表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族
18/235

2話 噂話は誇張する

 森の中からレイトーマの首都の入口まで着くまでの約三十分間で、マナの息はすっかり上がっていた。慣れないふかふかの土の上を歩き、体力を奪われていたのだった。

 ところがマナは、街に入った途端に平然とした顔をする。王女なのだから民に疲れた顔を見せる訳にはいかないのだと。

 その街を通過し、レイトーマ城へ真っ直ぐ向かって行く。マナはちらちらと男性から視線を向けられている。


「見ろよあの子、すっげー可愛い。声かけるか」


「やめとけよ。剣ぶら下げてる野郎が付いてるし、どっかの貴族だろ」


 十一年もの間国民の前に姿を現さなかった為に、王女の顔などすっかりと忘れられていたのだった。


 そして再びレイトーマ城に戻ったマナと緋媛。

 王女が戻ったと速報を聞いたツヅガは、全ての仕事を放り投げて城の入り口に駆けつける。

 退け退けと兵士を避けるとマナの姿を確認し、ボロボロと涙を流した。


「ツヅガ、ご心配をお掛けしました」


 微笑みながら言うマナの元に、よろよろと近づくツヅガ。


「姫様……姫様ぁ! このツヅガ、姫様の安否が気になり食事も喉を通らず、夜も眠れず……」


 と、そこへどこからかユウが現れ、「よく言うぜ。人一倍もりもり食ってぐっすり寝てたくせによ~」と呆れ顔だ。

 そのユウは、緋媛を横目でチラリと見る。

 勘のいい彼は気付いていたのだ。マナ失踪の事件は、マナの希望だけではなく緋媛が絡んでいると。


 今度はユウ、声を荒げて安堵するツヅガを見やった。


「ご無事で安心致しましたあああああ!」


 地面に頭を付け、おいおいと泣いている。

 膝をついたマナは、天使のような優しさでツヅガに接した。


「頭を上げて下さい、ツヅガ。無断で城から離れて申し訳ございませんでした。私と緋媛の事、許して……くれますか?」


 文字通り天使に見えた老兵ツヅガは、まるで幼い孫を甘やかすかのように、うん、と頷く。

 立ち直り、すくっと立ち上がったマナとツヅガ。二人は笑い合い、周りに色とりどりの花が咲いているように見える。


 その光景に兵士は羨ましがり、緋媛とユウは(こいつら……!)と苛立った。


 ここで本題に入ろうと、マナは恐る恐るツヅガに尋ねる。


「あの、お兄様とマトの事を聞いたのですが……」


 すると急に空気が重く、暗くなった。

 マナが求めるのは新国王となったマトとの面会。それも十一年前に別れた実の弟である。

 ツヅガは姉である王女の希望を叶えるべく、深々と礼をするとすぐに取次ぎをした。



 マナ達が案内されたのは国王の私室。

 自分の知らないところで弟が戻り、父や兄が使った部屋を使われ、複雑な気持ちなマナ。対面した時、まず何と声を掛ければいいのか悩む。


 ツヅガの手で扉が開くと、散らかった部屋の奥で片付けをしているマトがいた。

 彼は扉の音で振り返ると、すぐに目に入ったマナへ子供のような笑みを浮かべる。


「姉上!」


「マト……マトなのですね!」


 幼い頃の面影が残っている弟だが、どこか父に似ている。

 喜びを隠しきれないマナはマトに抱きつこうと駆け寄ったが、避けられてしまった。

 マトの額に汗が見える。


「どうしたのです? せっかくの再開ですのに……」


「姉上に触れられては……」と、気まずそうに顔を逸らすマト。


 緋媛はマナの後ろで浅くため息をついた。どうやらマナは喜びのあまり自分の能力を忘れているようだと。

 あっと気づいたマナは、「そうですね……」としょんぼりとしてしまった。

 傷つけてしまったかと思ったマトは、気分を変えてぱっと明るく言う。


「せっかくの再開です。散らかった部屋で申し訳ありませんが、姉上の好きなミルクティーを用意しました。城下で一番と言われる店のミルクティーです。一緒に飲みましょう」


「はいっ」


 涙目になって笑顔で応えるマナは、嬉しさで溢れていた。


「ツヅガ、メイドに言って持って来させるんだ」


「はっ、陛下」


 深々と丁寧に頭を下げたツヅガは、二人きりにしようと緋媛に視線を送る。

 十一年振りの弟との再会に笑みを浮かべるマナとチラリと横目で見やった緋媛はコクリと頷く。

 そしてツヅガと共に部屋を出た。


 部屋を出、少し歩いたところにいたメイドに、マトが城下で仕入れた紅茶と菓子を持ってくるよう命じるツヅガ。

「かしこまりました」と料理長の元へ行くメイドを見送ると、ツヅガは緋媛の方を向く。


「さて、お主からはたっぷり話を聞かせてもらおうかの」


 城内ではマナ失踪で大騒ぎだったので、当然護衛である緋媛に責任が及ぶ。

 例えマナの希望もあってやった事だろうと、故郷が絡むと説明が面倒臭いのだ。

 緋媛は隊服のポケットに手を突っ込んで歩きながらダルそうに言う。


「城から勝手に出た姫と俺の事、許してくれるんじゃなかったのかよ」


「あれは姫様の前だからじゃ。お前さんは特別師団長じゃぞ。立場もある。今回の件で、議会の連中が腹を立てておるんじゃ」


