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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
7章 江月建国
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5話 不安定なマナ

 診療所を出、行き場など考えずにどこかを走りながら込み上げる吐き気を抑える。

 だが何という事をしてしまったのかという罪悪感が圧し掛かり、吐き出さなくてはと焦りの色が浮かぶ。

 胸の辺りが苦しくなって蹲った時、腕を掴まれてぐいっと引かれた。


「姫!」という声の主は緋媛診療所からマナを追いかけて来たのだ。

 金色の瞳になっているマナの中に緋媛の過去が見える。

 それも、役一週間前のミッテ大陸に着いた頃の緋媛の行動が――。


「どうして、そんな事を……」


「あれは仕方がなかったんだ。ああでもしなけりゃ、お前はあの冷えたミッテ大陸で死んでいたかもしねえ!」


「そんな、そんな事で私は貴方を食べてしまったのですか。貴方を犠牲にしてまで、そうまでして生かされる程私には価値なんてありません! 大切な、大切な緋媛を美味しいだなんて思ってしまったなんて……。それならいっその事、飢えたままで良かった……。あのまま死んでしまえばよかったのよ!」


 精神不安定なマナについ頭に血が上った緋媛は、彼女を立たせると頬を平手打ちした。

 地面に倒れ込んだマナは、じんじんと痛む頬を擦る。


「馬鹿言ってんじゃねえよ! 王女のお前に価値がねえだと!? 飢えて死んでも良かっただと!? てめえ、ダリスの貧困街で何見たんだ! あの国で、食いたくても食えねえまま飢えて死んで、そのまま放置されてる人間を忘れたのか!」


 忘れて等いない。あの悲惨な光景を。

 放置されているダリスの民を救わなくてはならないのだが、異種族狩りをし、その血肉を利用しているであろうダリス人と同じ事をしてしまったのだと考えるマナ。


 それも、物心付いた頃から護衛として傍にいた緋媛を相手に――。


 この騒ぎをチラチラと見る龍族の中を歩いていた水色の髪青年フォルトアが、ただ事ではないと気付く。

 何があったのかと駆けつけると、緋媛が冷ややかな表情でマナを見下し、踵を返しながら言った。


「何がこの時代と現代の為にダリスを、俺ら龍族を救うだよ。所詮口だけじゃねえか。お前みてえな箱入りの世間知らずな姫に、そんな大層な事できやしねえんだ。ただただ城の中で過ごしていた人間にはな」


 涙と土で汚れたマナの体を起こしたフォルトアは、緋媛のこの言い草に不快感を示す。


「何があったか知らないけど、それは言い過ぎじゃないかな。姫様は好きでそうなった訳じゃないって、緋媛だって知ってるだろ」


 悔やむようにぎゅっと拳を握りしめた緋媛は、里の西側へと歩み始めた。

 緋媛に強く言われ、頬を叩かれたマナは「待って」とか細い声を出す。


 どんどんと緋媛の背中が遠くなってゆく。何度も名を呼ぼうとしても震えて思うように声が出ない。

 思いきり息を吸い込み、「待って!」と強く叫んだその時――


 風と共に炎が刃のようになり、緋媛を襲った。その刃は一つだけではなく、幾つもある。

 瞬時に気付いた緋媛はそのほぼ全てを刀で相殺したが、一つだけ頬を掠めてしまった。


 頬から血が流れる緋媛を視界に入れたマナは、傷つけてしまったショックでぱたりと倒れてしまい、傍にいたフォルトアが支えられた。


(今のは、姫様がやったのか?)


 眼を疑うフォルトアの元に、緋媛が駆けつける。


「今の炎……、風も混じっていた。フォルトアさんですか」


「違う。僕は水使いで、他の術は使えないよ。こんな芸当が出来るのはゼネリア様ぐらいだけど、まだ幼いしこの場にはいない」


 ならばマナの仕業だろうと考える緋媛。

 しかし、過去を視る能力より風の方が扱いやすいとは言っていたが、炎までは聞いていない。


「姫は風しか使えないはず……」


「風? どうして姫様が僕達異種族と同じような術を? 人間がそんな事――」


 ふと、緋媛とフォルトアの頭にある事が過った。

 マナが江月に正式にやって来る頃、船上で緋倉がダリス人と戦った際に水の術を使っていた事。

 そしてダリス城ではケリン・アグザートが複数の術を使っていた事を――。


 まさかと思い、フォルトアは緋媛に確認をする。


「姫様が風を使ったのはいつ?」


「はっきりとは……。ただあの時、姫を見つけた頃にはもう……」


「炎は?」


「今初めて見ました。まさか本当に姫が炎まで? 俺と同じ力ですよ」


 半信半疑の緋媛とフォルトア。

 ただの人間が術など使えないのだが、これまでの事を考えると何か絡繰りがあるはず。

 フォルトアはマナについた土を払い落としてやり、軽々と抱き上げた。


「……この時代に来てから姫様の体に何か変化があったとしか思えない。いや、もしかするとその前から……。とにかく、薬華さんに診てもらおう」


 診療所へ向かうフォルトアの後を、緋媛は暫く追う事は出来なかった。

 それどころかマナを抱き上げる事も――。


 緋媛はマナの頬を叩いた手をじっと見る。

 心の奥に罪悪感が沸き、ズキンという痛みを感じた。



 ***



 その頃、森の北側に来ていた司は、イゼルの息子ゼンに会っていた。

 ゼンの腕を椅子に見立てて座っているユキネも一緒にいる。

 司は突然のゼンの訪問に対して驚起きはしない。


「まさか生きていたとはな」


「司さんなら、俺達は大丈夫だって思っていたでしょう?」


「ふっ、違いねえ。で、そのガキは何だ。紙音はどうした」


 じろり、と睨む司に怯えるユキネはぎゅっとゼンにしがみ付く。

 ユキネの背中を落ち着くようぽんぽんと軽く叩きながらも、ゼンは深刻な表情を浮かべる。


「その事で相談があるんだ。ただこれは、絶対に父さんの耳に入れないで欲しい。父さんが知ってしまったら、大陸ごと滅ぼしかねないから……」



 ゼンからホク大陸でダリス帝国軍に襲われた一部始終と紙音の計画を聞いた司は、彼とある密約を交わす。

 これはこの後二百年以上先まで誰にも、イゼルにさえも気づかれる事なく遂行される事になる。


 その密約は、現代のダリス六華天のある一人にも関わる事であったが、それはもう暫く先の話――。




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