11話 ルティスとフォルトア~命令〜
残酷な描写があります。苦手な方はリターンしてください。
「なんだあれは! 屋敷が!」
「あの髪の色、龍族か!?」
そんな声を聞くことなく周りを見渡したゼネリアは、黄緑色の髪の少年と水色の髪の少年を視界に入れると、自身の髪の色を黒く染めながら少年たちの元へ歩を進める。
(……この程度の代償では、間に合わなかったか)
威嚇する黄緑色の髪の少年をそっと抱き上げると、右腕を氷の刀に変化させた。
外の雪とは違うヒヤリとした冷気と生暖かい鉄の匂いを感じた少年は、冷ややかで鋭い眼光に背筋を凍らせる。
(いくらでも切り刻むがいい。この屋敷を潰し、城へ乗り込む)
爆音を聞き駆けつけた兵士たちに、屋敷の主は退治するよう命じたのだが、その言葉を発した瞬間に水色のか髪の少年の皮を剥いでいた兵士を切り刻んだ。
その兵士は声を発する間もなく停止した。
「に、二号!」
ゼネリアの腕の中から抜け出した一号は、苦痛に耐えている二号をみると安堵したように涙を流す。
傷ついていない手を握りしめた一号は、歯の奥を噛み締めた。
「ば、化け物……」
ぽつり、と屋敷の主人の声が聞こえたゼネリアは、ゆっくりと振り向いた。
その時、屋敷の奥から子供の声が届きーー
「お父様! 大きな地震が……きゃあ!」
「メラニアン!」
視界に入るなり女の子の後ろに回り込むと首に氷の刀を突きつけたのだ。
続いて追ってきた母親と兄は、その様子を見て歩を止める。ごくり、と固唾を飲んだ子供の兄は「メラニアンをはなせ!」と駆け出すものの、足元を氷で固められて盛大に顔を中に打ちつけた。
一号と二号には、何が起きているのか整理が出来ない。知らない人が屋敷を荒らしたと思ったら、いつも自分達を虐めている子供達を人質にしたり傷つけているのだから。
屋敷の主人は恐る恐る言う。
「娘を解放するのだ」
怯えるメラニアンに視線を落とすと、すぐに主人に向き直り「なぜ」と問う。
慈悲などない。このままでは娘が殺されてしまう。そう悟った時に出た言葉は「何が望みだ!」だった。
それと同時に穴の空いた天井からやってくる、緋色の髪と薄い紫の髪をした二つの影。
「おいゼネ、急に走って行ったと思ったら何だこれ」
「何でそんな怪我してるの!? って、床突き破って花育ってるし」
視線を一号と二号にゼネリアが向けると、その先を追った緋色の髪の緋倉が目を見開き、駆けつけた。
遅れた薄紫の髪の緋刃は視線の先の子供に驚いた。
(あの髪の色、まさかルティスさんとフォルトアさん? そんな、こんな所にいるはずない)
緋倉が駆け寄ると、一号は二号に近づけまいと睨みつけて威嚇をする。
ぐいっと肩を掴んでどけると、緋倉は自らの腕を斬りつけてその血を二号の皮のむけた肉に垂らした。
「う……。あ、あれ?」
あっという間に再生した皮膚。痛みもなくなった二号は顔を見上げ、緋倉をじっと見つめた。
「お兄ちゃん、誰?」
ふっと笑みを浮かべた緋倉は、一号と二号の頭を撫でた。
屋敷の主らはその傷の再生能力に見惚れ、兵士に緋倉を捕まえるよう命じ、飛びかかった。
一号と二号を後ろに下がらせた緋倉は応戦するのだが、同時にゼネリアが娘の首に傷をつけた。
「きゃああ! メラニアン!」
「痛いよう、お父様ぁ」
「メラニアン、大丈夫だよ。あの家畜を捕まえればいくらでも……」
言葉の続きを言うことなく、兵士の絶命の音が聞こえる。次に聞こえたのは静かに怒りに満ちた緋倉の声だった。
「家畜だ? てめえ、よくもまだガキの同族を傷つけてくれたな」
(倉兄が怒るところ、初めて見た)
緋刃にも寒気が走るほどの怒りが伝わる。普段、ゼネリアに人を殺すなと言いながら、あっさり始末しているのだから。
「おいゼネ、その人間のガキに同じことしてやろうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ倉兄」
怯えるメラニアンをじっと見たゼネリアは口角を歪め、主人に問いを投げた。
「何が望みだと言ったな。望みを言えばいいのか。貴様はこの子を救うためになんでもすると?」
「ゼネ! 交渉なんていらねえ!」
「黙ってろ緋倉」
助けを求め、瞳を潤ませるメラニアン。妻も子供も足元を固められて動けず、周りのメイドも執事も皆同様に動けない。
主人は声を張り上げた。
「ああ、そうだ! 何でもする! 望むなら執事もメイドも兵士の命だってくれてやる! だからメラニアンだけは……!」
動けぬ屋敷に仕える人間は動揺した。配下の命より、自分と娘の命だと。
緋倉は「クズ人間が」とポツリと呟き、一号と二号はその言葉を聞き逃さなかった。
「何でもすると、そう言ったな? ならば私の言うことに従ってもらおう。いいな?」
「ああ! なんでも! 何でもする!」
ふっと微笑んだゼネリアの笑みに、助かったと思ったのだろう。彼女の言葉は違った。
「その手でそこの人間共の体の皮を剥ぎ取ってこの屋敷に火をつけろ」
にっこりと微笑む柔らかな声で言われた言葉は残酷しかない。指差した先は主の嫁と息子なのだから。
真っ青になった一家とその従者たち。緋刃もその言葉に恐怖すら覚えたが、緋倉は喉の奥で笑っている。
「馬鹿な事を! そんな馬鹿げたこと、誰がやるか! ……な、なんだ? 体が……」
否定した瞬間、手足が意識とは別に動き始めた。向かったのは切り刻まれた兵士たちの塊。そこにある剣を手に取ると、足が妻と息子の元に向かう。
「嫌だ、嫌だ……!」
「あなた、やめて」
「お父様」
怯える声と恐怖の表情の三人を見たゼネリアは娘を解放したのだが、その子の足元を凍らせた。
「あ、足が、足が動かない」
「何でもすると言いながら拒絶した。お前の親はお前の命などどうでもいいという事だ。怯えるがいい、恐怖するがいい。鱗を剥がされることが、皮を剥がれることが、どれだけの激痛か、身をもって知るがいい」
空けた天井の穴へ飛び立ったゼネリア。その直後に響く屋敷の主たちの悲鳴。
追いかけた緋刃は目もくれず、一号と二号を抱えた緋倉も追いかけようとしたのだが――
「どうした」
少年たちはそれぞれ別の方向を見ている。二号は自分たちを気に留めていた執事長を、一号は身を剥いでいる一家を。
一号はぽつりと「ざまあみろ」と呟くが、二号は緋倉に聞いた。
「お兄ちゃん、あの人は助けてくれないかな。僕たちに優しくしてくれてたんだ」
ひょいと顔をその執事長へ緋倉が向けると、顔を覆って「ば、化け物!!」と叫んだ。これは二号に向けた言葉ではないが、彼は自分への言葉だと勘違いして捉えた。
「どうして……」
「さ、行こうぜ」
泣き叫ぶ声と悲鳴が入り混じった音楽が耳に入る。緋倉は一号と二号を抱きかかえながらゼネリアを追って外に出た。