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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
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16話 強者の匂い

 翌朝、朝食を済ませるとネツキとキツクラは早々に城を出た。

 マトとマナ、ルティスが見送る。


「一晩、世話になった。我が国も早急にナン大陸へ軍を向かわせるよう、全力を尽くす」


「こちらも議会招集をかけたところだ。互いに状況は伝え合おう」


 馬車に乗り込んだネツキとキツクラは護衛と共にレイトーマの港へと向かった。

 マトははず緊急招集を掛けた議会との会議があると言う。そこにはツヅガも参加する。

 その後、イゼルへの文を作成するので、少々暇が出来るのだ。


「ならそれまで、どっかで体動かせるとこねえか? なんか気が晴れねえ」


 マトに問うルティスは眉間に皺を寄せ、多少苛立っている様子。

 レイトーマ軍の隊士達の鍛錬場があるので、そこを利用するよう話すとマト。場所の案内はマナが名乗り出た。

 そんな事をマナにさせられないとツヅガが猛反発するが、にっこり微笑むマナの輝く笑みに負け、「姫様がそうおっしゃるならば」とすぐに引き下がったが――


「爺さんは俺と議会に出るんだ」


 マトの一言で雷を売ったような衝撃を受けた。


「嫌じゃ! 姫様と一緒にいるんじゃい! 議会にはオルトに出て貰えば良いのです!」


「いい加減姉上離れしろ! 総師団長なら強制出席だ!」


 丸くなった瞳を潤ませ、首を横に振りながら駄々をこねるツヅガの首根っこを掴んだマトは、マナから引きはがすように連行して行くのだった。


 ルティスを連れて地下の鍛錬場へ行くと、兵士が木刀で打ち合いをしている。

 ただ一人、打ち合いをせずに腕組みをしてその様子を見守っては指摘の厳しい声を上げている男がいた。


 マナに気付いた彼は、「打ち合い止め!」と停止をするなりすぐに駆け付けた。

 手を止めた隊士たちは、マナよりもその隣の者に目が行く。


「姫様、ご無沙汰しております。お戻りになったと伺ってはおりましたが、何もこんな汗臭い所へお越しいただかなくても」


 深々と頭を下げるのはオルト・アルバール。


「頭を上げてください、オルト。今日はこちらの方の要望で来たのです」


 オルトはマナの隣にいる目つきの悪い黄緑色の髪の青年を見、わずかに目を細めた。


「失礼を承知で尋ねます。随分珍しい髪の色ですね。どこの国の方でしょう。もしや嫁がれた先の江月の方ですか?」


 警戒をするように、オルトは腰に下げている剣に手をかけ、ぎゅっと握りしめる。

 ルティスはその瞬間を見逃さなかったが、マナの視界には入らない。


「はい、江月の方です。体を動かしたいとおっしゃってましたので、こちらを案内しました」


「……陛下はご存じで?」


「ええ」と何の警戒心のかけらもないマナとは対照的に、ルティスとオルトは睨み合う。

 そんなオルトの後ろでは隊士たちがひそひそと話していた。


 ――江月は髪の色が自由なのか。

 ――そういえば緋媛元隊長の髪も緋色だったような。思えば珍しい色してたっけ。

 ――あれ、なんで変だって思わなかったんだ?


 この話はルティスの耳には聞こえている。黙れと言わんばかりに小声で話していた人間を睨みつけた。

 視線の合った隊士達はさっと目を逸らせる。


(緋倉様の暗示が解けかかってんな。イゼル様に報告しとくか)


 視線が外れたオルトが、ため息を付きながら「ではこちらへ」と案内しようとしたときだった。

 地下であるにも関わらず、風を切るように走り抜けた姿がルティスに向かって大きく腕を振り落としたのだ。

 ――瞬間、ルティスは片手で振り下ろされた腕が持つ木刀を握りしめていた。


 何が起きたのか思考が一瞬白くなったマナは、その腕の先の顔を見てはっとする。


「ユウ! 貴方一体何を!?」


「いや~、強い奴の匂いがすると思っていたら、案の定じゃね~の」


 嬉々とした表情をのユウに対し、ルティスは睨みつけながらも木刀に力を入れると音を立てて折った。


「すっげ。丈夫なやつなのに片手で折りやがった。緋媛以来じゃね~か」


 背筋がゾクゾクと興奮する。心臓が高鳴る。

 心の底から待ち望んでいた目の前に強者が現れ、ユウ・レンダラーは折れた木刀を投げ捨てた。


 胸の中がモヤモヤと気分が悪いルティスは、緋媛という名前だけで不機嫌になれる。

 おまけにこの人間は喧嘩を売って来たのだ。この苛立ちの捌け口には丁度いいーー


「来いよ。相手してやる」


 拳を構えたルティスに、嬉々として遠慮なく向かうユウ。


「下がれ、レンダラー!」


「うるせえ!」


 オルトの静止など関係ない。ユウは拳を突き出すーーと見せかけて顔面目掛けて蹴りをする。

 左腕で蹴りを受け止めると、鳩尾に掌底を入れた。

 吹き飛んだユウは鈍い音を立てて壁に激突。


「いけね」


 加減を誤ったルティスは焦った。打ちどころが悪かったら死んでいると、壁からずり落ちるユウの下へ駆けつけた。

 マナとオルトも行く。


「おい、生きてるか」


 ルティスの問いに沈黙すると、痛む鳩尾をさすりながら起き上がった。

 ほっとしたマナは「お怪我はありませんか?」と問う。


「平気です。いや~すみません。つい興奮してしまいました~。やっぱり俺の直感通り強いや」


 気だるそうな目をしながら口元に笑みを浮かべるユウ。

 頭を抱えたオルトは「お前、仕事は」と僅かな怒りを滲ませる。


「ああ。……部下がやるんで」


「なんだその間は! また押し付けたのか!」


 激昂するオルトにユウは「間違った」とさらりと言い直した。


「鍛錬も仕事のうちって言うでしょ~よ」


 普段サボっているユウが言っても説得力はないが、周りにいる隊士達は鍛錬をしていた。

 ぐうの音も出ないオルトは歯を食いしばっている。黙ったと思ったユウはルティスの方を向く。


「てことであんた、もっとやり合おうぜ」


 気怠そうに見えても瞳の奥は鋭く燃えているようだ。

 ただ強者が欲しかったのかと察したルティスは「いいぜ」とふっとした笑みを見せて快諾した。


 オルトが何も言わなかったのは理由がある。


(レンダラーと並ぶかそれ以上の強者がレイトーマ師団にいない。これも良い機会か。随分と嬉しそうだ)





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