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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族

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4話 言葉の意味

「せっかくマトに会えたのに、どうして……」


 部屋のベッドの上で、うつ伏せになって泣いているマナ。

 泣いている女を見て離れるに離れられない緋媛は、彼女がいつも座っている椅子に座っている。


(どうすりゃいいんだ、こういう場合)


 女の子は特にデリケートだから優しくしてやれという兄・緋倉の言葉を思い出したが、どう優しくすればいいのか分からない。

 マナと関係を持っているのではないかという噂が立っている以上、頭を撫でたりするだけで勘ぐられる可能性がある。

 そもそも触れると過去を視られるので、それだけは避けたい。


(兄貴ならこういう時どう声かけんだ? そもそもどういう話をしたかも……)


 そうか、まずは話の内容を聞けばいいのだと、ようやく思いつく。あとは兄がしていそうな事をすればいいのだろうと、適当に考えていた。

 とりあえず、彼女の傍に行ってベッドに腰掛ける。


「……何で国から出て行けって言われたんだよ」


 と、つい冷たい言い方になってしまった緋媛。優しく声をかけるはずだったのにと反省する。

 ぐすぐすとしているマナは不満そうな泣き声で答えた。


「ここにいちゃいけない人だって、私は普通じゃないからって……。理由を聞いても教えてくれないんです! 王族だけど私は普通の女の子なんです! これからマトと一緒に国を良くしていきたいのに、私は必要ないって……」


 わんわんと泣き始めたマナに、表情には出さないが心の中で面倒臭いと考える緋媛。

 何度も思うがこういう時に兄はどう声をかけるのだろう。フォルトアやルティスはどうだったのか。

 考え抜いた緋媛は、これならばという言葉を投げた。


「なら……俺のとこに来いよ」


 縁談の話は上がっている。このまま江月に来ればいいと企んでいる緋媛故の言葉。

 しかい、この言葉が誤解を生むとは思っていなかった。

 当然マナは誤解し、顔を桃色に染める。


「それは、その……私を貰って、下さるという……」


 段々声が小さくなっていくマナは、枕に顔を埋めながら照れくさそうにしている。

 何かおかしい気がしたが、緋媛は気にしなかった。


「貰うも何も、あんたに素を見せた時から誘ってんじゃねえか。何が何でも江月に来てもらうって」


 枕で顔を隠しているマナの顔が桃色から真っ赤になる。

 しかし、緋媛は気づかない。手応えがあると確信し、兄ならばこう言うだろうと駄目押しの一言を発した。


「俺と一緒に来てくれる?」


 彼の甘い囁きに、マナは顔も体も起こすことなく二回頷く。

 ふっと笑うと、緋媛はベッドからひょいと体を降ろし、扉へ向かった。


「さて、姫の腹も決まったし、マトとイゼル様に報告するか」


 ***


 緋媛が部屋から出て少ししてから、マナはゆっくりと体を起こした。

 涙の跡が残っているものの、耳まで顔が真っ赤になっている。

 王族のため、それなりの身分がある者が好ましい事はマナも重々承知しているが、例え護衛でも緋媛ならばいいと、幸せな笑みを浮かべていた。



 一方緋媛は鷹を飛ばしてイゼルに報告し、マトの私室へ向かった。

 鷹の主人は弟の緋刃。彼は約五匹の鷹を飼っている。五匹は江月、レイトーマ、カトレアをぐるぐる回るように飛んでいるのだ。

 鷹達は緋刃の命令に忠実であり、イゼル、緋媛の言う事を聞くように命令されている。


「緋媛」


 廊下を歩いていると、後ろからマトに声を掛けられた。

 国王が護衛の兵士を連れずに何故一人でうろうろしているのかと、呆気にとられる緋媛。


「護衛はどうした」


「ずっと城の外だったからな、一人でいる方が落ち着くんだ。それより、姉上の様子は?」


 込み入った話になりそうだ。緋媛は私室で話そうと、顎で合図をした。


 ***


 場所は移り、国王の私室。

 まだ散らかっている部屋を見てぞっとする緋媛は「俺も手伝う」と言い出し、散乱した本を拾い始めた。

 何故こんなに散らかっているかというと、この部屋に何があるか、手当たり次第引っ張り出しては床に放置した為である。決して、亡き兄マライアと争った時に出来た者ではない。

