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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
7章 江月建国
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21話 一緒に

 翌朝、マナはイゼルとともに屋敷に戻っていた。

 ゼネリアに引っかかれ、噛まれた腕の傷は、薬華の薬の効果で完治している。


 マナは与えられた一室で昨晩の緋媛の言葉を思い返していた。腕の治療の後、緋媛と二人で少し話していたのである。

 薬華の計らいで、少しだけ会話の席を設けたのだった。


 ***


「ったく、無茶苦茶しやがって。食いちぎられていたらマトに合わす顔がねえだろ」


 包帯を巻いているマナの腕を見ながら緋媛は瞳を細めた。


「ゼネリアはもっと傷ついているのです。たとえこの手の一部がなくなったとしても、それを受け止めたのであればマトも許すでしょう」


「……俺は許せねえだろうな。誰だろうと、姫に手を出す奴は」


「緋媛……」


 互いに何を言えばいいのかと頭の中が真っ白になり、昨今の事が脳裏に浮かぶ。

 喧嘩をしていたのだが、謝ればいいのに言葉が浮かばない。苦し紛れに出た言葉は、二人とも同じであった。


「悪かった!」

「ごめんなさい!」


 それと同時に勢いよく頭を下げたのだが、マナだけが目をまん丸くして顔を上げた。

 緋媛が続ける。


「お前の気持ちも考えずに箱入りだなんだって言って、箱入りは箱入りだけどいろいろやろうとしてるっつーか……」


 と、ぽりぽり頭を掻きながら眉を八の字にして頭を上げると、ポカンとしているマナが視界に入った。

「なんて顔してんだよ」とぽろっと声を漏らすと、はっと気づいた彼女が口に手を当てて言う。


「いえ、初めて聞いたので、緋媛の謝罪の言葉……」


 物心つく頃から一緒にいたが、謝ったことがあっただろうか。いや、ない。マナの記憶上は一度もないのだ。

 言われた緋媛も思い返すとなかったようなあったようなと記憶が曖昧であり、少し考えてしまう。

 無言になった二人はまた気まずくなりかけるが「とにかく」と動揺するような声を出した緋媛によって沈黙は破られた。


「姫のいくところ、俺も連れて行ってくれよ。フォルトアさんじゃなくて。うまく言えねえけど、側にいねえと落ち着かねえっつうか……」


 心の高鳴りと同時に少しだけ痛みが走ったマナは「私も」と視線をやや逸らしながら言う。


「一緒に居たい。ずっと一緒に……。緋媛、私を――」


 口角をきゅっと引き締めると、今度は上目遣いで頬を桜色に染めた。


「――私をまた護ってくれますか?」


 一瞬驚きの表情を浮かべた緋媛だが、ふっと笑みを浮かべ、そして――


「もちろんです。マナ姫」


 とその場に跪いたのだった。


 ***


 そんな事を思い出しながら空を見上げたマナは「それでも私にも出来ることをしたい」という決意がある。それがたとえ理想だとしても、まずはレイトーマとカトレア両国へ訴えなければと。


(でもあの時、言えなかった。とても話せる空気はではなくて……。どうすれば……)


 などと考えている時、イゼルが「姫」と廊下から声をかけた。

「はい」と反射的に返事をしたマナはすっくと立ちあがり、声の場所へ行くとイゼルは言う。


「緋媛とは元通りになったようだな」


「はい、イゼル様の計らいのおかげです。ありがとうございます」とほほ笑むマナ。


「それはよかった。緋媛が愛しいのならば、どうかもう離れないでいてやってくれ。我ら龍族の雄は、本能で一生を共にする相手がわかる。一線を越えた後は、我が身の一部だと思うようになる。緋媛もそうだろう。離れるという事は、身も心も抉り取られるようなものだ。だから頼む。ともに一緒にいてやって欲しい」


 苦しそうな悲しい瞳が奥に見える。

 マナは察した。イゼルはそのような想いをした事があるのだと。


「はい。私も緋媛と離れたくありません。今は森番へ行っていますが、生涯共にしたいと考えております」


 ふっとほほ笑むマナに安堵の笑みをイゼルは浮かべた。


「それを聞いて安心した。さて、では本題だ」


 どうやら要件は別にあったようだ。

 イゼルが廊下に座り込むと、マナもその場に腰をすとんと落とした。


「俺たちの新たな里、……表向きには江月と呼ぶが、小さいながらも半数が住める程度の里が出来てきた。そこでだ。レイトーマとカトレアの国王とその側近を連れて里の様子を見に行くんだが、ともに来るか?」


「はい! ぜひ!」と前のめりになり、マナの心が高鳴った。


「はは、随分と嬉しそうだな」


「ええ、私が生まれた時には既に江月は閉鎖された国として誰も知らなかったものですから、こうして歴史的瞬間に立ち会える事が嬉しいのです」



「閉鎖された国?」


 と、嬉々として語るマナの言葉の一つに、イゼルが反射的に聞き返した。


「はい、どなたも入ったことがないと伺っています。ですが、お父様の代までは不定期に会合が行われていたとカレンから聞いたことがあります」


 ほんの一瞬、言葉を失ったイゼル。

 レイトーマとカトレアとは良好な関係を保てていたようだが、何かが違うと察した。自らが描いていた未来とは別だと――。


「……未来ではそうなっているのだな」


「え、ええ」


 マナは言ってはいけなかったのかと動揺した。明らかにイゼルが動揺している様子だからだ。

 不安なのだろう、空に雲が差し掛かっている。

 話題を変えなくてはと、ぐっとマナが発言した。


「あの、イゼル様にお願いがあります」


「なんだ?」


「各国の陛下がいらっしゃるのでしたら、話したいことがあります。前回の会合では言えなかった事がありましたので……」


「いいだろう。里を見渡した後でその場を設けるようにしよう」


 それがどんな内容なのか、イゼルは聞くことはなかった。

 だが気が反れたのか、雲の隙間から青空がちらりと見える。


(私の先祖とカトレアの国王陛下ならば、きっと私の想いも分かって下さるはず。私は、国民が不幸になるのは嫌)


 この時マナは、自分の考えが甘いものだと知る由もなかった――。




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