11話 二国間会合②〜決定〜
まず口を開いたのはネツキだった。
「江月が得体の知れない国だと思っていた。だが彼らは争いなど望まず平和に暮らしたいのだろう。俺の目標は歴史調査の解禁だが、援軍をするとなると、それをも認めた事に繋がるはず。異種族の地なのだから」
「それはイゼル様が反対しそうだな。昔異種族狩りがあったから掘り起こさないようにするためのもの。実はたった一体しか残っていないとされる龍族が数多く生きていたと知ったら、同じ事が繰り返されないとは限らない」
マトとネツキは悩みならがらもさらに話し合う。
だがここでマトが思い出したようなルティスに尋ねた。
「そう言えばルティス。ミッテ大陸の炎と氷の柱がなくなったからゼネリアに何があったと思っていたんだが……」
「ダリス人に殺されたんだよ」
目を細め、腕組みをすると大きく息を吐きながら言うルティスの発言にマトはガタンと席を立った。
「は!? 龍族の中で一番強いと言われていたあのゼネリアが? 嘘だろ!? それに龍族は治癒力に優れているから簡単には死なないだろう」
「嘘なんて言う理由ねーよ。あの方は色々と特殊だったから、俺たちとは少し違ってたんだ。おかげで里の結界も解かれちまったよ」
言葉を失ったマトは再び着席する。
ネツキはマナにひっそりとゼネリアとは誰なのかを問う。
困ったマナは少し考えると「緋刃のお兄様の緋倉が大切にしていた女性です」と回答した。
会ったことがあるだろうかと考えるも、ネツキには検討もつかない。
空気が重くなったところで、ルティスが「後から聞いた話」とポツリと呟いた。
「ダリス六華天が部下引き連れて進軍してきてよ、ゼネリア様、死力振り絞って目の前のダリス人をぶっ殺しだけど、それが原因でダリスに報復の口実与えちまったって訳だ」
しんと静まり返る室内で、ルティスはキツクラ、ネツキ、マナ、マトの順に顔色を伺う。
キツクラら黙ったままだが、若者三名は言葉を失っている。
ネツキとマトは何やら考えているようだ。
「だからイゼル様は手出し無用だって文に書いてたんだよ、多分な。……で、どうするんだ? 人間」
鋭い眼光が四人を突き刺す。
マナは人間と言われた事で忘れかけていた。龍族は獣なのだと。
「俺たちとダリスの問題に首を突っ込むのか」
「それは」と、まず口を開いたのはネツキだった。
「反撃、だったんだろう。先に手を出したのがダリスならば、不毛な口実じゃないか。長年に渡る異種族狩りが今も行われているなら、見過ごす事なんて出来ない」
奥歯をぎりっと噛み締めるネツキを見、腕組みをして考え込むマトの様子を伺うと静観していたキツクラが口を出した。
「ネツキよ、個人の感情だけでは国も軍も動かせんぞ。マト殿も同様にだ。江月の正体を知らない者たちに援軍など出せぬ。イゼル殿も望んではいない」
「ですが父上! 知っていながら僅かな異種族を見捨てる事も出来ません! どうすれば……」
頭を抱えるネツキ。
ふう、と息を吐いたマトが覚悟を決めたように重々しい口を開く。
「……ミッテ大陸の炎と氷の柱がなくなり、里の結界も解かれた以上、異種族の正体を隠すのは難しいはずだ。ならば、事実を全て明かすべきだ」
如何に正体を隠すか、イゼルの要望に沿うか考えていたマナとネツキは目を見開いた。
キツクラは黙って頷き、ルティスは目を細める。
「マト、それはまさか……」
マナが身を乗り出すと、はい、とマトは言葉を続けた。
「異種族の存在、誤った歴史、ダリスがこれまでしてきた事を全て明るみにした上で、異種族保護という名目で軍を動かす」
「マト殿、それは我が国と貴国が承諾しても、イゼル殿が首を縦に振らなければならない事項では……」
ネツキが龍の里に行った時、各国の承諾が必要だと言っていた事を覚えていたネツキは、イゼルが賛同しない事を知っていた。それ故に実現しないと考えたいたのだ。
マトは首を縦に振りつつも続ける。
「確かにそうだろうが、遅かれ早かれ異種族の存在は公になるだろう。それに彼らは、ただ静かに暮らしたいだけなんだ。だから人間が間違いを侵しているなら、それは人間で正さなくてはならない。俺たちにとっては他国の事でも異種族にとっては人間なのだから。たとえイゼル様に反対されようと、俺はそれで動く」
反対意見は聞かないと言わんばかりの視線をルティスに向けたマト。
小さくため息をつくルティスは、ちらりとネツキの方を見やる。
「……歴史調査の解禁も同時にやるか、マト殿」
重々しく言うネツキへ、マトが頷く。
固唾を飲むマナは、とんとんと進んで良いものかと不安ですある。確かに結界がない以上、異種族を隠すことは出来ない。だが議会はそれを理解するだろうか。いや、それ以前にイゼルが納得するとは思えない。
「わかった。我が国カトレアも歩調を合わせよう。父上、それで良いでしょうか」
「現国王の決定に口を挟む権限はない。だが二人とも、これからが大変だぞ。各々の議会を説き伏せなくてはならん。そしてルティス殿、この二人の出した結論をイゼル殿に伝えてくれないか。ワシと先々代レイトーマ国王マクトル殿が話し合っても同じ答えを出していただろう、ともな」
先先代のレイトーマ国王マクトルはマナとマトの父親。
マナとマトは思わずキツクラに視線を合わせた。
「そなたたちの父は良き国王であり、友人であった。きっと其方たちを見守っているだろう」
微笑むキツクラに、思わず涙が浮かび上がるマナとマト。
きっと父はレイトーマ王国の行末を案じているに違いない。だからこそ見守っているのだろうと考えた。
それをじっと冷やかな視線で見ていたルティスは、反対などと言えずに人間の決めた事をイゼルに伝えなくてはと考えていたのだった。
しかし日が落ちて来たので、この日は皆レイトーマ城の客室に泊まることになる。