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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
1章 江月とレイトーマ(旧:世界の人々)
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9話 クーデター①~マト・トール・レイトーマ~

 マナが江月へ発った日の深夜の話。

 一人の足音がはっきりと聞こえそうなぐらい静まり返った頃、レイトーマの街中広場では多くの民衆の前にある男が立っていた。

 民衆の半分は木の棒等の武器を持っており、半分は野次馬だ。野次馬の多くは女性や子供でで、小声でヒソヒソと話している。


「何の集まりなのかしら。主人がふらっと出て行ったけど……」


「女子供は寝てろ。これからみんなでレイトーマ城に行ってあの無能国王に訴えに行くんだ!」


「トーマに付いて行けば、きっと昔みたいないい国に戻るはず!」


 国民の一人が言うトーマとは、街の中で大層人気のある十九歳ぐらいの少年である。

 その少年は街の一人一人の意見を聞き、国を立て直す為にどうすべきかをこれまで考えてきたのだった。国民からは若いのに国の事を考える立派な少年としか見られていなかったのだが、何故国の事を考えるのかはつい最近知ったという。

 今後国がどうなるか、出した結論と共に彼は民衆の前に立ち、堂々と士気を高める。


「みんな、集まってくれて感謝する。今の国王のままではこの国は滅亡してしまう! 先代国王は皆の意見を聞き、可能な限り望みを叶えてきたというのに現国王は!! 税を上げ、負担を増やし、生活を圧迫している! 国民あってこその国だというのに、皆を蔑ろにしているんだ! ……作戦は話した通りだ! 行くぞ! 豊かなレイトーマ王国を取り戻すために!!」


「おおおおお!!!」


 閑静な市街地中に決起した男達の雄叫びが響き渡る。

 民衆はトーマ先導のもと、城に雪崩のように押し寄せて行った。

 その先頭のマトの横に、水色の髪をした優男風の青年がどこからから降り立つ。その青年は漆黒の服で身を包み、目だけ見えるように顔を隠している。

 マトは彼を見るなりふっとほほ笑んだ。


「お前が協力してくれるなら心強い」


「他の方々は顔が割れていますし、ルティスは頭に血が上りやすいので僕が。……援護しますよ、国王の下まで。きっとダリス人もいるはずです」


「ああ、頼む。この国を元に戻すには、もうこれしかないんだ」


 地鳴りのような足音にレイトーマ城の兵士達が違和感を覚えたのはその時だった。

 城に何かが押し寄せてくる。見張りの兵士が城門の高台から城下を見下ろし、目を疑った。


「おい、国民が押し寄せて来てんぞ……! 緊急体制だー! 師団長達を起こせ! 早くしろー!!」


 その声と同時に、鐘を叩いて警鐘音が鳴らされる。

 ぐっすり眠っていたアックス、カレン、ユウの三人はその音が耳に入るなり目を覚まし、すぐに状況を把握し、各師団の役割に基づき指示をした。


 アックス率いる第一師団は国民を城内に入れぬよう引き留める事。

 カレン率いる第三師団はこの件の情報収集と報告。

 ユウ率いる第四師団長は城内への侵入を懸念し、警備徹底。


 この時第二師団と特別師団は、師団長不在により何をすべきか困惑していた。

 ユウは仕方ないとため息を付きながら、その二つの師団を三分割し、すでに動いている各師団と合流せたのだ。

 アックスとカレンが慌ただしく動く中、普段だらけているユウは思う。


(どうなってんだよこれ。誰か仕組んでんのか? まさかシドロが……)


 ユウは時々不可解な行動を取るシドロを怪しんでいた。

 人の見ぬ夜に体を鍛えていたユウは、ある日城を抜け出していくシドロの後を追った事がある。途中、尾行に気付かれてしまったので引き返したのだが、何度か同じ事を繰り返していたのだった。


「あ~、こんな時に緋媛の野郎、姫様連れてどっか消えるし! 面倒くせ~!」


「緋媛? お前、緋媛の知り合いか?」


 後ろから聞こえてきたその声は知らない。

 侵入者と判断したユウは咄嗟に剣を抜き、振り向きながら斬りつけようとした。

 ――が、黒服に身を包まれた水色の髪の青年に、片手で受け止められてしまう。ユウは反射的に距離を取り、嬉しそうに笑みを零しながら構えた。


(侵入者か。只者じゃねえ、こんな国民がいたのか。久しぶりに緋媛以の強者とやり合える……!)


