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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
1章 江月とレイトーマ(旧:世界の人々)
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11話 フォルトア・ルフェンネンス

 マナがやってきて何日目かの朝を迎えた。

 この日は早く目が覚めてしまったマナ。屋敷の中は静まり返っているが、遠くで何かを叩いている音が聞こえる。


「緋媛、緋媛」


 いつも傍にいるはずの緋媛が、この日は呼んでも返事がない。一体どこへ行ってしまったのだろう。もしやあの音のしている場所にいるのだろうか。

 護衛の緋媛が居ず不安になったマナは、屋敷の中を歩き回りながら音のある場所へ向かう事にした。


 とりあえず廊下を歩いているが、広く長い。そして庭を囲むように四角い廊下。角にはその先へ続く道がそれぞれにある。

 自分が今どこにいるのか分からなくなってしまいそうだ。


「えっほえっほ!」


 そこでマナは、歩きながら今後の事を考える事にした。

 まずはレイトーマ城へ戻り、兄のマライアと徹底的に話し合い、今後の縁談の話は全て自分に持ってくるようにしてもらう。


 マナの横をリーリが掃除用具を持って走っている。


「えっほえっほ!」


 しかし、それをマライアに話したところでまた喧嘩になってしまうだろう。結局、部屋に閉じ込められそうだと思うマナは、緋媛に相談した方がよさそうだと考えた。


 そんな事を考えるマナの横をリーリが走っている。


「えっほえっほ!」


 周りを見渡してふと気づくマナ。レイトーマ城では警備兵や団員が多いのに、イゼルの屋敷は人が少ないと。いや、少ないというより、いないに等しい。


 その横を、リーリが衣類等を持って走っている。

 ここでマナは、先ほどからパタパタとずっと自分の横を往復している子がいると、ようやく気付いた。


「えっほえっほ!」


「……リーリ様?」


 リーリが持っていた衣類の中にはタオルもあった。そのうち二枚は腕にかけている。

 立ち止まったリーリは、マナの方を振り向く。


「えっほえっ、ほ? あ、お姫様、おはようございます。どうしたんですか? ぼけーっと突っ立って」


 突っ立ってという言葉に少し戸惑いを感じるマナ。彼女自身、使う事のない言い方だからだ。その様な言葉遣いをすると、亡き母に叱られてしまう。

 何て言おうか言葉を詰まらせると、リーリは正解を当てるように大きな声で言った。


「あ! わかった!お しっこでしょ!」


「ち、違います!」


 と、顔を真っ赤にして否定するマナ。マナはしゃがんでリーリの目線に合わせ、微笑みながらこう言った。


「女性がそんなはしたない言葉を使ってはいけませんよ」


 ぶーと頬を膨らませて不満気なリーリは目を細めた。


「えー? いーじゃーん。じゃあ何? 誰か探してんの? イゼル様? 緋媛? 誰?」


「緋え――」


「ねーねー! お昼何食べたい?」


 マナが答える間もなく、リーリは突如別の話題に変える。

 自分から聞いても聞きたいことが出来るとコロッと態度が変わるらしい。

 緋媛曰く、マナが来てからリーリは張り切って料理を作っているという。恐らく、姉が出来たみたいで嬉しいのだろう。

 リーリはぶつぶつと昼食の候補を口にすると、思いついたようにぱっと明るく言った。


「そーだ! お蕎麦にするね! おやつは御饅頭にしよっ! とびっきり甘くしてやるんだー!」


「それは緋媛が困ってしま――」


「あー! いっけない! 稽古場に着替え持って行かなきゃ! そろそろお稽古終わるうう!」


 マナが言いかけてもその話は全く聞いていないリーリは、大量の衣類とタオルを持ってぴゅーと駆けだして行ってしまった。

 あっけに取られたマナ。ふと足元を見ると、タオルが落ちている。リーリが落としたらしい。


「リーリ様、落しましたよ!」


 彼女を追追いかけて廊下の角を曲がったが、もういない。

 声に気付いたら戻って来るだろうが、来ないという事は聞こえていない。おまけにリーリもタオルを落とした事に気づいていないのだろう。


 リーリは稽古場に、と言っていた。持っていけばいいんだろうかと思い、マナは稽古場を探す事にした。


 しかし、やはり自分がどこを歩いているのか分からない。城で迷子にならなかったのに、城よりはるかに部屋数の少ないこの屋敷で迷子になるとは思いもしなかったのだ。


 悩みながらバシバシと叩くような音のする方向へ向かっていると、ドンと誰かにぶつかった。転びそうになったところをその誰かに支えられる。


「すみません、大丈夫ですか?」


「は、はい。ありがとうございます」


 マナを支えたのは、漆黒の服を着た水色の髪の青年。まるでどこかへ忍び込んだような服装だ。

 その青年はマナの瞳が金色になっている事に気付く。青年は焦って彼女から離れた。


 マナが見た光景はほんの一瞬で、夜のレイトーマ城の外だった。


「あの、初対面の方にこんな事を伺うのは失礼かと存じますが、レイトーマに行った事があるんですか?」


「え、ええ、まあ」


 少々顔を引き攣らせているその青年に、マナはにこっと微笑んだ。


「街から見る城って、あんなに綺麗なんですね」


 マナの回答に、青年はほっとした様子を見せた。マナは丁寧に頭を下げ、自ら名乗りだす。


「名乗りが遅れて申し訳ございません。私はマナ・フール・レイトーマと申します。訳あって数日前からこちらでお世話になっております」


「こちらこそ失礼しました。僕はフォルトア・ルフェンネンスです。姫様の事は伺ってました。触れるその相手の過去が見えてしまう能力があると。それでつい驚いて、すぐ離れてしまったんです」


