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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
8章 戦争の予兆
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4話 瓜二つの親子

「ああ緋倉、いいところに戻ってきたね。これ飲んでみな」


 薬華の診療所に入るなり、真っ先に手渡されたものは毒々しい紫色の小さい玉。

 その錠剤にはバツマークが付いている。


「なあこれ、毒か?」


「あたしが毒作るわけないでしょうが! いいから飲みな」


 怪しいと思いつつも渋々水を蛇口からコップに注ぎ、ごくりと飲み込む。

 数時間様子を見てみよう、と無理やりベットに叩きつけられるように寝かされた。


「ある意味毒だけどね」


 飲んだ後にしれっと口角を上げた薬華に、若干の恐怖を感じる。


(俺に何を飲ませた?)


「ルフト草は数少ないから無駄にできない。そこにいる毒の主がもう少し回復しないと十分な血も取れないから、試作品しか用意できないのさ」


 それでも少しでも延命できれば、と試薬を作ったという。

 昼夜問わず夫であるコーリ・クロイルが研究しており、今は疲れたのか仮眠をとっている。

 そういえばコーリもダリス人であると、ふと思ったマナの目の前に薬華がやってくるなりクンクンと匂いを嗅ぐ。ふーんと何やらいやらしい目つきでマナを見るなり「イゼルに来るように言われたね」と答えた。


「ええ。あの、何が匂うのでしょうか?」


「ああ、緋媛がやっと発情期終わったみたいだからね。やっぱりあんたにマーキングしたか」


「マ、マーキング!?」と頬を茹蛸のように真っ赤にするマナに、何も不思議ではないと薬華は言う。


「これは本能なのさ。横取りされないように自分のものだと関係を結ぶ。欲しいと思った対象がいればだけどね。そこの緋倉なんて、十八だったっけ? 成長したてそこそこでマーキング覚えて、さすが片桐一族というかね、呆れたよ」


「う、うるせえよ!」


 恥部を暴露されたのか、照れくさそうに反発する緋倉に薬華は「黙って寝てな!」と、一喝した。


「あたしの見立てじゃあ妊娠はしてないね。ユズもそうだったけど、人間には妊娠しやすい周期があるみたいだから、今回はたまたまだね。龍族同士だったら確実だったよ」


 緋媛と体の関係を結んだ事を一切話していないマナの顔は茹蛸のまま。

 兄である緋倉の前で言われた事に恥ずかしさを覚えた。

 と、薬華がマナの様子を見て人間との考えの違いを話し始める。


「人間はこの手の話は恥ずかしいんだっけ。その辺はエルフとドワーフも人間と同じか。あたしたち龍族は鼻が利くもんだから、体の関係を持ったらマーキングしたってすぐ分かるんだよ。その雄の香りがするからね。だからいちいち恥ずかしがる事もないのさ」


 だから現代の里に戻って来た時に緋媛の匂いがすると緋倉があったのかと納得したマナ。

 よく考えたら歩く公の事実ではないかと、改めて頬を桜色に染めた。


「匂いが違うって言ってもそこまで大きく変わるわけじゃない。人間同士では分からないけど、鼻の利く動物たちは分かるんじゃないかってぐらいの差だよ」


「そ、そうでしたか」


 分かるのは動物と龍族だけど知ったものの、それでも大きく安堵はできない。知られる事こそが恥ずかしいのだから。

 しかし違いが分かるからと様当たり前のように話すのは種族の違いといったところかと、マナは思うようにした。


「薬華様」


 後ろから聞こえて来たのは扉の前に立つフォルトアだった。

 薬華に近づきながら、奥の窓際のベットに横たわる毒龍を見て言う。


「僕の血を調べてください。彼が僕の父親ならば毒の抗体か何かがあるかもしれませんし、あるなら緋倉様の解毒に役立つかもしれませんから」


「あんたが里に来たばかりの頃に調べたよ。確かにあんたには抗体はあるし、毒の効かない体だ。一切受け付けないと言ってもいいだろう。けど、日々変化する毒に適応しているか分からないーー」


 と、そこで奥にいる毒の龍が目を覚ました。

 むくりと起きて眠そうにするその顔は、フォルトアと瓜二つ。

 目の合うその龍と彼の間に会話はない。

 マナは何か言った方がいいのかと思うが、そんな空気ではなかった。

 口を開いたのは毒龍であった。


「君は、俺の息子だね。わずかだけど俺の毒と同じ匂いがする。そうか、君が俺の毒に適応したんだね」


「どういう事だい?」


 毒龍は説明した。

 ダリスに捕らえられてる間、繁殖の実験もされていたという。

 毒の龍は彼だけだった中、人間や他の同族との交配を試みたが、毒が影響して上手く交配できずに母体ごと腐食させていた。

 唯一成功した一体がいると噂では聞いていたが、実際に会った事もなければ母親の存在も知らない。だがその母親も、フォルトアを産んだ後は毒に侵され亡くなったという。


「おっと、こんな話、初対面でしちゃいけなかったな」


 黙って聞いていたフォルトアは「知っています」と呟いた。

 曇った表情、搾り出すような声で震えている。


「唯一の成功例だって、あの人間がーー」


「フォルトア!」と、彼を制したのは緋倉だった。はっと我に返ったかのように緋倉の方を見る。


「言わなくていい。姫さん連れてルティスの宿に行って体も休めろ」


 緋倉は事情を知る唯一の存在だけに、苦しむ彼の姿を見たくなかった。

 意図を察したのか、大人しく従う事にした。

 行きましょう、とマナにやや引きつった笑みを浮かべる。

 扉から出る直前に緋倉が言う。


「フォルトア、俺のためにありがとうな。俺の事は気にせずにゆっくり休めよ」


 言葉の返事はなかったが、微笑みだけを向けたフォルトアは、マナを連れ出したのだった。


 診療所に残った三体でまず口を開いたのは毒龍だった。


「フォルトア、と言うのだね、あの子は。名前など無かっただろうに、救ってくれたのは誰だい? 礼を言いたい」


「その緋倉だよ。司の息子さ」


 薬華の答えに「違う」と即否定した緋倉は続ける。


「やったのはゼネだ。俺はあの時……いや、なんでもねえ」


 遥か昔の事を思い出した緋倉は、言葉を飲み込むとゴロンと横になった。



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