 纏めて片付ければいいと考えていたが、どこに何があるか分からなくなってしまい、公務の合間に少しずつ片付けているのだ。

 しかし本棚は天井まで届き、数も多い。いつまで掛かるか変わらない。


 緋媛はマトと共に片付けながらマナの様子を報告した。


「姫な、ずっと泣いてたよ」


「やっぱりか。俺も本当は姉上と一緒に国を良くしてから妃を迎えようと思っていたんだが、フォルトアとの約束と姉上の今後の事を考えると……どうも、な」


 レイトーマでのクーデターに手を貸したのはフォルトアだった。

 緋媛は江月に行きたいというマナを連れて里帰りした際、彼女が寝た後で緋倉からその事を聞いていたのだ。

 マトが言葉を続ける。


「だが俺は、父上とゼネリアに救われた。そうでなければとっくに死んでいたさ。父上がイゼル様に俺の事を頼み、ゼネリアの一瞬で移動するあの術がなければ……」


 話を聞きながら、この本はどこの棚にしまえばいいか悩みながら、種類順、著者名順、更には昇順に並べている緋媛。

 中にはレイトーマの歴史という、マナが読んだ事がなさそうな落丁しそうな程古い書物もある。彼女に見せたら大喜びするだろう。


「その恩も返さねばならないから、俺が国王となったら姉上をそちらに引き渡すと約束したんだ。例え姉上が望まぬとしても、いつか永遠に別れる事になるしな……」


 寂しそうな表情を浮かべるマト。

 十一年間もの間レイトーマ城から離れていた彼は、しばしの間江月で学んでいたのだ。この世界の事、世界の歴史の事を。そしてマナの運命を――

 喉が渇いたと言い、マトはテーブルにある紅茶に湯を注ぎ始めた。緋媛の分も用意している。


「姉上には随分ときつい言い方をしてしまったのは解っている。国から出て行けなど、あのお優しい姉上に言うべきではなかった。どうしたらご承諾いただけるか……」


「ここに来る前、姫がやっと里に来る事を承諾したよ」


 驚いて固まってしまったマト。

 カップに注いでいる紅茶を盛大に溢れさせてしまい、テーブルからは紅茶の雫がしたたり落ちる。

 その音でマトの方を振り向いた緋媛は、何とも面倒臭そうな表情だ。


「何をやってるんだよ」とテーブルを綺麗にする緋媛は、マナとの会話をマトに説明した。

 が、それを聞いたマトはどこか哀れな目で緋媛を見るのだ。


「人間との生活も悪くない事も多かったけどな、これでやっと俺も里に帰れる」


「なあ、緋媛。一応聞くが、俺のとこに来いっていうのは、俺の故郷の江月に来いって事だよな?」


「故郷っつーと少し違うな。でもそんなとこか」


 念を押すようにずいっと緋媛に顔を近づけるマトに、緋媛は冷や汗を流す。


「嫁になれって意味じゃないよな!」


「当然だろ! 人間を嫁にしねえよ俺は」


 二、三歩下がる緋媛は何故マトがこんな事を聞くか解らず、溢れそうな紅茶に口を付けた。

 マトは一口飲んでカップをテーブルに置く。


「いいか、おそらく姉上は……いや、姉上だけじゃない。お前が女にそんな事言ったら、嫁に貰ってやると言っているようなもんだぞ」


「……は?」


「緋倉とフォルトアから聞いていたが、お前は天然女殺しだな。俺から言わせればフォルトアも同じだが」


 頭の整理が出来ずぐるぐると目を回している緋媛は、受け入れられない現実を確認する。


「俺が嫁に? 誰を、誰が、……嫁?」


「お前が嫁になってどうする」


 もはや思考回路がおかしくなっている緋媛に、マトははっきりと伝えた。


「姉上は! お前に婚姻を申し込まれたと思っているんだ! 姉上の事だ。お前なら悪くないと喜んでいるだろうな。丁度いいじゃないか。責任取れ。お前は江月だと幹部なんだろ? 人間でいう貴族と同等なら身分も問題ない」


 緋媛に婚姻の意志は全くない。相手は江月で、()()で見つけようと考えていたのだ。そんな事で勘違いする程マナは馬鹿ではないと確信している緋媛だったが、それは大きな間違い。


 マトの言うとおり、その頃のマナは緋媛に言われた言葉を思い出し、幸せそうに笑っていた。




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