 フォルトアの告白にマナは動揺した。

 彼女は緋媛に自分の能力の事は他人に話すなときつく言われていたのだ。

 誰にも話していないのに何故フォルトアが知っているのか、誰から聞いたのか、焦りと不安の表情を浮かべる。

 それを察したフォルトアは、すかさずその不安を取り除く。


「ああ、大丈夫ですよ、この里に住む者たち全員が知っている事ですから。そうでなければ、外の人間を受け入れる事なんて殆どあり得ませんので。緋媛から聞いたでしょう? 姫様を受け入れる準備が出来たと」


「は、はい……」


 マナは思う。そういえば緋媛がそんな事を言っていたと。

 緋媛はマナを江月に連れてくる為にレイトーマにいて、ようやく受け入れる準備が出来たと言っていたことを。

 その準備が何かと考える間もなく、フォルトアはマナが手に持っている物について問う。


「そのタオル、誰かを探しているんですか?」


「いえ、誰という訳ではなく、リーリ様が落としたので稽古場に持って行こうとしたのですが……」


 その場所が分からず屋敷の中で迷っていたなど、恥ずかしくて言えない。

 なかなか口に出せずもじもじしているマナを見て、フォルトアは爽やかな笑みを浮かべた。


「一緒に行きましょう。きっと朝の鍛錬をイゼル様としてるんでしょう。僕はイゼル様に用がありますので。きっとそこに緋媛もそこにいますよ」


 そう言うとフォルトアは稽古場の方向へと歩を進める。マナはその後ろを付いて行った。

 稽古場へ向かう間、彼とは一切口をきかず、マナは周りの部屋と場所を覚えるようにしたのだった。左右対処的な作りなので、迷わぬように。

 時々フォルトアと目が合うと、彼はにこっとほほ笑む。その笑顔はどこか心を掴まれるような笑みだった。マナはその度に俯いてしまう。


 稽古場に近づくと、何かがぶつかり合う音が大きくなっていくのが分かる。

 やがて扉が開かれた大きな部屋が見えてきた。その部屋の前に着くと、フォルトアは「ここです」と一言。

 中を覗くと、そこは確かに稽古場であった。何やら熱気が籠っている。


 マナが目で緋媛を探していると、フォルトアが「あそこですよ」と教えた。

 その先に視線をやると、緋媛は黄緑の髪をした目つきの悪い男と凄まじい勢いで木刀を振り回している。道着を着ているが、暑いのか彼らは上半身裸になって、汗が滴り落ちていた。それは隅で静観しているイゼルも同じ。

 目のやり場に困ってしまったマナは、頬を赤らめて視線を逸らした。


 フォルトアは稽古場の中に入ると、まっすぐにイゼルの元へ行き、跪く。


「イゼル様、戻りました」


「ご苦労だったな。ん? 姫も一緒か。挨拶は済んだか?」


「ええ」


 その会話に気付かない鬼の形相の緋媛は、黄緑の髪の男と子供のような言い合いをしながら木刀を交えている。言い合い、というより悪口だが――。


「レイトーマ行って腕鈍ったんじゃねーか!? 雑ー魚雑ー魚!」


「うるっせええ! てめえだって人間とべったべったべったべったしやがって! 見たくねえんだよ!」


「ユズは関係ねーだろ! それ緋倉様にも同じ事言えんだよ!」


「クソ兄貴は関係ねえだろ! 親馬鹿が!」


 そんな会話を聞きながらマナは稽古場の中に入り、邪魔しないようにと入り口の辺りでちょこんと座る。

 こんな緋媛は初めて見たと、目を真ん丸にさせて。


 打ち合っている緋媛の視界に一瞬、フォルトアが入る。対峙している相手を放って瞬間的に駆け寄る緋媛。

 黄緑の髪の男が振り下ろした木刀は空振りに終わり、舌打ちをした。その男もゆらりと歩み寄る。


「フォルトアさん、おはようございます!」


「ああ、おはよう緋媛。久しぶりだね」


「なんだよお前、まだ着替えてねーのか」と黄緑色の男が言う。


「うん、さっき着いたばかりだからね」


 無邪気な子供のような笑顔で挨拶をする緋媛はまるで別人である。外面でも、マナに対する意地悪な彼でも、兄の緋倉に対する態度でもない。

 この人は一体誰なのかと思うほど、きょとんとする一方、楽しそうに話す彼を見るのは初めてだと、少し心が痛むマナ。


 それより緋媛、とフォルトアはマナの方に視線をやると、その視線を追った緋媛がようやく彼女に気付いた。


「あれ、珍しく早起きだな、姫」


「今気付いたんですか!?」


わりいな」


 気づかれなかった事でぷぅと頬を膨らまして拗ねるマナに歩み寄った緋媛は、彼女の持っているタオルを手にした。珍しく緋媛は笑っている。

 ふと上機嫌な彼の鍛えられた肉体が目に入ったマナは、赤くなって顔を逸らした。中でも上腕筋と割れた腹筋、いや、マナにとって初めて見る上半身の全てが気になっている。ちらりと見ては視線を逸らし、の繰り返しだ。


 照れるマナの方を横目で見るイゼルとフォルトアは、男の体を見慣れない彼女が可愛らしく見える。

 それより、と言い、フォルトアは真面目な表情でこう言った。


「イゼル様、例の件で報告をしたいのですが……」


「そうだな。朝食の後にしよう。姫にも関わる事だしな……」


 フォルトアの報告内容は、マナにとって嬉しさと悲しみが入り混じったものであった――




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