みを抜けると、何人もの女に振られたと騒いでいる中太りの人間の雄が包丁を振り回していた。

 ゼネの姿を見つけるなり、やはり目の敵にしたな。


「ああ、お前も俺を馬鹿にしに来やがったのか! そ、その目、睨みつけやがって、こ、こ、殺してやる!!」


 人間が駆け出した瞬間、盛大に体勢を前方に崩した。

 持っていた包丁が勢いよくゼネの横を掠め、僅かに腕を切り付ると真後ろの子供を目掛けてきた。見向きもせずその包丁さえも氷の柱で受け止めるとはな。おまけにすぐ溶けて包丁が地面に落ちた。


 何が起きたかよく見たら、足元を凍らせたのか。両足を氷で固めりゃ、そりゃ転ぶ。さすがはゼネリアと言うべきか。

 何だ、珍しく人間に近づいてるぞ。


「緋倉が買ってくれたチョコバナナ! どうしてくれる! 弁償しろ!」


 買い物の恨みは怖いと言うが、お前怒るとこそこかよ。

 ……いけねえ、傷はすぐ治してやらねえと。血が滴り落ちる。

 俺が駆け寄った時、数滴地面に落ちてしまった。あっという間に舗装された地面を突き破った花が咲く。


「すごい、お花が咲いた」


 まずい、見られた。子供の言葉で周りの連中の視線が一気に集まる。


「もういい、あとは人間の兵士に任せよう」


「チョコバナナ……」


「俺のと半分こしよう」


 傷口を手持ちのハンカチで抑えながらその場を去った俺たちは、路地を少し歩いて小さな公園に入った。

 すぐに腕の傷を確認すると、あまり深くは切られていない。これなら俺の血で治せる。ゼネにチョコバナナを預け、隠し持っていたナイフで軽く指を傷つけた。僅かに出る血を彼女の腕に落としてやると、傷が塞がった。


「油断したな」


「お前が買ってくれたからつい……」


 俺の為に怒ってくれたのは嬉しいもんだ。しょんぼりしてる顔も可愛いな。

 それより髪の色も元の灰色に戻っている。こいつの精神状態が落ち着いたのはいいが、問題はゼネの血の能力を見られたことだ。

 さすがにレイトーマ人は異種族狩りしないと思うが、こいつは特殊だからな。ダリス人がいないなら大丈夫か。


 気を取り直してベンチに座った。

 一本を分け合ってゆっくり食べていると、ピッタリ寄り添いながら歩く男女二組が視界に入る。肩を組んだり頬を抓ったり何とも幸せそうな表情をしていると、二組とも軽く唇を重ね合った。

 一組は咳き込んで女が息臭いって怒ってんな。今の今まで幸せそうにしてたのに、人間ってよく分かんねえ。


「緋倉、あれって何の意味があるんだ?」


 唐突に何だ。ああ、お前もあの二組を見ていたのか。


「唇と唇をくっつけて、笑ったり怒ったり。何がしたいのか分からん」


 最後の一口はゼネにやると、美味そうに食べながら持っていた木の棒を一瞬で燃やして灰にした。唇の端にチョコが付いている。


「ありゃ愛情表現だな。人間は時期問わず盛るから」


「龍族もか? 司が緋紙に同じ事してたけど、殴られていた」


 親父……。親のそういう話は聞きたくなかったな。


「興味あるのか?」


「……いや」


 明らかに俺の唇意識してやがる。人間と同じ事したらどういう反応するか気になるけど、拒絶されたら嫌だな。


「唇の端、チョコ付いてんぞ」


 ***


 そこから俺たちは夕方まで色んな店を回った。

 食べ物の他に洋服の店に立ち寄ってゼネに合いそうな服を見立てたり、装飾屋に行ったり。

 年明けだからかあちこちで安売りしていた。その中で装飾屋はドワーフと人間が共に店頭に立っていた。ドワーフが作ったんだろうな。ゼネが興味出して見ている間、俺は一つだけ買った。


「ゼネ、耳貸して目瞑って。動くなよ」


 店から出るなりそう言うと、大人しく従ってくれた。

 両方の耳に装飾品をそっとつけて、と。


「できた。俺からのプレゼント」


 手で触って形を確かめてる。周りに鏡ないからな。


「薔薇?」


「そ。黒薔薇」


 人間が作った花言葉ってやつ、独占を誇示するようなもんだったはず。こいつは気にもしないだろうけど。

 唇をきゅっとして顔が綻んで頬が桜色に染まっていく。買った甲斐があった。


「あ、ありがと」


 俯きながらぽそっと呟いた。照れて可愛い。何でこんなに可愛いんだ。

 思わずぎゅうっと抱き寄せると、困惑しながら離れようとする。


「今さ、俺すっげえ幸せ。だからもう少しこのままで居させて」


「うん」


 俺の背にぎゅっと腕を回してくれた。言葉に出ない幸せってあるんだな。


 だが俺達はその時気づかなかったんだ。彼女の血を狙っている輩がいるという事を。





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