「分かってるけどよ……。これ以上なんやかんや言うなら、ツヅガに怒られたって姫にチクるか」


 意地悪く笑う緋媛に、ツヅガはぶりっ子のようにブンブンと首を横に振る。


「それはダメじゃあ! ワシが姫様に嫌われてしまう! 議会の連中が姫様に嫌われるにはいいが、ワシはダメじゃ!!」


 気持ち悪い、と言うように冷ややかな視線を送る緋媛。

 自分がマナに好かれていればいいという考えもそうだが、それほどまでにマナを孫のように溺愛しているツヅガに少し呆れている。


 城の廊下の端でメイドと兵士がヒソヒソ噂をしている姿が見えた。

 微かにこのような声が聞こえてくる。


「緋媛隊長が姫様と……」


「駆け落ちしたんじゃ……」


「隊長の御子を既に姫様が宿して……」


 そんな声が聞こえて呆けてしまった緋媛に、ツヅガはポンと肩に手を乗せた。爪を立てるように力を入れてぐっと握っている。

 一体どこからこんな噂が出てしまったのか。いや、噂は噂だ。それを信じる人間が愚かなのだ。

 緋媛は一応確認してみる。


「――おい、おっさん。この噂どっから出た」


「どこじゃろう。ワシはカレンから聞いたがの。お主、もしや純白で純潔で国内一可愛らしい姫様に手を出したのは本当かの……?」


「出すわけねえだろ! 興味すらねえよ!! くっそカレンが馬鹿のせいで……!」


 噂の元凶となったカレンを探す為に怒った緋媛は、ツヅガと別れようと近くの階段へと向かう。

 だが、ツヅガに止められてしまった。


「待て緋媛! シドロのことじゃが……」


 先ほどまでくるくると表情が変わっていたツヅガは一転して総師団長の威厳を出した。

 この話は、その後ツヅガの執務室で詳しく聞いたのだった。



 ツヅガから一通りシドロの事を聞いた緋媛は、今度はカレンを探した。

 どうやら城の庭にいるらしい。

 庭に繋がる廊下から庭を覗くと、鼻水を垂らして泣いているアックスと木の上で寝ているユウも一緒にいる。

 カレンはアックスを慰めていが、お構いなしに緋媛はずかずかとカレンの元へ歩み寄った。


「おいカレン! 何だあの噂は!」


「何の事?」


 惚けるカレンの顎をぐいっと上げ、城内の噂を羅列する。

 マナと駆け落ちしあんな事やこんな事をして傷物にした挙句、緋媛の子が出来た事、実はメイドの格好をしたマナが誘い、式場も決めてきた……など、この中庭に来るまでに聞こえてきた様々な噂を。

 思い出したカレンは、能天気に答えた。


「あぁ、あれ! いいじゃん、減るもんじゃないし♪」


「俺の神経がすり減るんだよ!」


 カレンの頰を引っ張ったり、グニグニと餅のように弄ったりしている緋媛。

 ツヅガは鼻水をぶーんと手の中に出すと、全く違う噂を口にした。


「え! 緋媛、姫様と結婚するのネ!? うちの兵士が噂してたのネ!」


「あり得ねえから黙ってろ、筋肉バカ!」


 アックスは緋媛に怒られたと、さらに落ち込んでしまった。


「ひはいひはい! あらしはウウあらいいあお!」


 訳すると、痛い痛い! あたしはユウから聞いたの! と言っている。何故か緋媛にはこの言葉が理解出来たのだった。


「あ? ユウ?」


 見上げて木の上にいるユウに怒りの視線を送る緋媛。

 ぱっと視線を逸らしながらも、今にも斬りつけそうな殺気に観念したユウはダルそうに言う。


「緋媛とメイドの格好をした姫様が夜中に城から抜け出すの見ちまったんだよ~。緊急会議で捜索部隊出すと出すとか面倒くせ~事になったから、ありのままの事言って、今頃二人でナニしてんのかな~って言っただけ」


 これで分かった。最後の余計な一言で噂に火がついてしまったのだ。

 カレンを解放した緋媛は、噂を消す為の協力者が必要だと考える。だが、まだこのセイ大陸にいるかも怪しい。さてどうしたものか、面倒臭いと頭を掻いた。


「で、二人で何してたの?」


 悩む緋媛相手に目を輝かせるカレンは、ラブストーリーを期待している。

 姫と護衛が共に城を抜け出したのだ。きっと何か楽しい事があったに違いない。話せ、さあ話すのだと期待の笑みを浮かべている。


「何もねえよ。それよりアックスは何で泣いてんだ?」


「マト様の寛大なお心に感動しているのネ~!」


 と、アックスが緋媛に抱きつき、今度は緋媛の服で鼻をブーンとかむ。ついでに手に付いた自身の鼻水も緋媛の服に擦り付ける。

 これにカレンは「うわ……」と顔を引き攣らせ、ユウは笑いを堪えた。


「きったねえ! 離れろ!」


「☆°¥°#¥2○♪496→△3〒×々%#」


 言葉にならないアックスは、こう言っていた。


 国民に手をかけたのは許されることじゃないけど、マライア様の命令だから仕方なくやったんだろうってネ! 本当に国民の事を思うなら、師団長として国民に尽くせってネ! ぼっくん、一生マト様について行くのネ!


 その日緋媛は、服という服が汚れる事になるのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