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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
7章 江月建国
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10話 エルフの里③~モリーの占い結果~

 モリー・モギーは指を刺しながら不敵に笑う。


「自然の摂理を拒否するか……。まだまだ青いのう。我々異種族はいずれ滅びる。人間だけの世界となり、残るのは我々の遺伝子のみ……。お前達龍族は、片桐司を最後に純血は絶えてしまったのだ。故に先代は、幾つもの種族との混血の中でも龍の血の濃いお前を長に選んだ。いつか滅びる龍族の未来の為に……」


 その時、その場だけではなく天空の空気までもが変わった。黒き雷雲が屋敷の上空を覆い、今にも雷が落ちそうな気配に――。


「そうら、お前は龍族の中でも最古の力を持つ者。感情一つで天候を左右させる龍がかつては存在したという。その血が濃いのだよ、イゼル・メガルタ」


 エルフの里に住む者は、この異常に恐怖した。殆どの者は事情を知らずに神の怒りと考え、怒りが静まるよう祈りを捧げる。ごく一部の者は冷静になっているのだが、これはイゼルの力を知っている為だ。

 モリーの屋敷で働く者はそのごく一部ある為に、騒ぐことはない。


 しかし、イゼルの静かなる怒りを鎮めなくてはならない。

 フォルトアが身を乗り出して口を開こうとした時、モリーの対応に怒りを覚えたマナが口を開いた。


「失礼ながら発言させて頂きます。モリー様、貴女は先ほど異種族はいずれ滅びると仰いました。これより二百年後では、まだ異種族は滅びておりません! 私達人間との交流は断たれておりますが、それでも皆さまはその日その日を幸せそうに生きてらっしゃいます。……はるか昔は人間と異種族が不仲だったとしても、ダリス帝国が異種族狩りを始める前までは共に手を取り合っていたと伺っております。二百年後のその先、きっと再び共存出来る時代がやって来るはずです!」


 千年近くを生きるエルフ族の長に、臆することなく自らの意志をはっきりを言葉にしたマナ。

 長同士のイゼルならばともかく、他種族の長老に意見を述べるなどフォルトアには出来ない。それだけにフォルトアは、彼女の言動に驚きを隠せなかった。

 だが、その発言のせいか、天空の雷雲は消え失せてイゼルの表情は落ち着いている。


 モリーは、ふむ、と息を漏らすとマナとフォルトアの飲んだ湯呑を覗き込み、「ふぇっふぇっふぇっ」と笑う。


「二百年後とはのう……。そうか、娘、水色の龍族、お前達は未来に生きる者じゃな? わざわざ禁忌を犯してまでこの時代へ来たのはどういう訳かは、聞かんでおこう。娘、まだ滅びていないと言うたな? まだ、という事は数は減っているというようにも聞こえる。違うか?」


「そ、それは……」


 マナは現代――二百年後の異種族の数は把握していない。ドワーフ族を瞬間的に見た事があったが、どの異種族かも判っていないのだ。それ故マナは口を濁した。

 モリーが続ける。


「人間の娘よ。お前にとっての二百年は長かろう。人間の間に伝わる伝承や歴史は薄れ、無かったものにも出来る。しかし、我ら異種族……、中でも我々エルフと龍族は千年生きる。千年の寿命を持つ我々にとっての二百年とは、実に短いものよ。その短い年月を、どうにか変えようと企んでおるな? 未来の人間娘よ」


 ぎくり、と顔を強張らせるマナ。

 彼女のその考えを知らなかったイゼルとフォルトアは、反射的にマナの方を向く。

 彼女は視線を逸らして俯いてしまった。


「もしそれを成し遂げたのならば、お前はその罪を償わなくてはならない。誰かが救われるという事は、誰かが犠牲になるという事じゃ。自然の流れを破壊するのじゃから」


「犠牲……」


 ぽつりと呟いたマナは、少なからず心に迷いが生じた。


(私が犠牲になるのなら、それでいい。でも、もし何の罪のない民や異種族が犠牲になったら……、私が罪を償ったところで許される事なの? それでも誰かがやらなくては、異種族は片身狭いまま生活をする事になってしまう)


