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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
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14話 ルティスの嫌いな奴

 ルティスはネツキとキツクラ同様に客室へ案内され、マナは残っている自室へ向かった。

 人間の王族と同室な訳がなく、ルティスは別の部屋である。

 ごろんとベッドに横になった彼は考えていた。


(反対した方がよかったのか? イゼル様の手紙には援軍不要って書いてたし、それに歴史調査の解禁だって……。俺達異種族が生きてるって知ったら、血のことを知ったら、歴史は繰り返すのか?)


 大きなため息と同時に、吐くように「わかんね――」と漏らしていた。

 その時、こんこんとノック音が耳に入る。

 扉を開けるとマナが遠慮がちに立っていた。


「わざわざ姫様から客室に来ることねえでしょう。誰かに頼んで俺を呼べばいい立場じゃねえんすか」


「それが――」


 マナの視線が下に向くと、ルティスはやや離れたところにいる数名のメイドを視界に入れた。

 物珍しそうな、好奇の視線だ。――気に入らない。


「中で話しましょう」


 客室の中はベットと机、椅子、クローゼットのある簡素な部屋である。

 ルティスは椅子を机から引き出すと、マナを座らせた。


「で、御用は?」


「心配だったのです。マト達が決めた事に不安なのではと思いまして」


 眉を八の字にするマナに、ルティスは目を点にした。たったそれだけで来たのかと。

 マナと多くを語った事はないが、ルティスは確信していた。マナは信用していいと。


「不安じゃないと言えば嘘になります。人間にとって俺たち異種族の存在は、今も昔も変わらないはずだ。本当は何体もの異種族が生きているって知ったら、人間はどうするんでしょうね。皆ユズや姫様、コーリみたいな奴らとは限りませんし、今だってダリス軍が進軍してやがる」


 奥歯を噛み締め、拳を握りしめるルティス。

 黙って聞いていたマナは心を痛めつつも言葉を探っている。返す言葉が浮かばずに思考が止まってしまう。


「こんな事姫様に話したところで、昔の事なんて……。ああ、見ようと思えば出来るんすよね、俺達の過去」


「ええ。ですがそれは望んでいないでしょうし、マト達には言えませんが、あの時代では私も……」


 視線を下にやるマナは僅かに肩を震わせていた。

 過去に行って何か経験したのだろうと悟ったルティスは、思い出させないようにした方がいいか、話してもらう方がいいか、別の話題にすべきか悩む。

 僅かな沈黙が流れると、先に口を開いたのはルティスだった。


「あの時代に、あの馬鹿共がいるんすよね?」


「え?」


「緋媛の野郎と緋刃のクソガキ」


 マナが肯定すると、ルティスは鼻で笑う。

 ――ざまあみやがれ。

 そんな言葉、マナの前で絶対に言えない。緋媛に会いたくてたまらないだろうから。

 そんな事を思って沈黙すると、マナが口を開いた。


「あの、ずっと気になっていたのですが、ルティスは緋媛と緋刃が嫌いなのでしょう? 何故ですか」


「簡単すよ。比較的平和な時代で生まれ育ったから」


「それだけですか?」


 ポカンとするマナに、僅かな悩みの後、彼は答える。


「……それだけじゃないんすけどね。緋刃はあのとおりアホっすが、緋媛は戦いにおいての才能があるやつで、司様も緋倉様も認めてるんす。それ故に弱者の事がよく分からなかった奴だったんすよ。心身共に強い奴なんすよ、あれは」


「分かる気がします。レイトーマでは特別師団長の役職だったのですが、鍛錬が厳しすぎると聞いてました」


 軟禁されていたマナはカレンやメイドからの話をよく聞いていた。

 隊士が緋媛の鍛錬に根を上げていると。なのに本人は一切汗が流れないという。


「今思えば、人間と龍族で加減が違う事が分からなかったのでしょうね。メイドを通じて私に助けを求めてきましたから」


 ルティスはベッドにずどんと腰を落とすとともに呆れ果てる息が漏れ出た。


「人間相手にそれはいけねえや。能力も体力も桁違いだ。人間相手には人間の技量に合わせないといけねえ。だからあいつが今でも嫌いなんすよ。それ以外にもあるんすけどね」


「例えば?」


「あいつがガキの頃、ダリスで奴隷にされたり捕われてる異種族が弱いからいけないって言いやがったんすよ。確かに俺たち龍族が本気を出せば国一つ滅ぼせます。ただ、争いを好まない奴らの方が多くて戦い方を知らない。そんな事知らないのは分かってたんすけど、俺ついキレちまったんです。半殺しにしましたよ、あの馬鹿を」


「どうして……!」


 身を乗り出すマナに、僅かに笑みを浮かべたルティスは冷たく言い放った。


「言ったでしょう。弱者の事がよく分からなかった奴って。キレたのはそれじゃねえんすけど、俺とフォルトアのガキの頃の話になるんで……」


 笑みが消え、無表情となったルティス。マナに視線も合わせず、背けたまま沈黙した。

 固唾を飲みこんだマナは、恐る恐る「聞いてもいいでしょうか?」と尋ねてみるが「いや」とぽつりと呟く。


「俺よりフォルトアの方が知られたくないはず……。あいつ精神が弱いからな」


 眉を寄せ、唇をかみしめるルティスを見たマナは、悪いことをしてしまったと罪悪感を覚えた。


「すみません」


 彼女の謝罪にはっと気づいたルティスは、「いや、俺の方が悪かったっす」と軽く謝罪する。

 この時マナは、ルティスと長く話したことは初めてだったと気づいた。緋媛と共にいたからか、ユズや温泉旅館の運営を優先しているからか、あまり話した事がなかったのだ。


(ルティスが緋媛を嫌っても仕方ないわね。でも昔何があったのかしら……)


 気にしても話してくれる事はなく、昔の古傷をえぐる事になるのだろうと感じたマナは、気になりつつも話してくれるまで待とうと決めた。


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