1話 レイトーマ議会
マナと客人が消え、レイトーマ城の中では騒然としていた。
マト自らが目撃した事で直ちににイゼルへ鷹を飛ばしながらも議会へ赴き、江月~異種族~を護るための説得を試みようとしている。
この場にいる議会の会議にはレイトーマ師団の総師団長のツヅガはもちろん、師団長全員と三人の公爵が集まっている。唯一欠席しているのは骨折したユウだけだ。
「ダリス帝国は軍艦でナン大陸へ向かっており、あと一週間もあれば到着すると思われます。報告は異常です」
カレンが議員へ進軍状況を伝えると、マトは「ご苦労」と一言労った。
「先日伝えた通り、ダリスの狙いは江月の民だ。昔からダリスは彼らを狙い、非人道的な事を繰り返していた。江月には我らがレイトーマ師団のような軍は存在しない。戦えるものはごく少数である。よってカトレアとの合意により江月への援軍をする決定を下した。直ちに軍を派遣しなくてはならない」
マトの話をある者は眠そうに、ある者は退屈そうに聞いている。
これを見たツヅガの息子オルトはこぶしを握り締めながら眉間にしわを寄せた。
そして頬付けをしながらため息をついてようやく口を開くのは、眠そうに眉を垂らしている男、バルイン公爵だった。
「あのですね、勝手にカトレアと合意してほいほいと軍を派遣できる訳がないでしょう。城から離れている間に変わった法律もご存じないようだ」
「まったくです。管理能力のない先代や姫様の代わりに私たちが法律を見直して国を動かしていたというのに、それを調べることなく勝手にカトレアと決定を下すなんて。こんな事されるぐらいなら先帝の方が……ああ、マト様が直接手を下されたのですわね」
退屈そうにしながら扇子を口元に当てながら話す貴婦人はドレンズ公爵。くすくすと笑いながらマトを見下している。
もう一人の公爵、キュリアードは無言を貫いていた。
これを見ているレイトーマ師団長らはみな不快に思い、公爵らを視線で突き刺している。アックスとカレン、キリリが小声で話す。
「前から嫌いだけどあのおばさん、陛下の事を認めていないのね」
「バルイン公爵もなのネ。二人揃って陛下を見下しているのネ」
「キュリアード公爵はいつも何をお考えなのやら……、まったく読めません」
ツヅガの隣にいるオルトは、親指を首に平行になぞる仕草をしながらツヅガに視線をやるが、ツヅガは首を横に振った。
腕組みをしたマトが鋭い視線を向けながら口を開く。
「兄上の方がマシだったと、そう申すか。変わった法律とは? お前たちが贅沢をしたいが為に民への重税を課した法律か」
「そ、それは誤解ですわ。レイトーマ王国をより良い国にするためには税が必要なのです」
「そそ、そうですとも。食の国レイトーマですからねぇ」
ガン、と目の前のテーブルを拳でマト。バルインとドレンズは肩をすくめた。
「確かに俺はずっと城に居なかったが、レイトーマの外れの農村で育ち、街の様子も見てきた。どれだけ税を上げて民を苦しめていたか、苦しめられたか身をもって経験しているんだ。より良い国だと? 衰退の一方じゃないか!! カレン、例の報告をこの場でしろ」
「はーい。えーっと、増税後に行ったことはバルイン公爵家とドレンズ公爵家の予算倍増と、パーティの回数増加。お茶会だなんだと新調したドレスやらタキシードやら、増税額相当の贅沢をしてますね。城内の兵士は微減、メイドと執事のリストラ、その分を先帝のご飯代に充てて、姫様はとても質素なお食事になってます。あーとーはー、城に納めるべき税の虚偽申告と脱税してますね、どっちも。ちなみにキュリアード公爵家は逆に質素倹約に努めていながら、領地の減税を試みています」
真っ青な表情をして固まっているバルイン、ドレンズの両名は共に叫ぶ。それは虚偽だと。
だが諜報部隊のカレンの調査・報告内容は誰もが疑う事のないほどの正確さがある。裏どりをしているのだ。
「嘘だ! 我々は決してそんな事をしていない!」
