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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
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5話 繰り返す名前

 広い浴槽に暖かいお湯。源泉から湧き出るそれは肉体だけでなく精神疲労回復にも効果があるという。

 温泉に浸かりながらその効能の説明を読んだマナは、初めて来た時には気づかなかったと思っていた。


(ルティスの温泉、とても安らぐ)


 過去で様々な経験した事を考えると、この時代はなんて平和なんだろう。

 その平和が脅かされそうになっていると考えると心が痛む。

 そして先程まで一緒にいたフォルトアの曇った表情が離れず、彼の過去に何があったのかも気になるが聞くことは出来なかった。

 ただ、ルティスが宿に着くなり部屋に連れて行ったのだから、何かしら対応しているのだろう。


「私にも何か出来ないかしら」


 ダリスの進軍、フォルトアの心、自分にできることは何かと思いポツリと呟くと「お姫様ーー!」と元気な声が聞こえて来た。

 ーーリーリだ。ザブザブと温泉に入ってくる。


「えへへー、お姫様と一緒のお風呂だ。嬉しいなー」


「ふふ、私もです。いつも元気ですから、こちらの疲れも取れます」


「ほんとに? じゃあ明日の朝ごはん、お姫様の好きなものを作ってあげる! 何がいいかなぁ」


 レイトーマは食の国と言われているので変なものは出せないとブツブツ呟く。

 朝は何が定番の食事なのだろう、スープかパンか、米の印象は少ないなど、何がいいか、何がいいかと唸る。


「リーリの得意な料理とか、好きなものでいいですよ」


「えー、お姫様の好きなもの作るのに」


「リーリの作る食べ物は何でも好きなんです」


 目をキラッキラと輝かせて「嬉しいいい」とバシャバシャと水飛沫を飛ばした。


「じゃあ目玉焼きにするね! あ、でもお姫様はお城で食べ飽きてるかなあ。ドワーフ製の鉄のフライパンで作った目玉焼きが絶品なの。白身がパリパリって」


 そういえば過去のドワーフ族に会った事を思い出したマナ。

 族長のザクマ・アロンドとエルフの長老モリー・モギーはこの時代で生きているのかと、脳裏をよぎった。

 そんなマナの考えなど知らないリーリは話し続けていた。


「うーん、フォルトア様の好きなものも目玉焼きなんだよね。元気なかったからやっぱり明日の朝はそれ! ところでお姫様、緋媛は?」


 リーリはマナたちが過去は言っていると聞いていないのだろうか。子供だから大人の事情は知らないと思ったマナは適当に誤魔化す事にした。


「大事なお仕事をしてるので、しばらく帰って来ないんですよ」


 そのしばらくはいつまでだろうと頭の中で言葉だけが過る。まるで自問自答するように。

 逢いたいのに逢えない。今頃緋媛も過去で同じ気持ちでいて欲しいとさえ思えてくる。

 リーリは「つまんなーい」とお湯に口を突っ込むとブクブクと泡を立てた。


「最近お母さんとお父さんは診療所にこもりっきりだし、緋倉様は寝込んでるし、フィリスは可愛いし、緋媛も緋刃もいない。つまんないよ」


「リーリはイゼル様のお屋敷でお手伝いをしているんでしょう? お手伝いのない時は何をしているんですか」


「んっとねー、お母さんとお父さんのご飯つくったり、あとはフィリスのお世話! ユズお姉ちゃんの目……、あっ! そうだ! お母さんがユズお姉ちゃんの目、見えるようにできるかもって言ってて、昨日なんかしてたよ。ね、会いに行こうよ!」


 ぐいぐいとマナの腕を引っ張り、浴槽から連れ出したリーリ。

 もう少し温泉に浸かりたい気持ちもあったが、生まれつき目の悪いユズが見えるようになったのなら改めて挨拶しなくては。

 リーリの素早い着替えに追いつくようにマナもせっせと着替え、温泉を出て行った。


 一方、ルティスとフォルトアは、ユズとフィリスのいる部屋の隣で話し込んでいた。

 あまりユズに聞かれたくないと、ひそひそと小声で。


「随分と精神えぐられたな。大丈夫じゃねーな」


 曇った表情で無言を貫くフォルトアに、ルティスは薬華から貰ったという心が安定するハーブティーを注いだのだが――


「……毒?」


 二人揃って同じ言葉が出た。

 注いだらバツマークの出る紫の茶など聞いた事がない。心が安定するどころか不安定通り越して精神崩壊させるつもりかと今すぐ殴り込みたい。返り討ちにされるだろうが、さすがにこれはないと考えるルティス。


 だがフォルトアは、カップを手に取るとまず一口飲んでみた。

 瞬間青ざめたルティスの予想とは別に、意外と美味しい様子。


「ルティスも飲んでみなよ。わずかに甘いけど落ち着く香りだ」


「嘘だろ。……本当だ。さっきのバツ印なんだったんだよ。まあいいや。少しは落ち着いたみてーだな」


 あっと気づいたフォルトアは、カップをテーブルの上に置いた。


「うん。お前にはいつも迷惑をかけてるね。ごめん」


「俺とお前の仲じゃねーか。謝る必要ねえよ。で、こじ開けられたきっかけがあるんだろ。俺とお前の昔の事でも言われたのか?」


 フォルトアはほんの少し沈黙をし、落ち着けるように毒々しい色の茶を一口飲むと口を開いた。


「――エルフの長老、モリー・モギー殿に会った。あの方はすべてを見通していた。昔の僕の、僕たちが何て呼ばれていたか見えていたんだ。見てよこれ、手が震えてる」


 両手がわずかに震え、顔が青ざめている。その手をぎゅっと握ったルティスは、繰り返すように名前を言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。あの日俺たちに名前が出来たんだ。そうだろフォルトア。それまでの呼称は忘れられない憎しみだけどよ、それ以上にあの日得た幸せはない。お前の苦しみは俺が受けてやる。辛くなったらまた来い」


「ルティス……、ありがとう」


 いつの間にかフォルトア手の震えが止まった。

 そっと手を離したルティスの元に、バタバタという足音が近づいてきた。

 ルティスはその足音が何者か分かっていた。襖を勢いよく開けるとばったりとリーリと遭遇する。


「静かに歩けねーのかよ。引っ張られた姫様が疲れてんだろうが」


 激しく息切れをしているマナは、呼吸を整えようとしている。


「だって、ユズお姉ちゃんの目、見えるようになってきたんだよね!」


「薬華様のおかげでな。明るい所はまだ慣れてねーけど。……やけに静かだな」


 隣の部屋の襖をそっと開けると、ユズとフィリスが隣り合って仲良く寝息を立てていた。

 疲れていたんだろう、このまま休ませようとそっと襖を閉じた。


「しーっ、寝ているんだから静かにしないと!」


「お前が一番うるせえよ」とリーリの頭をガシガシと力強く撫でるルティス。


 ひょっこり顔を出したフォルトアは、いつもどおり落ち着いたほほ笑む表情に戻っていた。

 呼吸が整ったマナはほっと一安心し、その日はルティスの営む宿に泊まったのだった。






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