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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
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番外編4 マナの成長②〜ご機嫌〜

 生まれてから1週間が経過した。生まれた子供の名前は国王が名づけ、マナ・フール・レイトーマという。

 慌ただしい城内は落ち着き始めたようだが、王妃はずっと落ち込んだままだ。マナの世話は侍女と共にしているものの、やはり双子の一人が死産だった事に心に傷を負っていると城内で話題になっている。

 護衛と言っても何もすることがない。周りは人間臭くて敵わん。緋倉には怪我するなと念押しされたが、これなら傷一つ負う事はなさそうだ。


「マナはあまり母乳を飲まないのね。寝てしまっているわ」


「頬を少し突けば飲み始めます」


 大きなベッドでマナに母乳を与えているハンナは、乳母のいう通り頬を突いた。目の前の私の位置では分からないが、口を動かし始めたようだ。

 飲ませたらゲップをさせたり、数時間置きに母乳を与えたり、大変だな。緋紙もそうだったから、龍族も似たようなものか。


「ねえ、喉が渇いたわ。何か持ってきてくださる?」


「かしこまりました」


 部屋を出ていく時の乳母は、いつも私を怪しんでいる。一度も話したことがないから当然といえばそうだが。

 扉が閉じる音が聞こえると、マナにゲップをさせたハンナが近寄るよう私に言ってきた。


「ゼネリア、あなたの事はいろいろと伺ってます。辛かったでしょう、苦しかったでしょう」


「……何を知っている」


「血筋の事、幼い頃の事、レイトーマで起きた事……。夢で龍神様が教えてくださいました」


 余計な事を。よりによって最も知られたくない事まで。


「この国の王妃として謝罪致します。申し訳ーー」


「必要ない。百年以上前の、あんた達が生まれていない時代だ。それよりその話はするな。思い出したくもない」


 この人間が何かした訳ではないのに、何故謝るのか。それにとっくに緋倉が始末している。


「それより今はあんたの方が……」


 ーーあ、マナが欠伸をしている。丸くて小さい口だ。可愛い。……可愛い? 今そう思ったのか? 私が?


「この子が気になるのですか?」


「……小さくてすぐに壊れそうなほど脆そうな生き物だ。龍族の子よりずっと」


 匂いもそこまでしない。母乳の匂いだ。生まれたばかりは皆こんなにも無垢なのに、どうして人間は残酷になれるのか理解できない。


「抱いてみますか?」


 驚いた。大切な子を異種族の中でも異端の私にそんな事を言うなんて。


「人間が嫌いだという事は理解してます。きっとこの子を通して少しずつ人間と距離を縮められるでしょう」


 そんな日が果たしてくるのだろうか。

 私はそっとマナの瑞々しい頬に触れた。


「……さあ、どうだろうな。ただ抱くのはやめておく。力加減が分からない」


 それでも一つだけ分かった。生まれたばかりの人間の世話は大変なのだと。


 ***


 十ヶ月が経過し、マナは四つん這いで歩むようになった。

 言葉を話すことは出来ないが、ハンナと乳母はもちろん、なぜか私の所に来る。

 能力の開花はまだか。瞳の色が変わらない。


「マナ。可愛いマナ。ほおら、お父様がいらっしゃったわよ」


 国王のマクトル・キール・レイトーマ。その隣にはレイトーマ師団総師団長のツヅガ・アルバールがいる。


「おお、マナ。今日も可愛い笑顔を向けておくれ」


 玩具で遊ぶマナに声を掛けるものの、玩具に夢中らしい。マクトルが落ち込んでいる後でツヅガが得意気な表情を浮かべている。この人間、後ろに何を隠している?


「王妃様、このツヅガ、私の大切な大切な姫様がきっとお気に召すでしょう玩具をご用意致しました」


 さっと取り出したのは小さな木の鍵盤とそれを叩く棒。マナの目の前に出すと、早速食いつくようにバンバンと叩き始めた。木の音が鳴り響く。


「よかったわねえ、マナ。とても楽しそう。ツヅガ、いつもありがとう」


「勿体なきお言葉にございまする」


 ハンナに頭を下げるなり、マクトルの前にツヅガが仁王立ちになった。


「陛下! 姫様がお気に召してくださったので約束ですぞ! 姫様が言葉を話せるようになったら、私のことを爺と呼ばせてくださると!」


「そ、そんな約束した覚えはない!」


「そんなぁ……」


 喜んだり涙目になったり、この人間は表情がくるくると大変だな。建前はこの人間の下に付いているんだったか、私は。

 ん? ああ、マナは今度は私の所に来たのか。

 生まれたばかりの頃は脆すぎたけど、今なら力加減を調整して抱けるようになった。温かくて柔らかいな。


「ひひ、姫様〜。なぜツヅガの元にらっしゃらないのですか!」


「父の元にもおいで〜」


 ぎゅうっと私の服の裾を掴んでいる。人間の子供は意外と力が強いのだな。落ちないようにすることを本能で察しているようだ。

 マクトルとツヅガにマナを引き渡そうとすると、盛大に泣き始めた。耳が痛くなるほどに。


「王妃様、本日はゼネリアが良いようですね」


「ええ。陛下、ツヅガ、こうなったマナはお昼寝するまでべったりですの。今の所はお引き取りになって」


 ハンナが笑顔を見せると雷に打たれたかのような衝撃を受けて、二人揃って落ち込みながら部屋を出ていった。


 それから数ヶ月後、城内で浮いていた私は僅かな傷から花を咲かせる血の話が蔓延しかけ、緋倉に頼んでレイトーマ城の人間から私に関する全ての記憶を消してもらった。マナの護衛は緋媛にしたが、何とかなるだろう。


 人間の事は未だ好きではないが、マナとその親は嫌いではない。

 ただ、不気味なほど姿を見せることがなかったマナの兄には嫌悪感があった。これは直感だ。


 レイトーマを去る前、私は王妃の部屋に一輪の花を飾った。当面枯れる事はないだろう。



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