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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
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17話 一瞬の本気

 ルティスとユウが拳の肉弾戦を始める中、周りの隊士達も各々の鍛錬を始めた。

 それを監視しているオルトは、隣のマナをちらりと見る。


「姫様、伺ってもよろしいでしょうか」


「ええ」


「姫様から見た江月はどのような国ですか」


 マナは言葉が詰まった。正直な事はまだ言えない。異種族のいる龍の里などと。

 着いた当初は結界が張られた事を知り、自給自足の生活である事や空にある神殿に入ったり等、とても今までとはかけ離れた事を見聞きしたのだ。人間とは違うと、正直に言えるはずがない。


「……とても穏やかな国です。争いのない落ち着いた生活を望んでいます」


 間違ったことは言っていない。異種族狩りもない平和な日々を望んでいるのだから。


「なるほど、争いのない……と。では今進軍しているダリス軍に攻められれば一巻の終わりでございましょう。ダリスの軍艦には約千人。江月の軍は如何様になっているか、ご存じですか」


 マナは言葉に詰まった。イゼル、ルティス、フォルトアのみとは言えない。

 各国では軍が存在している。レイトーマ師団、カトレア軍、ダリス軍。江月は表向きな人間の国なのだから軍があると思われても仕方がない。


「……詳しいことは言えません。ですが」


 ふと、昨夜のルティスの言葉が脳裏をよぎる。

 ――確かに俺たち龍族が本気を出せば国一つ滅ぼせます。


「きっと大丈夫だと信じたいのです」


 イゼルが人を殺す事を好まない。ナン大陸にある龍の里が戦場になり、果たしてそれで数千人という人間を相手にできるのだろうか。

 マナの心に靄がかかる不安が押し寄せる。


「時に片桐緋媛はどちらに? 姫様とご結婚されたという噂が蔓延しておりますが」


 急な話題転換に目をまん丸くしながら頬を赤く染めるマナ。

 反射的にオルトを見ると、彼は隊士の鍛錬の様子を見ながら淡々としていた。


「け、結婚はまだしてませんっ! 何故そんな噂が……」


「噂というものは尾鰭がついて蔓延するものです。私も先日、似たようなことがありまして……まったく」


 小さくため息を吐くオルトに、何があったのかとマナが問うと語り出した。


「先日、レイトーマ師団入団テストがあったのです。息子が参加したのですが、妻に似ているものですから私の子ではないやら不義の子等と根も葉もない噂が隊士の間で流れまして、喝を入れたばかりです」


「何て酷い……。貴方がツヅガに似ているからそう思い込んでしまったのでしょうか」


「おそらくは。ーーそこ! 腕だけで木刀を振るな!」


 指差された隊士は気合の入った返事をすると打ち方を変えた。

 再びマナとの会話に戻る。


「人の噂も四十五日。バカ息子は見事に落選しましたので、次に受ける頃にはその噂も消えているでしょう」


「アルバール家が落選ですか? 何故です」


 アルバール一族は家業として代々レイトーマ師団を支えているだけに、マナは驚いた。


「名前を書き忘れたのです。一目見て息子の字だと分かりましたがそれだけではない。よりによって地図上の我が国の場所さえも間違っていました。致命的です」


 呆れながら深いため息を吐くオルトは続ける。


「他は合格点を超えていたのですが、息子だろうと関係ありません。叩き落としました」


「落ち込んでいませんか?」


「今頃部屋に引き篭っているでしょう。本日結果通知が受験者に届きますから。父上が変に甘やかさなくてよかった」


 呆れつつもオルトの表情は落ちて当然と語る。

 身内だろうと試験結果に一切の忖度がない。流石のツヅガも孫可愛さよりレイトーマ師団を優先するのであった。


 一方でルティスとユウは肉弾戦を続けている。

 加減をして受け身に徹しているルティスは汗一つかかず、反撃して来ないことにユウは苛立ちの表情を浮かべた。


「あんた、何で打ち返して来ね~の?」


(人間相手に本気出せるかよ)


 本音など言えないルティスの瞳にきらりと光る何かが見えた。

 瞬間、ユウの右手からその光が目の前に突き出され、咄嗟に躱わす。


「……短刀か」


「これで本気になってくれよ~。なあ、異種族」


 ニヤリと笑みを浮かべたユウに思わずカッと頭に血が上ったルティスは、短刀を持っていた右腕を下から上へ突き上げるように手刀で払いのけた。

 手から離れ吹き飛んだ短刀は勢いよく高い天井へ突き刺さり、訓練中の隊士はもちろん、マナとオルトの視線を集める。皆ルティスとユウ、短刀を交互に見ながらざわめきを起こす。

 ユウは右腕にビリビリと痺れるような激痛を感じ、奥歯を噛みしめ眉を歪めた。

 はっと気づいたルティスは「悪い」と焦りの表情を浮かべたが――


「いいね」


 まるで子供が新しい玩具を与えられたように嬉々とした表情のユウを見、思考が固まった。

 すると静まり返った訓練場に「それまで!」とオルトの声が鳴り響く。

 かつかつとユウの元へ行くと腕をじっと見る。


「レンダラー、今すぐ医務室へ行け」


「はぁ? 今すげえ楽しいとこなのに」


「いいから行け!」


 怒鳴るオルトをじろりと睨みつけるユウ。

 吐き捨てるようなため息を出した彼は、「せっかく本気見れそうだったのに」とブツブツ文句を言いながら訓練場を後にした。

 ルティスがポリポリと頭をかいていると、くるっとオルトが向き直る。


「なかなか力がお強いようですな。まさか師団長の腕を折り、高い天井に短刀を突き刺すとは」


 見上げた先は根本までぶっすりと刺さっている短刀がある。

 脚立を使ってもら届かないほど高い位置にある天井。落ちることはないだろう。

 ルティス自身、上まで取りに行くことは可能だが、これ以上目立つ事もなければ面倒だとという理由で動く事はない。


「人間離れしているとしか。江月の方々は皆そのような怪力なのですかな?」


「オルト!」と、疑いの眼差しをルティスに向ける彼にマナが言う。

 ルティスは小さく息をついた。


「やり過ぎた自覚はあります。じゃあ俺は、あとは客室に引き篭ってます」


 踵を返すと、ルティスは鍛錬場の出方へと向かった。

 マナには彼の背中が孤立感を描いているように見え、不安がよぎった。







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