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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
9章 襲撃
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17話 過去と未来のルティス

 息を荒くして薬華の診療所に駆け込んだ汗まみれの緋倉は、真っ青になっていた。只事じゃない、と察した薬華だが理由は一目瞭然である。腕の中の青白い顔色のゼネリアがいるのだから。


「ゼネが、人間にやられたって……!」


「また? ついこの前もだったのに。つーかあんたら、本当にダリスに行ってたのかい」


 焦る緋倉を促すように、ベットの布団を捲るとぽんぽんと寝床を叩く。促されるままにベッドに彼女を横たわらせながら緋倉は話した。


「ま、まあな。イゼル様の命令で連れ戻すにしても、こいつのやりたい事は叶えてやりたいし」


 ベットに寝かせ、そっと布団を掛けると隣の椅子に座ってぎゅっと彼女の手を握る。点滴を用意した薬華は、反対側の腕に針を刺した。


「やりたい事ねえ。未来から来た子に何をしたかは話に聞いているよ。ダリス城を壊滅させて異種族全員を救ったって。その連中はどこなんだい?」


「壊滅? 全員? 何の話だ」


 全く見に覚えのない緋倉と話が噛み合わず、疑問が浮かぶ薬華。ゼネリアを優先している事もあるかも知れないが、彼は本当に覚えがないようだ。

 ひとまず汗を拭くためのタオルを放り投げると、追いかけてきた緋刃と水色と黄緑の髪の少年二人がやってきた。


「もー、倉兄速いよ」


 子供を抱えている緋刃も汗まみれ。その子供たちは緋刃から降りるとベッドに駆け寄った。

 見覚えのない子供達に少々眉を寄せるが、黄緑色の髪

 と先日のルティスの話を思い出した薬華は、そういうことかと納得した。

 眠っているゼネリアを覗き込んだ子供達は互いに顔を見合わせると不安そうに緋倉の目を見つめる。気づいた緋倉は口元を引き攣らせながらも言う。


「大丈夫。きっともうすぐ目を覚ますから」


 ただ、吐息のようにぽつりと「たぶん」と吐くと、握っている彼女の手をさすった。


(お前が助けた子供達はここにいる。早く目を覚まして安心させような)


 その様子を静観していた薬華に、緋刃が別室で話があると連れ出した。気楽な表情が多い彼が、この時ばかりは深刻そうにしている。隣の部屋に入るなり、緋刃がひっそりと伝えた。


「姉さん、しばらく情緒不安定になるかもしれない」


「今でも大分だけどね。ダリスで何があった」


「……父さんが、姉さんが一番気にしている事の強い暗示をかけたんだ」


 情報を整理しながら聞いている薬華の頭の中には、緋刃の言う父が未来の司と浮かぶ。だがこの時代の司の事も父と呼んでいる。彼は今、里周辺を守る森番をしている最中だ。どちらの司なのだろう。


「詳しいことはイゼル様にも父さんにも話さないといけないけど」


 ここでようやく未来の司が来ているのだと、薬華は気づいた。


「なるほどね。それまで起きないようにするか、起きても暴れないようにしてほしい訳だね」


「うん。倉兄がついているとはいえ、小さいルティス兄さんとフォルトア兄さんの面倒も見ないといけないし、あの暗示はきっとイゼル様と姫様にしか解けないと思うんだ」


 どういう事か薬華が聞こうとしたところで、診療所の扉が乱暴に開く音がした。どたばたという音が近づいてくると、緋倉達のいる部屋で止まる。追ってそっと診療所の扉が閉じられ、ぱたぱたと小さい足音が近づくと途切れ途切れの吐息が聞こえた。


「はぁ、疲れた……」


 マナの声だ。薬華と緋刃が緋倉達のいる診察室に入ると、目を丸くしたルティスが幼い自分を見ている。

 困惑した様子で拳をぐっと握りしめると、先に声を出したのはフォルトアだった。


「ねえ、あのお兄ちゃん、ルティスに似てるね。ルティスのお兄ちゃんかお父さんかな」


 不快なのだろう、幼いルティスはむっとした表情で大きいルティスを見るとそっぽを向いた。


「そんな訳ないだろ。俺たちはダリスで生まれたんだから。それに本当に俺の家族なら、なんで今まで……!」


 幼い自分の気持ちは分かるルティスは、自らが未来の姿とは言えない。テスと呼ぶようにイゼル達に話したものの、フォルトアの言うとおり身内とするか悩む。共に兄弟のように生きてきたフォルトアだけに本当の家族がいないように思われるかもしれない。ならば、出てきた言葉に従おう。


「……俺はに親も兄弟もいないし、いたとしてもそれが誰か知らねえ」


 ――嫁と息子はいるが、現代にいる。


「俺の事はテスって呼べよ。俺を兄だと思いたいならそれでいい」


 くるっと踵を返したルティス――テス――は、そのまま診療所を出て行った。

 追いかけてきたマナは息を整えながら見送ると、診療所の中を見渡す。緋刃は困ったように髪をかき揚げると彼も診療所から出ていき、薬華は何やら薬瓶と注射器を取り出し始めた。

 ベッドで横になっているゼネリアを心配しつつも、緋倉が共にしているので今はそっとしておこうと考えると、水色と黄緑色の髪の少年が過去のルティスとフォルトアと気づき、そっと近づくと目線が合うようにしゃがんだ。


「こんにちは」


 ほほ笑んだ声を掛けたが、子供たちは怯えるような表情をすると緋倉の後ろに隠れた。

 マナを見た緋倉は一瞬で敵を見るように彼女を睨みつける。


「何で人間がいるんだ。おい薬華、何で当たり前のような顔してんだ」


「ああ。この人間の小娘は無害だからね。昔この里にいた事もあるし」


 注射器の中に移した薬剤を、点滴の中に少しずついれていく。涼しい顔の薬華はマナに聞いた。


「ところで緋紙たちと空き家の掃除をしてるはずなんだけど、なんでここにいるんだい?」


「ルティ……いえ、テスが緋倉たちを見かけて出ていったので、つい追いかけて来てしまったんです。ところでゼネリアは……」


「人間に呼び捨てにされるとか不愉快極まりねえ。ゼネの名前も簡単に口出されたくねえな」


「緋倉!」


 マナから見た緋倉の目は、これ以上近づいたり口を出したら傷つけるだけでは済まないといった敵対視した視線だ。怯える子供たちと横たわっているゼネリアを守るためだろう。覚えがないとはいえ、心が痛みつつもマナは頭を下げると診療所を出て行った。




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