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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
7章 江月建国
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番外編3 兄妹の距離〜食べ歩き〜

 どうやらこの日から三日間は祭りがあるらしく、出店が多い。

 人々の話では豊作を祈るのだのか。だから市場がいつもより人が多かったのか。

 俺はともかくゼネリアは……聞いてみよう。


「祭りがあると人が増えて賑わう。当然人間が多い。その分普段食べられないような美味いものも出てくる。どうする?」


「人間は嫌い。でも食べ物は美味しかった」


 嫌いな人間と食欲と戦っているのか。もっと食べたそうにしているな。

 ん? あれは……


「ゼネリア、あそこで丸ごと一匹の鮎の塩焼きを作っているぞ。あれを丸かじりするのが美味いんだ。食べてみるか?」


「うん!」


 食欲が勝ったか。これで少しは人間嫌いが克服できるといいのだが、傷は深いからな。

 さすがに食の国レイトーマ。祭りでありながら出店の種類も豊富だ。

 少し見渡しただけで飲食のほかに調味料も売っていれば持ち込んだ食材でお任せで何か作るような店もある。その奥にいるのはドワーフか。後で寄ってみよう。


「いらっしゃい」


「二本くれ」


「はいよ! 三百グルトだよ。ほら、お嬢ちゃんには焼き立てで脂たっぷりのってるやつをやろう」


 ちょうど出来上がったらしく、屋台の男性がゼネリアの視線までしゃがんで手渡した。

 一瞬戸惑っていたものの、そっと手を出して受け取ると俺の方を見る。


「よかったな、今ある中で一番いい鮎だ」


「イゼルにあげる」


 屋台の男性が一瞬の間を開けてポカンとした後、驚きの表情を浮かべているのをよそに、ゼネリアに何故と問いかける。


「朝ごはん全部食べてないもん」


「そんなこと気にしていたのか。ほら、俺の分はあるからお前がお食べ。お前のために一番いい鮎を選んでくれたんだから、それはお前のものだ」


 なんだ、意外と心優しい子じゃないか。

 ガブリとかぶりつくと、またしても幸せそうな笑みを浮かべるゼネリアの周りに花畑が見えるようだ。

 俺も一口。うん、これも美味い。


「あ、あの、もしや龍族の……?」


「ああ。あまり騒がずにいてくれると助かる。今日はのんびり食べ歩きしたいんだ」


「へ、へえ」


 この男性も俺とゼネリアの顔を見比べている。

 どういう関係なのか気になるんだろうが、はたから見れば親子だろう。一人息子がいるという話しか広まっていないはずだから、隠し子と思われているのかもしれない。


「行こうか、周りの店を見て回ろう」


 店主にぺこりと挨拶をし、その場を去った。

 俺とゼネリアは食べながら次の店を探す。ぺろりと鮎を食べ尽くすと、人間より食べ物に目がいくようになっていた。


 それから俺たちは、様々な店を回った。

 スープを提供している店、スイーツやパンと主としている店などに行き、普段食べられないようなものを食べた。


 そういえばこの子の髪の色がやや白に近い灰色に変わっている。朝は灰色のままだったのに。

 俺は喜怒哀楽が天候に現れるが、この子は髪に出るからな。

 青空だから互いに楽しんでいる証拠だ。


「ゼネリア、何が一番美味かった?」


「んー、やっぱり朝ごはんかなあ」


 驚いた。俺と食の好みが似ている。父親が違えど、やはり俺たちは兄妹なのだな。


「そうか。いつかまた一緒に来ようか」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべるたこの子の手を取り、結局俺たちは夕方まで店を回って祭りを楽しんでいた。


 里への帰りは翌日になったが、緋紙の勧めもあってか司からの小言はなかった。


 ***


 そんな懐かしい夢を見た俺は後悔した。

 結局兄妹として接する事も、共にどこかへ出掛ける事も、あの一度きりだったのだから。


 成長してからあの子は、緋倉と共にレイトーマへ行った事があったが、その時は人間嫌いに拍車が掛かってしまった。


 一族の長という立場がなければ今頃ーー。

 いや、考えてもしょうがない。あの子はもう居ないのだから。


「おっはよーございまーす、イゼル様! ささっ、早く布団から出てくださいね、片付けちゃいますから」


 感情に浸っていると、リーリの朝から元気過ぎる声に救われる。

 このままでは雨が降りそうだったからな。

 そういえばあの子はリーリのご飯を気に入っていたな。


「リーリ、ゼネリアはお前の作るもので何が好きだった?」


「え? なんですか今頃」


「いいから答えてくれ」


「鮭を使ったご飯が好きでしたよ。中でも一番はあら汁が好きだったみたいで、数少ないいい思い出の一つって言ってましたよ」


 言葉が出なかった。そうか、俺はーー


「イゼル様も好きですよね、鮭。今朝いっぱいもらったので、早速あら汁作りますね。 夜は鮭まみれのご飯作るぞー!」


 俺はあの子の心にあの日の事を残せたのだな。







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