13話 過去のダリス城~侵入~
城へ向かって走っているゼネリアと緋刃。緋刃は正確には彼女を追いかけている、という表現が正しい。
道中、彼女は街を歩く野良犬や野良猫の前で立ち止まり、何やら話をしている。
「そうか、あの子たちだけか」
緋刃には見慣れた光景ではあるが、動物と話すこと自体が不思議でならない。何故言葉が分かるのかと聞いた事があるのが、分かるものは分かると言われるだけで回答という回答は得られなかったのだ。
「他の子は耐えられなかったんだな。……わかっている。その為に来たんだ」
一通り話すと動物たちはその場から去ってしまった。
「姉さん、その子達何て言ってたの?」
「この貴族街にいる異種族はルティスとフォルトア、あの子達だけらしい。他の異種族は死んだと。これ以上の犠牲の声は聞きたくないからこの地から異種族を連れ去ってほしいと」
「その為に来たって、もしかして城の異種族全員助けるため? 倉兄が言ってた前に言ってた事って、そのこと?」
体中から滴り落ちる血が固まり始めたゼネリアは、額の血の塊を拭うと城を見据えて言う。
「……本来この時代にお前はいないんだ。だから里の帰れ」
「聞いたら帰れないよ! 姉さんだけで城に乗り込むなんて無茶だ。ダリス城にも兵士がいるだろうし、軍事国家だからカトレアより訓練されている人間が多いはずだよ! それに俺の時代でダリス城に行ったことあるし、きっと役立つと思う。手伝うよ、俺」
ゼネリアから見た緋刃の瞳には覚悟が現れていた。時代は違えど異種族全員を助けるならば何でもするのだろう。迷いはなく、まっすぐに彼女を見据えている。
ふぅ、とため息をついたゼネリアは何も言わずに城へと歩を進み始めた。
「私は確かに言った。里に帰れと」
「姉さん!」と反発しながら後ろをついていく緋刃に彼女は続けて言う。
「お前はそれを無視した。それだけだ」
はっと見開く緋刃は、ほんの少しだけ考えるとにっこり微笑み「姉さん待って」と後を追った。
忠告はしながらも彼の気持ちを汲み取ったのか、単に言っても無駄だから諦めたのか、どちらにせよ緋刃にとってはどうでもよく、手助けしていいのだという結論しかないのだから。
しばらく歩むと城の入り口が視界に入ってきた。――城門だ。
見張りの兵士は二人で、城をぐるりと高い塀で囲っている。さてどうするかと考えているゼネリアの肩をとんとんと叩いた緋刃は左手の大木を指差す。どうやらそこを登って木を伝えば城内に侵入できると言いたいようだ。
「そのまま塀を飛び越えてしまえばいいだろう」
「いやいや、飛び越えた先に見回りの兵士がいるかもしれないよ。こういうのは慎重にいかないと」
面倒だと思いつつも緋刃のいう事に一理ある。小さく白い息を吐いたゼネリア言うとおり大木に登ることにした。そうは言っても大木の太めの枝の上に飛び乗るだけだが。
飛び乗ってから塀の中と城の様子を見ると、兵士の一人がドワーフを鞭で叩いている光景が視界に入った。頭に血が上ったゼネリアは右腕に氷の剣を作り今にも人間を切りかかろうとしたのだが、緋刃によって止められた。
「待って待って! 目だっちゃ駄目だよ。俺に任せて」
両掌を顔の前に出すと、そこから薄い水の膜で覆われた球体が現れた。それに息を吹きかけた緋刃はその水の球体をそっと飛ばした。城門の正面側にいくつかの球体が飛んでいき、次々と割れると大きな声が飛び交う。
『侵入者だ!』
『城門から堂々と入ろうとしているぞ! 人手が足りない! 集まれ!』
その声の方向へ顔を向けるなり、兵士たちはそちらへ向かった。
ゼネリアと緋刃はドワーフの元へ駆けつけると、静かにするよう伝えるなり傷の確認をした。皮がめくれ肉まで到達しており血が流れている。自らの腕を傷つけた緋刃は「我慢して」と血をかけた。
「よし、傷は塞がった」
「ありがとうございます。あなた方は龍族でしょう。まだ捕まっていなにのに何故ここへ来たのです」
緋刃がちらりとゼネリアを横目で見るが、彼女は答える気はないようだ。
「……それより、他の異種族達はどこだ」
「地下にいる。牢屋の中や実験室……。あとは奴隷にされて貴族の屋敷にいるはず」
「わかった」
ゼネリアがドワーフの肩に手を乗せると、ふっと彼は姿を消した。
目の前から突然消えた事に動揺し思わず「えっ」と声を出す緋刃。
「どこに飛ばしたの?」
「……ドワーフの里」
疲れたのか、ゼネリア顔色が少々悪い。
「無理しちゃダメだよ。それに飛ばすならちゃんと説明してあげた方が良かったんじゃ――」
「時間がない。城ごと破壊してしまいたいが、早く地下へ入ろう。そろそろ戻ってくる」
城門へ駆けつけた兵士の混乱の声が大人しくなってきた様子。
どこかに入口がないかとあたりを見渡すと、少し離れた一階の部屋の窓が一つだけ空いていた。その窓へから部屋の中を覗くが誰もいない。ゼネリアと緋刃はそこから侵入することにした。