9話 朝食会談②~マナの保護と緋媛の行方~
執務室の中からカチャカチャという音が鳴り響く。主にマトとルティスから。ルティスは慣れないフォークとスプーンに眉を寄せながら黙々と食べている。
この時、ツヅガはマトをじっと見ていた。そして口を開けて食事をするーーのではなく口を出す。
「陛下、音を立ててはなりませんと何度も申し上げているではありませんか」
「む、難しいんだよ。なあ、ルティス」
「本当だよ。よく人間はこんなので飯が食えるよな。箸が欲しいぜ」
げんなりするルティス。マナは素直な彼に苦笑いをしながらツヅガに補足した。
「龍族の方々はお箸を主に使うのが習慣なのです」
そしてさらにマトには姉として物申す。
「ルティスはもとかくマト、あなたはお父様とお母様の第三子で私の弟なのですから食事のマナーは常日頃から身につけなくてはなりませんよ」
「あ、姉上まで……」
味方になってくれるであろう姉までもツヅガ側に付いたのだと、眉を八の字にして落ち込むマト。
ツヅガはそんなマナに目をキラキラと夜空に輝く星以上に輝かせて見つめた。
「私もお父様とお母様、当時ご指導してくださった方から毎日のように厳しく言われてましたから。今のはその言葉です。出来ることが当然になりますから、それまで頑張りましょうね」
ニコッとするマナに「はい!」と凛々しく返事をするマトを、ツヅガは目を点にして見た。
なぜ自分の言うことは素直に聞いてくれないのだと。
それはそうと客人であるルティスが不便しているのは気の毒に思い、マナは部屋の外にいるメイドに箸を用意するように命じた。
落ち着いて食事をしながら、話の続きを始める。
「姉上の保護というのは、やはりダリス軍の進行があるからか?」
「まあな」と短く返事をするルティスは小さく冷め息をついて腕組みをしながら言う。
「里に嫁いだ一国の姫君が戦争に巻き込まれて傷でもつこうものなら、お前黙っていられねえだろ」
「当然だ! ツヅガに命じてレイトーマ師団総動員してやる! だろう、ツヅガ」
唐突に振られたツヅガも、現実ならば怒り心頭だというマト同様に目を血走らせながら「仰る通りでございます!」と全力で首を縦に振る。
この時マナは思った。
過去に行ったことやその時に体験した時のことは絶対に話してはいけないと。話してしまったら二百年前の報復だと言って進軍しかねないと。
するとここで、箸を持ってきたメイドが執務室へ入るとルティスに手渡した。
去り際に彼の髪の色をチラリと見ていた事に、誰も気づかなかった。
「……姉上をしばらく城に戻すのは当然として、緋媛はどうしたのですか? 姉上がお戻りになるのでしたら緋媛も一緒では」
マナの手がぴたりと止まる。
緋媛が過去にいると言えるものか。今頃彼はどうしているのだろう。怪我はしていないだろうか、自分の事を時々でも想ってくれているのか。
「あ、姉上!」
「ひひ、姫様……」
マナとツヅガがマナを見て動揺している。
――逢いたい。
たったそれだけの想いが込み上げてきたマナの瞳から涙が零れ落ちていた。
「あ、あれ? すみません、私……私……」
「まさか緋媛が姉上に何か意地悪な事をしたんですか!?」
首を横に振るマナに、ルティスは手持ちのハンカチを差し出す。
受け取ったマナはハンカチの端で涙を拭いていく。
「姫様はしばらく緋媛の野郎に会えないから泣いているんすよね」と朝食を食べながらぶっきら棒に言う。
こくこくと頷くマナ。ルティスがもぐもぐ朝食を頬張りながら事情を簡潔に説明する。
「俺たち異種族の問題であの野郎に命令が下ってよ、長期間留守にすんだよ。戻りがいつになるか分からねえもんだから、姫様も寂しいんだろ。しっかしうめえな、このスープ」
「異種族間の問題……というのも気になるが、姉上が悲しまれている原因は分かった。緋媛が戻ってきたら姉上を迎えに来るんだろう?」
食べ終えたルティスは満足そうな表情をすると、一瞬でけだるそうな表情に変わった。
「たぶんな、あの野郎の考えなんて知らねえし、知りたくもねえけど」
「よし、では姉上、早速メイドに部屋の準備をさせます。姉上の私室はそのままにしてありますから、寝具を取り換えるようにします。ツヅガ、そうメイド長と執事長に話しておいてくれ」
返事をしたツヅガはきれいに食べ終えた朝食を後に、早速指示を伝えようと執務室を飛び出していく。
「それと本日午後、カトレアの国王ネツキ殿がお見えになります。これはルティスも参加してほしいのだが――」とちらりとルティスを見やるマト。
「イゼル様がお断りされても、やはりダリス帝国の進軍を見ぬふりはできん。その事をネツキ殿と話すつもりだ」
「俺がいたところで意味ねえぞ。こういうのはイゼル様はもちろん司様と緋倉様に打診すべきだろ」
「お前も龍の里の幹部だろ。こちらが話し合った結果をイゼル様に伝えるのも役目ではないのか?」
面倒くさそうに舌打ちをしたルティスは、渋々会議参加に承諾をした。
そんな話をしている間に落ち着いたマナもこの会議に参加することになるのだった。