表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
168/235

7話 不審者侵入者

 黄緑の鬣のそれと同色の龍の背中にマナは乗っている。

 日が落ちてから飛び立った事もあり、眠気がしている頃だ。

 今は海の上だろう。落ちないように鬣をぎゅっと握っている。


「姫様。あそこにある小さい島で休憩しましょう」


「ええ。……え?」


 急にぱちっと目が覚めた。降りるときは急降下することが多く、緋媛にしがみ付いていた覚えがある。

 ルティスもそうするのだろうと身構えていたのだが、ズシンと龍の姿のままで上陸した。

 よいしょ、と降りたマナはあっけにとられている。


「その姿で上陸して大丈夫なんですか? 誰かに見つかったら……」


「周りに船なんてなかったんで大丈夫ですよ。それより夜だから眠いっすよね。人間らしく言うと腕の中でしょうけど、この姿なんでほらここ。乗ってください」


 マナを握りつぶせるような大きさの左手を差し出したルティス。

 ふと、昔見た絵本を思い出したマナはクスクスと笑う。


「何が可笑しいんすか」


「いえ、実は子供の頃に見た絵本で同じようなシーンがあったんです。手に乗ったら食べられてしまうのですが、ルティスがそんな事をするはずがないのでつい……」


「何なんすかその絵本。人間って残酷っすね。異種族のせいにするんすから」


「子供が悪い人に連れて行かれないようにっていう想いを込めたみたいです。龍族ではありませんでしたよ」


「ふーん。まあいいっすけど」


 早く乗れと言わんばかりにずいっと左手を差し出す。

 そっと乗ったマナをキュッと握ると再び空を飛び始めた。


(休憩ではなくて私を手に取るための時間だったのね)


 暖かくて心地いい手の中でマナはうとうとし始めるとすぐに寝落ちしてしまった。

 すやすや眠るマナが話した絵本の言葉を思い出したルティスは、人間を食べることを考えてみる。


(……まずそう)


 小さいつもりでも大きな吐息が漏れ出た。

 朝にはレイトーマに着いているだろう。


 ***


 ぱちっと目を覚ましたマナ。起き上がってぐっと背伸びをする。

 周りは森の中で、真後ろの一際大きな木にルティスは寄りかかって寝ていた。

 木々の間から差し込む光が眩しいと同時に心地いい。

 一晩中海の上を飛んでいたであろう。マナはそっとしておくつもりだったのだが、ルティスも目を覚まして立ち上がった。


「じゃ、行きましょうか」


 何事もなかったかのように歩きはじめるルティス。その後ろをマナはついていった。

 緋媛はすたすた歩いていくのだが、ルティスはマナのペースを考えて途中で止まりながら様子を見ながら歩を進めていく。

 おっと、と歩きながらローブを被った彼は、マナにも同様のものを手渡した。マナの頭に疑問符が浮く。


「姫様に人間が群がりますし、俺はこの髪なので目立つんすよ」


 レイトーマの街までは意外と近く、二十分程度で到着した。

 そこから街並みを見ながら城へ向かっていく。国王が変わったからと言ってすぐに街の活気が溢れるわけではないのだが、マトの話が多少なりとも聞こえてくる。


「マト様、戴冠式をやらないって宣言したんだろ?」


「あのクズ……おっと、先代国王で自分の兄を斬首したからな。やろうと思ってもできないんだろ」


「輝かしい王位継承とは言えないからねぇ。あたしたちにとっては少しでも生活が良くなればいいけど」


 通りすがりに聞こえてきたこの話に、マナは心が騒めいた。

 兄の不評はもちろん、弟の評判が良いとも言えず戴冠式も行わない。おそらく国民の生活を考えての事だろう。だが戴冠式になると国中が祭り状態になるので悪くはないはずとマナは考える。