「証拠はありますの? ドレンズ家を陥れようなんて、そんな事――」
「証拠ならいーっぱいありますよ。パーティ参加者や関係者の証言と、裏帳簿♪ 今審査会にかけているので、首洗って待っていてくださいね、お・ば・さ・ん」
「お、おばっ……!!」
目は笑っていないものの満面の笑みを浮かべたカレンに、顔を真っ赤にするドレンズ公爵当主。
アックスとキリリには、この二人の間に火花が散って見えた。
「これだから軍人は嫌いなのです! キュリアード家は何もないのですか? 増税の決議をしたのですよ!」
ここでようやくキュリアード公爵当主が口を開く。
「多数決だからと決議をしたのは貴方方だ。私は当初より増税も王家の使用人削減も反対していた。中でも先帝と姫様の教育係撤廃など論外だというのに、強行したのは貴方方だろう」
「キュリアード公爵! 自分だけ難を逃れようとするとは!」
「自らしたことに私を巻き込まないでいただきたい。……とはいえ決定を下したのは我々公爵家の当主だ。陛下、我々三人になんなりと処罰をお申し付けください」
立ち上がり、深々と礼をするキュリアードを怒りで赤くなりながら触れて見るバルインとドレンズ。
マトの目にはどちらを信じるべきか一目瞭然であった。ツヅガに視線をやったマトは、首を縦に頷かせた彼を確認するとバルインとドレンズに突き刺さるような眼差しを向けた。
「バルイン公爵、ドレンズ公爵。この件はキュリアード公爵と進める。審査会にかけられるほど無駄遣いをしているのだから税も見直しだ。今すぐ退出しろ」
「へ、陛下!」
「二つの公爵家がない状態では議会として成り立ちません! それに無駄遣いではなく国の体裁を保つための税でして……。陛下、どうかお考え直しを――」
青ざめた表情で許しを請うバルインとドレンズに、マトは「陛下、か」と冷たく呟く。
そして汚物をみるような表情をすると言い放った。
「随分と都合がいいものだ。不正が暴かれたら掌返すとはな。民を苦しめる罪人の話など聞く耳はない。オルト! アックス!」
彼らは言葉にせずともマトの命令を理解した。罪人を牢へ連行しろと、そう命じているのだと。
抵抗し、暴れる二人を見送ったマトは小さく息をつくと、腕組みをしているキュリアードへ向き直った。
「二人になってしまったが、話を続けようか」
「いえ、結論は出ております。我が家門は陛下のご意思に従います」
きょとんと眼を見開いたマトは「意外だ」と呟くと言葉を続けた。
「キュリアード公は慎重に物事を考えると思っていたが」
「先日陛下御自身でご説明されたではありませんか。異種族の存在を。あの二人は右から左に流してましたが、陛下の命を救ってくださった恩を返さねばなりません」
「信じてくれるのか」
それまで無表情だったキュリアードの表情が和らぐ。
「信じない理由がありません。……片桐緋媛。今思えば彼の髪の色はどの国の人々にもない色でした。それに見た目が全く変わらず若々しい。故に当然とも言えましょう」
ふい、と視線をツヅガへ向ける。視線を受け取った彼は軽く咳ばらいをすると小さく呟く。
「わしだって知ったのはちょっと前じゃ」
マトに向き直ったキュリアードはまたしても無表情に戻る。
「それより今は、城内で行方不明になった姫様と客人をお探ししたほうがよろしいでしょう。心の底では落ち着かないではありませんか?」
「そうしたいところだが、おそらく世界中どこを探しても姉上はおられないはずだ」
「何故そう言い切れるのです?」
「俺が龍の里で保護された頃、書物で見たことがある。あれはおそらく時空の扉。姉上はその中にルティスと共に吸い込まれた。入った先はこれより過去か未来のどちらかだ。我ら人間ではどうしようもない。龍の里のイゼル様へ知らせたのはいいが……。姉上、どうかご無事で……」
祈るようにぎゅっと両手を握りしめるマト。
生きてこの時代の自分の目の前に戻ってきて欲しい、ただそれだけを祈っていた。