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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
7章 江月建国
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6話 風と炎の謎

 マナを薬華の診療所に預けた緋媛とフォルトアは、彼女が出した術についてイゼルに報告しに行った。

 広めの一室で腰を下ろしてじっくりと報告を聞くと――


「人間が風と炎の術を使っただと?」


 そんな筈はないと疑いを隠せないイゼルに、フォルトアが「間違いありません」と一歩踏み込むように言う。

 イゼルはマナ達が来てからの事を思い出す。


(そういえば緋倉が言っていたな。姫が風を出したと。……まさか事実だったとは)


 この時代――US2051年では、過去に人間が術を使えたという事例は聞いた事がないイゼル。当然、彼より年下の司も知らないだろう。考えられるとすればマナが未来人だからという事ぐらいだが、何の根拠にも成り得ない。


「……未来の情報を聞くのはご法度だが、致し方ない。お前たちの時代、二百年後は、人間も我々のように術が使えるのか?」


「いえ」と否定しようとした緋媛とフォルトアだったが、一人だけ肯定できる人間がいた。

 その人間は確かに言ったのだ。初めて力を使った、龍族はこの力を持っているのか――と。

 緋媛達は顔を見合わせ、実際に対峙したフォルトアが状況を説明する。


「現代で姫様がダリスに攫われまして、救出に行った時の事です。破王……いえ、ケリン・アグザートを捕らえようとしたのですが、あの者は術を使いました。それも炎と雷の両方を。僕は人間が術を使える筈がないと一瞬動揺してしまい、二つの術を使った爆風で吹き飛ばされ、膝をついてしまったのです」


 ぎゅっと拳を握りしめ、唇を噛み締めて悔やむフォルトア。あの一瞬の動揺さえなければ、ケリンを捕らえる事が出来た筈だったと。


「彼らが過去へ行ってしまったのは僕の失態です」


「フォルトア、それは過ぎてしまった事だ。ケリンお前たちの時代のケリンはいずれ現れる。ならば今は、何故人間が術を使えるか知ることが先決だ。それが判れば対処も出来よう」


 フォルトアの失態は特段気にしていないイゼル。というのもそれは現代で起こった話であり、過去のイゼルには実感のない出来事なのだ。

 改めてフォルトアは、この時代と現代のイゼルは違うのだと思う。


 すると緋媛は、「そういえば」と何かを思い出した。


「ケリンは龍族を……同族を喰っていたと言っていた。姫がダリス城にいた時にその肉を食ったそうで、風が使えるとすればその時だと……」


 この発言があった瞬間、上空に雷雲が発生し、部屋の中が暗くなる。

 まさかと思い緋媛とフォルトアが一斉にイゼルの様子を見ると、やはり怒りに震えていた。角が生え、瞳が獣のようになっているのだから。

 フォルトアが宥める。


「落ち着いてください、イゼル様。里の者が不安になります」


「あ、ああ。そうだな。しかし、まさか未来で食用にもされてしまうとは……。怒り狂いそうだ、落ち着かなければ……」


 深呼吸して気持ちを整えるイゼルだが、上空の雷雲が消えただけで普通の曇り空になっている。動揺はしているようだ。

 それでもマナが使う術の事の推測を続けるイゼル。

 緋媛の予測が正解だとすれば、マナが炎を使える謎が残る。


「緋媛、一つ教えてくれ。姫が風を使える理由がその者を喰ったのならば、炎は誰の肉だ。お前達の話では、恐らく最近の事なのだろう」


 僅かにビクッと反応した緋媛は、回答に戸惑い視線を自身の左腕に送る。

 この行動に、フォルトアは「まさか」と呟き、イゼルは息を飲んだ。


 目を見開く彼らを騙す事はもう出来ない。

 緋媛は波に打ち上げられた時のものではなく、空腹のマナの腹を満たす為に自らの肉を喰わせた事を白状した。


「そうか、それで姫様と口論になっていたんだね」


「口論というか……、一方的に俺が言い過ぎたんです、ついイラッとして。何にせよ、姫には黙っておきたかったんですがね、知られてしまいましたので。取り乱すと思ってはいたんですが、まさかあそこまでとは……」


 今更になり、大人げなかったと反省する緋媛。世間知らずな姫呼ばわりした事も、あまりにも配慮に欠けた発言であった。

 今頃彼女はどういう想いをしているのだろう。

 緋媛はマナのいる診療所の方角へ視線をやる。


 緋媛達の話を聞いたイゼルは、じっと考えて口を開いた。


「状況は理解した。確かに我々の肉が関係していそうだ。今夜、司とも相談してみよう。お前達は森番を引き続き頼む。ああ、それと薬華には黙っておくように。知ったらあれの事だ、姫を実験台にしかねん」


