18話 ケリンの目的
深々と雪が降り積もるダリス帝国では、二人のケリン・アグザートが司を責めていた。
「あの小娘を逃しただと!? お前がいながらなんて様だ!」未来のケリンが話す。
「確実に仕留めるはずではなかったのか!」過去の若いケリンが声を荒らげる。
この場を収めるにはどう話せば良いか、司は思考を巡らせながら目を瞑った。考えるまでもなく事実を話すしかない。ただ龍族である自分が話すより、キリクが話した方が良いだろう。司がキリクに視線をやると、二人のケリンに説明を始めた。
「確かに結果として逃すことになってしまいましたが、深傷は負わせたでござりまする。当面動くことはできないでしょう。ただ恐ろしいのは、地下牢を覆うほどの草木を生み出す血……」
ゼネリアが去った後も勢いを増した草木は、その後地下牢一帯を覆ってしまったのだ。
点々と階段に生えた花は抜くことができず、踏みつぶしても元の形を保っている。地下牢を覆って先の多くは蔓で、まるで意識を持っているように、地下牢の異種族を守ろうとしていた。
「燃やして追いかければよかっただろう! 司、お前も龍族ならそれぐらいはできるだろう」
「そんなことをしたら、この城ごとを燃やしてしまいます。草木が意思を持っている以上、下手なことはできない。蔓が城ごと覆って炎を受け入れたら、古い城だ、あっという間に燃え尽きてしまいます。それで良いと?」
二人のケリンは奥歯を噛み締めた。
史実、この時代のゼネリアは、正面から乗り込むと城内の兵士の命をことごとく奪い、地下牢を破壊して異種族を救い出すと、騒ぎの報告を受けたケリンが外に出たところでダリス城を壊滅したのだ。
未来のケリンは思う。異種族も奪われず城も破壊されていないのなら、結果として良かったのではないか。
過去のケリンは思う。ゼネリアが復活したら、今度こそ地下牢の異種族を奪われるのではないかと。
その時、二人とも同じことを思いつき、互いに顔を見合わせた。
「暗殺はどうだ。司、お前なら、龍の里に潜り込んでも気づかれん」
「いや、気づかれるでしょう」
すっと右腕を差し出し、なぜ不可能かを気づかせる。
過去に来る直前まであった右腕。ならば過去にいる司には当然あるものだ。
(馬鹿かこいつら)
「俺自身はもちろん里の連中が見ても、この腕では」
はっと気づいたケリンは、ならばとキリクに向き直った。
「忍び込んで暗殺はできるか?」
やめておけと言いたい司だが、ここは静観しよう。
緋刃がいるなら緋媛も、成長した長男の緋倉もいる。返り討ちにされるのがオチだ。
少し考えたキリクは答えた。
「龍の里…… ミッテ大陸でござるか……。里の構造や警備がわからない以上、安易に乗り込むのは危険でござるが小娘一匹ぐらいでしたら」
とは言いつつも、まだキリクは考えているようで、疑問を口にする。
「そもそも、背後の拙者の存在にも気づかなかったあの家畜の脅威とは? なぜそこまで拘るでござる」
「あれはわしと同じく未来の扉を管理する人柱でありながら、家畜と異界の混血。子孫が出来る前に異物駆除をするのもクレージアの未来のため」
「この時代の城を壊滅させたのが理由ではないでござるか」
「両方だ。わしはこの世界と人間の未来を守るため、長期にわたり生き続けてきた。いずれの未来も、異種族による滅びの道しかない。故に異種族を根絶するまで、人柱はわし一人で充分なのだ」
だから同じ人柱が邪魔で仕方がない、そういうことなのだろう。
そのケリンが司をそばに置いている理由は単純で、使えるから。記憶操作という能力を重宝しているだけに、異種族であろうと利用しない手はない。
「この世界に生きる種族は、人間だけでいい」
互いに視線を合わせた二人のケリンは頷き、キリクはそれが未来のためであると理解した。種族の間引きは必要であり、それがいずれ滅ばぬ未来へと変わる。
「革命、と言えようか」
「我らを人柱にしたことを感謝せねばならん。さてキリク、この娘を確実に始末しに行ってくれるか」
「御意でござる」
キリクがミッテ大陸へ行くという事は、司の監視が外れるということ。過去のイゼルと自分へこのことを伝えに行くことができる。緋刃だけでは不安しかなく、やはり自ら伝えるしかない。
(ミッテ大陸への軍の進行から暗殺に変わったか。それだけなら緋倉もいるから何とかなるだろう)
ところが、キリクが二回手を叩くと、メイドの姿をした女性二人が部屋に入ってきた。
「拙者が不在の間、ボスも何かと困るでしょう。彼女らを付けさせるでござる」
一人はショートカット、もう一人は肩まである髪を下ろしている。長いスカートの中に武器を隠し持っているようだ。
二人も監視を用意するとは。記憶を操作しても、互いの違和感で気づけると言うことだ。
「それはどうも。ここ暫く、ご無沙汰してたもんでな」
品定めのようにくいっとショートカットの女の顎を上げると唇を近づけ、直前で止めた。
女は若干頬を赤らめている。
「期待した?」
囁くように司が言うと、はっと気付いたような反応を示した。その隙を逃さずに唇の中へ侵入する。
息などさせてやるものか。ほんの僅かな時間で酸欠にしてやると、女は司の足元に崩れた。
「また味見でござるか。まったく」
「いいんじゃねえの? 反応が可愛くてよ。それより、ミッテ大陸に行くなら南側から行くといい。狩りにくる人間は北から来るもんだから、南は手薄さ」
そう言いながら司は部屋を出て行った。出るなり彼は唇を手の甲で拭う。
(こんな設定にしなきゃよかったぜ。気持ち悪い)
度々怒る緋紙の顔を思い浮かべ、くすっと笑う司は、キリク達に怪しまれないよう部屋へと向かおうとしたその時。
「キリク、暗殺に向かう前にダリス軍の侵攻の準場をしていけ」
耳に入ったこの言葉に、司は足を止めた。
「この際だ、異種族を徹底的に根絶やしにする」
ーー馬鹿な。ゼネリアが城を破壊しようとしなかろうと、起こり得る事実だったのか。
これをイゼル達に伝えなくては。まずは怪しまれないよう、司は自室へと向かった。
一旦区切りなので9章本編は終わり、番外編を数話やります





