31話 現代へ
日が落ちて空が真っ暗になり、月明かりだけで辺りが照らされている。
戻ってきたのはイゼル、司、フォルトア、リズリンと眠そうに欠伸をしているゼネリアだった。
「どうだ、短い時間で小娘に種――」と言う司を容赦なくイゼルが殴り飛ばした。
「子供がいる前で下品な事を言うな!」
怒るイゼルにきょとんとするマナと呆れて言葉も出ない緋媛。
マナは「種?」と首をかしげるとイゼルに言った。
「お花の種とかでしょうか? 下品な事ではないと思いますし、緋媛から受け取ってませんが……」
「あ、ああ、そうか。そうだな、そういう事にしておこう」
マナの頭に疑問符が浮かぶが、緋媛が「気にするな」と一言言うと忘れた方が良さそうだと察した。
「ところで、話はついたか?」
イゼルの問いに、緋媛は離れる事の話をしていないことを脳裏に浮かんだ。
抱き寄せ合って唇を重ねたりと、話という話を全くしていないのだった。
ところがマナはこう答えた。
「はい、決心はつきましたので、ちょっと辛いですが私はもう離れても大丈夫です」
と緋媛の手をきゅっと握る。
眉を派の字に曲げながらもほほ笑むマナを見、それが本心ではない事を悟った。
(俺も耐えねえと)
「俺もです。姫とフォルトアさんを現代に戻してください」
マナの手を握り返した緋媛は、名残惜しそうにその手を放した。
リズリンは今にも眠りそうなゼネリアに扉を開くように声をかける。
「扉開くの、大丈夫すか? リアちゃん」
「うー、やる」
ごしごしと左手で目を擦りながら、右手を正面に掲げた。
「そういえば、リズリンはゼネリアと仲がいいのですね」とマナが言う。
「とんでもないっす! ここまで来るのに半年ぐらいかかったんすよ……。それまでずっと威嚇されて。最近やっとリアちゃんて呼ばせてくれるようになったんす!」
リズリンが満面の笑みで自慢げに話すと、ズズンと重みのある音がした。
未来への扉が佇んでいる。装飾が施されている美しい扉だ。
欠伸をするゼネリアにイゼルは「随分と余裕だな」と信じられないように呟く。
それもそのはず、イゼルの見立てではゼネリアの人柱としての能力が安定するのに半年以上はかかると見込んでいたが、完全に安定しているからだ。
「お姉ちゃんが帰りたいのはいつ?」とゼネリアが問う。
「US2216年です」
ギィィィとゆっくりと扉が開き、その先には真っ白な空間が見える。
「姫様、こちらへ」
扉の前に来たフォルトアが扉へ手を差し出すと、マナは緋媛をじっと見てから歩を進めた。
そして扉の中へ入り、次にフォルトアが追って入る。
振り向こうとしたとき、バタンと大きな音を立てて扉が閉じた。
過去にいるリズリンは苦笑いをした。
「あーあ、時間切れみたいっすね。リアちゃん、ぐっすり眠ってるっす」
器用に立ったまま寝ているゼネリアを抱き上げたイゼルはポンポンと肩を叩いた。
「司、今日ゼネリアはこちらで預かる」
「何でだよ」
「預かるというのもおかしな話だが、今日ぐらいは兄らしく親代わりをしたくてな。頼む」
里の長であるイゼルに、血筋で不安要素のあるゼネリアとの接点は極力控えて欲しかった司。
彼女が同族に嫌悪されている以上、自分の側に置いた方が長としてのイゼルの立場を守れると思っていた。だから認めないつもりだったが、口からは承諾の言葉が出たのだ。
「……わかった」と、頭の答えより感情が動いた司は、リズリンを連れて屋敷を去った。
その後、布団にゼネリアを寝かせたイゼルは、そのすやすやと小さな寝息を立てた顔を見て思う。
(US2216年と言っていたな、姫は。その頃には、この子にとって住みやすい里になっているのだろうか。紙音もゼンも皆、未来は平和に暮らせているのか? ……兄だと打ち明けているのかも分からない)
「…‥未来か」
(長として兄として、俺はこの子に何ができるのだろう)
未来へ戻ったマナとフォルトアを見て、イゼルには思うところがあった。
これからナン大陸で人間として生きていくことはきっと成功するだろう。
だがいつまで隠していけるだろうか。
永遠に異種族だと隠すことは出来ないはずだと、遠い遠い未来を見据えていた。
7章 江月建国
これで終わりです。次回は8章 戦争の予兆~現代~がスタートします。