 そんな考えをしていると、城の入り口に到着した。フードを下すマナに門兵が言う。


「何者だ」


 マナの頭に疑問符が浮く。門兵二人が自分の顔を知らないとは思えない。


「私です。中に入れてください」


「お前なんて知るか」


「ここをどこだと思っている!」


 マナとルティスは顔を見合わせた。再び門兵に顔を向ける。


「レイトーマ城ですよね。本当に私をご存じないのですか?」


 にこっと笑顔を向けるマナ。

 ところが兵の一人は腰の剣を抜くと彼女に突きつけた。びくっと肩を震わせるマナに言う。


「もう一度言う。お前なんか知らねえ。レイトーマ城と分かっているならとっとと離れろ」


「困りましたね。あなた方はどこの所属ですか? 門兵は定期的に持ち回りをしていると聞いた事があります。それと、あなた方はいつ入隊したのです?」


 マナは不思議と落ち着いていた。

 レイトーマ師団は全員がマナを知っている。ならば城から離れた後に入った民ならば自分の顔を知らない可能性が高い。ずっと兄である先代国王に軟禁されていたので当然だとも。


「はあ? なんで一般人にそんな事言わないといけないんだ! そんな怪しい奴を連れているお前も不審者だ!」


「師団長に報告だ! 師団長ー!!」


 一人が城の中に入り、警報音を鳴らす。残った一人はマナに剣を突き付けている兵だけ。

 どうだ参ったかと言わんばかりに得意気な顔をして鼻を鳴らしている。

 はぁ、とため息をつくルティスは、素手で剣をつかんでぐにゃりと曲げると呑気にマナに問う。


「これが緋媛の野郎のいたレイトーマ師団の兵っすか。姫様の顔も知らねえなんて、馬鹿丸出しじゃねえか」


 剣を曲げられた兵は一人混乱している。剣が、どうなって、剣が、と繰り返す。

 ほら、と指を突き付けるルティス。マナが苦笑いをしていると、ドスンドスンと音を立ててケツ顎とアフロの大男がやってきた。大男の顔がぱっと明るくなる。


「ひ、姫様! 姫様ですネ!」


「お久しぶりです、アックス」


 どういう事かと剣を曲げられた兵とアックスの後ろからやってきたもう一人の兵が目を真ん丸に見開いてマナとアックスを交互に見る。


「緋媛はいないんですネ。その方は江月の方ですネ?」


「ええ。ルティスと言います。緋媛は今日はいません。早速ですが、マトに取り次いでいただけますか? 今日は里の……いえ、江月の長からの手紙を届けに来ました」


「すぐ取り次ぎますネ! ……ですがその前に、申し訳ございませんなのネ。この馬鹿二人は最近入った若者なので、あとでじっくりばっちりお灸をすえておきますネ。レイトーマ師団が姫様を侵入者扱いするのは言語道断!」


「いいのです。私が公に顔を出したのは今年に入ってからですから、顔をご存じないのも無理ありません」


「だからと言って簡単に剣を抜いて突きつけますかね」とぼそっとルティスが呟くと、どどどどどという音が近づいてきた。


「わしの姫様に剣を突き付けたじゃと!? おぬし等か! この問題児どもめ! 連れていけアックス! 緋媛が作って地獄の特訓コース五倍いや、十倍をやらせるんじゃ!」


「はいなのネ!」


 いきなり現れたかと思うとはーはーと興奮した息を徐々に落ち着けるその老兵はツヅガ・アルバール。

 般若のような形相が一転して目が零れ落ちそうなほどの笑みをマナに向ける。


「姫様、お久しゅうございます。早速陛下へお取次ぎ致します。ところで朝食はお召し上がりになりましたかな?」


「いえ、まだです」


「ではシェフに用意させましょう。おや、その方は確か以前カトレア城でご一緒しましたな。ええと確か――」


 髭をいじりながら天を仰ぐように思い出そうとするツヅガに、ルティスはすぐ答えながらイゼルからの手紙を差し出した。


「ルティス・バローネっす。確か貴方はツヅガ・アルバール殿でしたっけ」


「ほっほ、覚えて下さってましたか。歳を取ると覚えが悪くなってくるもので申し訳ない」


 手紙を受け取ったツヅガはマトに渡すとしてマナ達を城内へ招き入れるのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