9話 ルティスとフォルトア~執事長〜
翌朝、寄り添って夜を越した一号と二号は、寒さで寝覚めが悪かった。暖め合ってもわずかに流れる外気に体を震わせ、時々目が覚めては眠る、その繰り返しだったのだ。
外はまだ暗く、まもなく朝日が昇る頃だろう。吹雪は落ち着いたものの深々と雪が降り続いている。
「う~、さびっ」
「早く暖炉に火を付けよう。人間が起きてくる前ならちょっとは暖まれるから」
はにかむ水色の髪の少年は二号。
黄緑色の髪の少年、一号の手を引いて屋根裏から階段で降りると屋敷の人間を起こさないようにそーっと廊下を歩く。誰よりも早く起きて誰よりも早く準備をしなくてはならない。それが幼い彼らの日常なのだ。
大広間へ向かう途中の廊下で、ばったりと大人の人間の男性に遭遇した。白髪交じりのオールバックの彼は、黒い執事服を纏っている。執事長だ。
「お、おはようございます」
二号が丁寧に挨拶をしても、一号はそっぽを向いている。
執事長は彼らの視線に合わせるように膝をつき、「おはよう」とほほ笑んだ。
「大広間の暖炉をつけに行くのかい?」
「はい」
「それならもう済ませたよ」
驚いて目を見開いた一号と二号に執事長は二人の手を取って続ける。
「昨夜は冷えたからね。旦那様たちが起きる前に暖まりなさい」
手を振りはらった一号は執事長を睨みつけ、二号を自身の後ろへ引き寄せた。
「そんな事して、どうせあんたも俺達を喰うつもりなんだろ。最近この屋敷に来た執事長だからって、そうやって優しくして後で裏切るんだ」
眉を八の字にして視線を下に向けた二号。その二号の手を引いた一号は、執事の横を通り過ぎる。
二号は手を引かれながらも後ろの執事に視線を向けると「ありがとうございます」と謝意を告げた。
ずんずんと進む一号は二号に不機嫌そうに言う。
「人間なんかに礼なんて言うなよ」
「だって僕達の為に先に暖炉に火をつけたんでしょ?」
「そんな事するかよ。人間だぞ。人間は平気で嘘をつくんだ。ほら――」
大広間の扉を開けると、そこはほんのり暖まった空間が流れていた。パチパチという木の音が聞こえる。
ニコッと笑う二号は「嘘じゃなかったね」と暖炉に駆け寄った。
後ろから一号もやってくると、暖炉の前に座り込み手をかざす。
「どうせ今日だけだ。俺は騙されない」
「人間にもいい人はいるんだよ。新しい執事長さんは悪い感じがしないんだ」
「……お前は楽観しすぎ」
「そうかなぁ」
程よく暖まり、指と体が動くようになったころ、廊下からどすどす、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
聞き覚えのある音に慌てる二号。一号は二号を後ろに隠しながら大広間を出ようとしたが、ばったりと屋敷の主とその子供と遭遇した。
屋敷の主は一号と二号に目もくれず、暖まった大広間に子供たちを入れようとする。だが子供は一号、二号を見るとにやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「お父様、外に雪がいっぱい積もっているので、雪だるまを作りたいです」
男の子がそう言うと、女の子は「雪投げしたーい」と無邪気に言う。
父親である屋敷の主は二人に微笑みながら「そうかそうか」と頷く。
「雪かきはともかく、レディが雪投げとは少々乱暴だよ」
「うー、じゃあ雪だるまもう一つ作る。あれで」
指差した先は一号と二号。彼らは察した。暖まった体に雪を擦り付けられるのだと。
まさか頭まで行きまみれにされないだろうとは思うが、加減を教えない親の子供だから期待はできない。
「それならレディらしくもある遊びだ。先に朝食にしよう。雪だるまはその後だ」
ぱんぱんと主が手を叩くと、執事長とメイド長が揃って主の前に立つ。
「食事と外で遊ぶ用意を。それらは下着一枚でいい」
主が指をさす先は一号と二号。今も降り続いている雪のある寒空の下に裸同然で放り出すという意図だ。
これに執事長は反対した。
「お待ちください、旦那様。この子達は異種族と言えどまた子供です。降り積もる雪の中に下着姿は酷ではないでしょうか」
「あれは食糧であり奴隷だ。なぜ人間の子供と同じ扱いをしなくてはならんのだ?」
隣で頷くメイド長を横目に、執事長は「しかし」と反発するのだが――
「口答えをするな! お前もフェルトヨ伯爵家の執事なら、奴隷と人間の区別をつけなくては。下着をつけるだけ慈悲は与えている。早く用意をしろ」
と、吐き捨てて伯爵は子供と共に大広間の中へ入っていった。
子供たちは一号と二号を見るとにやにやと笑みを浮かべた。
大広間の扉が閉じると執事長は肩を落としながらメイド長に聞く。
「何故頷いた。彼らが食糧だと?」
「あなたは龍族が何なのか知らないのですね。いずれ分かります。まずは食事の用意を。早くなさい、一号、二号」
外の雪のように冷ややかに見下すメイド長を、じろりと一号が睨む。するとメイド長は舌打ちをして蹴った。腹につま先が食い込んだ一号はせき込み、二号が背中を擦る。
「何を!」
「早くしなさい!」
かつかつと音を立ててその場を後にするメイド長。執事長は一号の前でしゃがみ、手を指し伸ばしたが拒否された。
「半端な慈悲なんていらねえ! 行こうぜ二号」
「待って一号」
立ち上がった執事長は、廊下を駆けていく一号と二号を後ろで見守りながら拳を握りしめていた。
廊下の角を曲がり、誰もいないところで一号は二号にひそひそと耳打ちをし、にやりと笑みを浮かべたのだが、二号は不安そうにしている。