番外編5-1 緋倉とゼネリア〜命令〜
これは9章少し前で、マナ達が過去へ行く前の出来事です。
「ゼネリア、緋倉、レイトーマかカトレアに行って体を休めなさい」
呼び出されたと思ったら、イゼル様の一言目はそれだった。
この時俺とゼネリアは十八歳。龍族の中では幼い部類に入るが、人間の十八歳と見た目は変わらない。
「何故わざわざ人間の国に行かないといけない」
ゼネのやつ、明らかに不機嫌だな。人間嫌いだから仕方ねえけど。
「体も気も休めてないだろ。レイトーマで美味いものを食べるか、カトレアで遊ぶか、好きな方を選ぶといい。拒否権はない、命令だ」
命令と言われ、ゼネは舌打ちをした。そうでも言わないと、絶対に人間の国なんかに行かないもんな。
「イゼル様、俺たち抜けたら里の護りはどうするんですか? 大分ナン大陸へ移動したから親父だけでも何とかなると言えばそうですが……」
「年の変わり目だ。人間は正月と呼んでいるから、ダリス人も大人しくしているだろう。レイトーマとカトレアは今日はどこも休みだから、明日明後日行くといい」
その後俺はゼネにどちらの国に行きたいか問うたが、どっちでもいいという回答だった。むしろ俺の行きたい方でと言われてしまった。
さて、どうしたものか。
母さんに相談してみたら、食べる事が好きだからレイトーマだと言う。年明け早々に美味しいもののが沢山出るとかなんとか。薬華はカトレアで音楽や芝居を見るのも一つだと。
悩んでた俺に、母さんと薬華が小遣いをくれた。うん、ゼネが好きな方がいいな。
「おはよう、ゼネ。年明けだから美味いもん食いにレイトーマに行こう。たまには俺の背中に乗って行くか?」
「……いや」
彼女がキュッと俺の服の裾を掴むと、一瞬で視界が変わった。首都の入り口だ。待て待て、これをやるとお前ーー
「あーあ、無茶しやがって。顔色悪いぞ。おかげで早くレイトーマに着いたけど、もっと体を大切にしねえと」
「だって……」
上目遣いで少し照れくさそうに見上げるゼネが可愛すぎる。
こんな表情、俺にしか見せてくれない。
「少し休んでから行こうぜ」
「いい。市場のとこに朝食を食べられる場所がある。そこに行こう」
ふらふらとその方向へ向かおうとしている。大人しく休めばいいのに。
ひょいと小柄な体を抱き上げてやると、真っ赤な顔になって慌ただしく俺の顔を見上げた。
「下せっ……!」
「やだね。このまま俺に市場に運ばれるのと、休んでから向かうの、どっちがいい?」
「……休む」
唇をギュッてして可愛いな。何でこいつはこんなに可愛いんだろう。
俺の背が伸びて大分身長差出来たから余計に見上げてくるのがいいのかも。
俺はゼネを降ろすとすぐに膝枕をした。無理矢理寝かすぐらいが、こいつにはちょうどいい。
それから十五分二十分ぐらいだろうか。木陰から入ってくる日差しが気持ちよくて、ついうとうとしていた。冬だから風は寒いけど、日差しは暖かい。
ひょいと起き上がったゼナはすっかり回復していたらしい。
「じゃ、行こうか」
立ち上がって差し伸べた俺の手を不思議そうに見ると、ふいっとそっぽを向いて市場の方向へ歩み出した。
到着した市場の入り口だけでも、人間で溢れかえっている。
俺はともかく、こいつはこの中を掻き分けて行きたくないだろう。あ、我慢して行くのか。どうしても食べたいんだな。
逸れる、そう思った俺はゼネリアの小さく柔らかい手を握っていた。
掻き分けてしばらく歩いた先に、ゼネリアは入って行った。
人間嫌いなお前がよく我慢したよ。ここに来るまで、何人かに龍族がいるって囁かれてたけど、俺の髪が原因だな。暗示を広範囲にかけてもいいけど、面倒臭え。
「緋倉、何がいい?」
お品書きか。へえ、色々あるのか。こいつ、きっと俺に食わせたいものがあるはずなんだ。そうじゃないとわざわざここまで来ない。
「お前の注文するやつがいい。何頼むんだ?」
「鮭だけのこれ」
指差した鮭だけの定食を二つ、頼むことにした。
それにしてもこいつ、人間が嫌いなのに何でこういう場所知ってるんだ。真っ直ぐここに向かってたし。
「お決まりで?」
「これ二つ」
「へい、お待ちを! 鮭二つー!」
朝っぱらから元気だな。それにしてもあっという間に人間で埋まっていると思っていたら、ドワーフ族も何名かいるのか。
朝食を待っている間、街中でいくつもの屋台があるという話が聞こえた。もっぱら食べ物の屋台が多いようだが、中には遊具もあると言う。借用か買取で振袖を売ってる店も本日は安い上に着付けを無料でしてくれる等、様々な話が聞こえてくる。
振袖か。母さんと薬華がくれた小遣いの他に手持ちがあるけど買えるか? 見てみたいな、絶対可愛いだろこいつ。
「にやけてどうした」
「お前の振袖姿想像してた。見てみたいな」
「あんな動きにくいものは着ない」
あーあ、断られちまった。残念。
おっと朝飯が来た。すげえな、本当に鮭づくしだ。
美味そうに食べるゼネを見るだけで、腹より胸がいっぱいだ。
「美味いな、ここ。何でこういう店知ってんだ?」
「昔イゼルが連れてきてくれたんだ」
「イゼル様が? いつの間に……」
思い出したのか、少し微笑んでいる。可愛い、心臓射抜かれた、可愛い。
「食ったらどこ行こうか」
「あ? え? ……ああ、そうだな」
いけね、心臓の鼓動が早すぎる。食の都だからな、レイトーマって。
「とりあえず、屋台を見て回るか。その前に振袖」
「絶対着ない」
断固として断られてしまった。