 薬華の性格を十分に理解している緋媛とフォルトアは、これだけは守らねばと強く頷いた。



 ***



 一方、マナは一部とはいえ緋媛を喰い、彼にまで世間知らず、大層な事は出来ないと言われた事に傷つき、薬華の診療所で寝込んでいた。

 ゼネリアと同じ部屋の入口側のベッドで、布団を頭まで被りながら。


 様子を見に来た薬華がベッド横の椅子に座り、マナに声を掛ける。


「すまないねぇ。外傷は治せても、心の傷は治せないんだ。あたしとしては色々と聞きたい事はあるけど、そんなあんたを見たら……」


 聞いていたマナは、声を押し殺すように泣いている。

 憐れみのある表情を浮かべる薬華は、赤子をあやすかのように布団越しに体を擦った。

 その様子を見ていた緋倉とゼネリアは、互いに顔を見合わせるとマナのいるベッドへと移動する。


「おやゼネリア、動いて平気なのかい?」


 こくりと頷くゼネリアは、瞳と角と尻尾をそのままに人型になった。

 どうやらそこまでは回復したらしいが、撒かれた包帯の下からは再生しかけている皮が見える。


「うん、どうやらあたしの血肉で作った薬が効いたようだね。あたしの血肉は治癒力が飛びぬけて高いからねえ、毎日塗り直した甲斐があったよ」


 ベッドによじ登る緋倉とゼネリアを見て微笑ましく思う薬華。

 ただ、これを聞いたマナの心境は複雑だ。布団を被ったまま、か細い声を出す。


「血肉を使った……? どうして貴女も緋媛も、ご自身を犠牲にできるの」


 マナを撫でていた薬華の手が止まる。


「大切なお体を……自ら……」


 彼女から手を離した薬華は、答えになるか分からないと言いながらもこのように回答した。


「あんた、未来のレイトーマの姫なんだろ? そこに生まれたからには、それなりの役目があるはずだ。それと一緒でね、あたしは優れた治癒力を持つ龍として、一族の医者としての役目を果たしてるだけなんだよ。あの緋媛とかいう司に似て生意気そうなつらした雄は、相当悩んだだろうね。あんたが傷つく事ぐらい分かってたって面してたからさ、決断も苦しかったんじゃないかねえ」


 遠い目で天井を見上げる薬華。

 聞いていたちびっ子達は難しい話をしていると首を傾げ、マナの布団に潜り込む。


 マナは薬華の言葉で様々な事を頭に浮かべている。

 レイトーマを出る時、歴史学者の為に歴史調査を解禁すると宣言した事。

 弟のマトが国王となり、国を立て直す決意をしている事。

 ネツキもマナと同様、歴史調査解禁の為に動こうとしている事――。

 更にはこれまで出会った人々の顔を思い出し、各々が何かしらの役目を果たそうとしている事に気付く。


 布団から顔を出し、体を起こすマナ。


「薬華、ありがとうございます。少しだけ心が軽くなりました。私が緋媛を食べてしまった事実は消えませんが、それが緋媛の成るべき事だったのならば受け入れましょう。私にもやるべき事があります。一刻も早く立ち直らなければなりません」


 表情に曇りや陰りがあるが、マナの言葉の奥に覚悟がある。自ら宣言した事をやり遂げるという覚悟が。


 だが今は、過去へ来てから起きた事による心労も重なり、何から始めるか考える余裕がない。

 少し休んでから考えようと決めたマナであった。



 するとそこへ、薬華の名を呼びながら、司が部屋に入ってきた。腕には小さな子供が収まって眠っている。

 マナの布団に潜っていた緋倉が顔を出し、「父さん!」と尻尾を振るように喜びながら駆け寄った。

 薬華は心底軽蔑するような表情をし、ふん、と鼻を鳴らす。


「ああ、司。あんたついに他の雌と交わったのかい。緋紙には黙っといてやるよ」


「おいおい、勘違いすんじゃねえよ。こりゃ紙音と人間の間の子だ。ゼンが連れて来たんだ」


「紙音だって!?」と驚く薬華。

 司はゼネリアが寝ていたベッドにその子供を寝かせると、どかっとベッドに腰を掛ける。


「生きていたのかい、紙音もゼンも!」


 薬華は安堵の表情を浮かべた。

 だが司は、紙音についてははっきりと答えはしなかった。


「……ゼンはこの目で見たが、紙音の事はこのガキに暗示を掛ける必要があった」


「まさか、死んだってのかい……?」


 司はゼンから、子供が母親――紙音の切断された脚を見てしまったとしか聞いていない。

 父親は死に、母親がそのような状態になっていたという事は、この子供にとっては死も同然だろう。

 正直にイゼルに話されてしまっては困るので、暗示を掛けるしかなかったのだ。


「それは分からねえ。薬華、小娘、紙音の事は絶対にイゼルに言うな。もしあいつの耳に入ったら、その瞬間に里ごと消し去りかねねえ……!」


 薬華は素直に頷いたが、マナは紙音とゼンの名を聞いても誰か浮かばない。カトレアでの会合の際、昔話で聞いた事がある程度で、実際に会ったことはないのだから。

 とにかく、司がいつも以上に真剣に強く言うのだ、口を堅く閉ざさねばとマナも頷いた。



 すると、マナの布団に潜っていたゼネリアも顔を出し、司が連れてきた子供の方をじっと見つめる。

 ひょいと体を出してその子の元へてくてく歩み、顔を覗くと指を指した。


「緋倉、この子だよ、ゼネの事怖がらない子」


 子供の名はユキネ・ココット。

 紙音とムット・ココットの間に生まれた、龍族と人間の混血であった――。




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