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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
9章 襲撃
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12話 ルティスとフォルトア~名前〜

 悲鳴が外まで木霊する屋敷から出たゼネリアに追いついた緋刃は、体中血まみれの彼女に声をかける。


「姉さん、どうしてあんなことを? 助けてくれたのはいいけど、傷まで負って人間を殺そうとするなんて」


「……これが代償だ」


 代償、という言葉に、緋刃は洞穴の中で聞いた未来の介入の話を思い出した。

 その時、緋倉と一号、二号も追いつき、早速緋倉が問うのは人間の操り方。


「お前あれ、どうやったんだよ。親父から教わっている記憶の干渉は消したり改竄したりするもんだけど、意思と反対に体を動かしたよな。脳に作用してんだろ?」


「どうやったって、何となく。出来るから出来た。それだけ」


 ぽかんとする緋倉と緋刃。何も考えることなく、出来て当たり前のような反応をするのだから。

 そして当たり前のように下着姿だった子供たちの服を無から編み出し、暖かな装いにした。それも何となく出来るのだ。

 それより、と話を逸らしたゼネリアは続けて口を開く。


「緋倉、お前はその子達を連れて街を出ろ」


「そりゃいいけどよ、お前の傷を治す方が先だ」と子供たちを下した緋倉は腕に傷をつけようとした。


「今治しても無駄だ。だから先にその子達を……」


 言いかけると、一号と二号の視線に気づく。今まで向けられたことのない、安堵の瞳。やけに眩しい。

 しゃがんだゼネリアは聞いてみた。


「あんな目に遭って、どうしてそんな顔でいられる?」


「願いが叶ったんだ。俺たち、流れ星に祈ったんだ。この屋敷の人間ぶっ殺して、龍の里ってとこに連れてって」


「一号、龍の里はまだだよ。ほんとにあるかも分かんないし」


「そっかまだ叶ってねえや」


 しゅん、と落ち込む黄緑の髪の一号。やっぱり、と緋刃は面影がルティスであると察した。しかし何故一号と呼ばれているのか、その理解が出来なかったのだが、すぐに判明する。

 緋倉もしゃがんで問う。


「龍の里はある。連れてってやるよ。その前にお前ら、名前は?」


「名前? ないよ。僕二号。こっちは一号。名前……」


 ぎゅっと拳を握って俯く二号。一号もつられて俯く。それぞれの頭を撫でながら緋倉が聞いた。


「お前ら、親は?」


 顔を見合わせ首を振る一号と二号。親が誰か知らないのだろうと緋倉は察した。


「……だったら俺が名前つけてやる。お前がフォルトアで、お前はルティスだ。どうだ?」


「倉兄、その名前って……」


「ああ。古代語でフォルトアは水の輝き、ルティスは自由な風って意味だ。こいつら見たところ、水と風が得意みたいだしな」


 水色の髪の子供を指して「それにこいつは毒の耐性もありそうだ」とほほ笑みながら言う。

 一号と二号とは目を見開くと互いに顔を見合わせて、名前を口にした。


「僕、名前貰っていいの? フォルトア、フォルトア……えへへ」


「俺はルティスだって。カッコいい」


「気に入ったみてえだな。んー、ファミリーネームもあった方がいいか。ゼネ、つけてやれよ」


 振られたゼネリアは眉を寄せ「いや、私は」と拒否しようとしたが、喜ぶ子供たちを見て断り切れない。嬉しそうに待っている。


「フォルトア……ルフェンネンス。と、ルティス・バローネ……うん」


「ん? 古代語か?」


「何となく。お前のようにそこまで考えが及ばないし、里の連中が知ったらこの子たちの立場が悪くなる。だから私が名付けなんて――」


 名づけなど出来ないから緋倉に考えてもらおうしていたのだが、予想と反して一号と二号は喜んでいた。


「聞いた? 僕達に名前が出来たんだよ。僕、フォルトア・ルフェンネンスだって。今から言っていいの? 名乗っていいの? 僕達もう、一号と二号じゃないんだよね」


「俺だってもっとカッコいい名前になった。ルティス・バローネ。流れ星のお祈りが叶ったんだよ、……フォルトア」


「そうだね、ルティス」


 嬉々とする喜びより、欲しかったものが手に入った喜びの涙が二人の頬を伝う。

 緋刃はルティスとフォルトアの過去を垣間見、これまでの彼らの重い過去が肩に載せられた気がした。彼らが強くなったのも、ルティスが厳しいのも、この過去があるからだと悟り、同時に救われたという事実を知ったのだ。


(名前一つでこんなに喜ぶなんて)


 涙をぐぬったルティスは緋倉達に名前を聞いた。素直に答える緋倉と緋刃だが、ゼネリアだけは違う。


「……知らなくていい。知らない方がいい」


 哀しみ浮かべ、無理に口角を上げようとした表情に、緋倉は小さくため息をつく。

 すっと立ち上がったゼネリアは、「夕方にあの洞穴の中で」と言い残すとダリス城の方向へ向かって走り出した。緋刃は後を追いかけ、追いかけたくてもルティスとフォルトアを放っておけない緋倉は、子供たちを抱き上げるとしぶしぶ歩み始める。


「行こうか。いつまでもここに居ちゃいけねえ」


 紫煙が立ち込めてきた。ぱちぱちという音が遠くから聞こえてくる。

 屋敷の中から聞こえてきた悲鳴もいつしか消えた。――命も消えたのだろう。

 歩みながら緋倉は考えていた。


(それにしてもゼネのやつ、一目散にこの屋敷に向かっていったな。もしかして未来に介入したのか? だとしたら向かっている先でも介入するつもりじゃ……)


 緋刃より先に追いかけていたら、きっと止めることが出来ただろう。側に居れないもどかしさが緋倉を襲った。


 ***


 同時刻、ダリス城では二人のケリン・アグザートが顔を合わせていた。


「もう間もなく、ゼネリアが単身で乗り込んでくる。狙いは地下の異種族共だ」


「人柱同士は互いの過去と未来が見えん。それ故にありがたい情報だ。しかしあの片腕の家畜は本当に我らの味方か? あれの未来が見えん」


「敵ならばとっくにわしの首をとっておろう。それにキリクが監視をしている以上、あれも下手に動けん」


 カチ、カチと時計の針が進む音が響く。時計を見た二人のケリンの耳に貴族街で起きた火災の話が舞い込んでくるのはそれから一時間後であった。

 だがその前に、これより少し後にゼネリアが城に到着する。司の息子、緋刃と共に。



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