 ぎゅっと拳を握りしめ、迷いの他に悲しみが混ざる表情のマナを見、イゼルはモリーに「そろそろ失礼する」と声を掛ける。マナの気分転換も兼ねてレイトーマへ行こうとした矢先にこれでは、彼女の心が傷つく。モリーの言う事は間違いではないが、マナへの重責もあるのだから。

 イゼルが立ち上がると、続いてマナとフォルトアも腰を上げた。

 部屋を出ようと一歩足を踏み出すと、モリーはまだ言葉を続ける。


「全く、その水色の龍族の占い結果を伝える前だというのに」


 フォルトアは立ち止まり、いよいよモリーに問うた。


「僕の、ですか。一体いつ結果が出たのです?」


「わしが入れた茶を飲むとな、湯呑の底にその者の過去と未来が見えるのじゃよ。お前の一見穏やかそうに見える笑み、なかなか深い闇を持っている。幼い頃は何と呼ばれておったか、名は違ったようじゃの。いや、名ではないか。お前は――」


 モリーが言いかけた瞬間、フォルトアは「僕は!!」と声を張り上げ――


「僕は、……フォルトア・ルフェンネンスです」


 と、苦しそうな表情を浮かべ、震える声で自らの名を語る。そして逃げるようにマナとイゼルの前を通って行く。


「待ってください、フォルトア!」


 マナは彼を追いかけ、屋敷を出て行ってしまった。

 イゼルはモリーをじろりと睨む。


「貴女の占いは当たる。それは俺も良く分かっている。ただ今回は、やり過ぎたようですな」


「ふぇっふぇっふぇっ……。生い先短く、この里も存続出来るとは限らぬ。少しの楽しみぐらい、正直に伝えてやろうとお思っただけじゃ」


 よっこいしょ、と杖を付いて腰を上げたモリーは、廊下へとゆっくり歩むと空を見上げる。


「小僧、いや、龍族の長よ。我が一族とドワーフ族の住処は無くなるだろう。我が一族からナン大陸への移住を求む者もおる。そうなった時は、残った者達を頼む。……頼む」




 ***



 フォルトアを追いかけたマナは、辺りを見渡して彼の行方を捜す。屋敷から出てすぐの所には既にいない。

 一体どこへ行ってしまったのかと思うと同時に、近くにある大木が目に入る。

 もしやと思い、その大木のもとへ行くと――


(いた、フォルトア)


 だが様子がおかしい。両の拳を握りしめて大木に押し付け、膝をついている。

 きゅっと唇を締めたマナがそっと近づくと、ブツブツと何か口にしていた。


「違う、僕達は一号でも二号でもない、フォルトアだ。フォルトア・ルフェンネンスだ……!」


 彼の横に着いたマナはゆっくり腰を下ろし、覗き込むように名を呼んで声を掛ける。

 ところがフォルトアは、びくりと体を震わせて顔面蒼白の恐怖に満ちたような表情でマナを突き飛ばした。

 少し離れた所で尻もちではなく体の側面を叩きつけられた彼女を見て、彼はようやく我に返ったようだ。


「姫様! 申し訳ございません、つい……!」


 うっかりと強い龍の力で突き飛ばしてしまったフォルトアはマナのもとへ駆けつけ、手を差し伸べて体を起こそうとする。

 フォルトアから焦りの表情が見えたマナは「大丈夫です」とほほ笑むと、彼の手を借りて体を起こしながら言った。


「フォルトア。昔何かあったか存じませんが、貴方は貴方です。心優しい貴方が好きですよ」


「姫様……」


 不思議と、フォルトアの心が軽く明るくなった。


(この方は、ご自身も恐ろしい目に遭ったというのに……。姫様なら僕とルティスの過去を言っても受け入れてくれるかもしれないな)


 とはいえ、言う気も過去を見せるつもりもない彼は「ありがとうございます」といつものにっこりとした笑みで感謝の意を示した。

 そこへ風呂敷を抱えたイゼルがやって来ると、じっと土で汚れたマナをじっと見て言う。


「……すまないが、着替えはもう少し後だな。これからドワーフの巣窟へ行く。あそこは洞穴の中にあるのでな」


 汚れは少し気持ち悪いが、洞穴というのなら仕方がない。マナは頷いて了承した。


 彼女はモリーの屋敷を遠目に、US2051年のエルフの生活を目の当たりにしながらエルフの里を後にする。

 現代では存在すら聞いた事のないこの里も未来に残さねばならないと決意して。





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