「おいおい、構えるのは結構だが、俺の質問に答えてくれよ」


 先ほど聞いた声と同じ主、それはユウと対峙している青年の後ろに立っていた少年だった。

 ユウは一目見てすぐに気づく。その少年が国民が誰もが知る人物に似ていると――。


「俺がいない間に随分人が入れ替わったもんだ。どうせ兄上が父上の時代の大臣共を排除した結果がそうなんだろうが。で、お前緋媛と親しそうだが、知り合いか?」


 答えろ、と言わんばかりの威圧感が漂う。ユウは剣を鞘に納め、その少年の前に跪いた。


 ***


 その頃、第三師団長のカレンは、総師団長のツヅガに賊が侵入したという報告をしていた。

 マナと緋媛が姿を晦ましているという一大事に、この騒ぎ。老兵は頭を抱えつつも今起きている事に対処するために報告を聞く。


「賊は二人です。城の隠し通路から乗り込んできた様子で、城内の警備に当たっている第四師団をすり抜けてこちらへ近づいております。目的は国王陛下かと……!」


「すり抜けているじゃと!? たった二人じゃろう! なぜ討伐出来んのだ!」


 強い口調で説明を求めるツヅガに、カレンは唇を噛み締めながら、拳を震わせながら言う。


「出来る筈がありません。二人の内一人には、右目に泣きぼくろ二つあります……!!」


「右目に泣きぼくろ? ……まさか! いやそんなはずはない、カレン、賊があの方だと言うのか……!!」


 こくりと頷くカレンは、嬉しそうに涙を堪えていた。

 どうやら本当らしい。レイトーマ師団の情報部隊は信頼できるが、この情報は疑わずにはいられなかった。

 何故ならその賊は――


「老けたな、ツヅガ爺さん」


「マ、マト様……!」


 賊として城内に侵入したのはマト・トール・レイトーマ。マナとマライアの弟であり、亡くなったとされていたレイトーマ王国第二王子だったのだ。

 ノックも何もなく堂々と総師団長の執務室に入ってきたマトを目にしたツヅガは、彼の父である先代国王の若かりし頃のように立派に成長した姿に涙した。


「泣くなよ。総師団長だろ?」


「こ、これは失礼致しました。マト様、生きておいででしたら、何故今まで城にお戻りにならかったのでしょう。それに、その黒服の者は一体……」


「爺さん、その話は後だ。今は至急、兄上に取り次いで欲しい。ここへ来る途中、兄上が直に第一師団にとんでもない命令を下したんだ。撤回させねば」


「とんでもないご命令ですと?」


「国民を弾圧せよ、反撃するものは容赦なく殺せと」


 唇を噛み締め、怒りを抑えながらマトは行った。

 この情報はカレンも知らず、ツヅガと共に絶句する。

 国王から師団へ命令をする時はツヅガを介すのだが、それもなく直接、しかも国民の命を奪う恐ろしい命

 令を下したのだから。


 その直後、「失礼します!」とカレンの部下が血相を変えて執務室に入ってきた。

 報告内容はマトから聞いた話と同じものであるが、それに捕捉された情報もある。


「弱者を黙らせるには武力が一番であると、見せしめに惨殺するようにと……!!」


「悠長に報告を聞いている状況ではない! 参りましょうマト様! 急いで陛下に進言せねば……! ああ、カレンお前はユウに伝えるんじゃ、城内の第四師団は至急第一師団を止めよと!」


「はっ!」


 カレンは報告に来た部下と共に命令を遂行する為に駆け出した。

 マライアの元へ行こうとツヅガがマトを誘導するが、部屋を出る前にマトは「行く前に」と口を開く。


「これは聞いた話だが、兄上は幼少期からメイドや兵士を道具のように扱ってきたんだろ? 姉上を軟禁したのも、過去が見えるというあの能力を誰にも渡すまいと独占する為だとか。これは事実か」


「そ、その話をどこで……! いや、マト様のお連れ様とはいえ、その者の前で城内の事をおっしゃるのは……!」


「いい、この男の正体は言えんが、信用できる協力者だ。それより、事実らしいな兄上の醜態。ならばやはり……そうするしかないのか……」


 マトの表情はどこか悲しそうである。

 ツヅガは何となく、マトが何をしようとしているのか察し、「ツヅガ、俺を兄上の元へ連れていけ」と命じる彼に大人しく頭を下げたのであった。


 ***


 ライアの私室の前に着いたマト達。

 中には誰かいるらしく、彼の怒号が漏れ聞こえてくる。


「いつまで賊に好きにさせている! 民の弾圧もまだか! 早く皆殺しにしろ! 無能な師団め!!」


 国王となっているうちに、いつか国民を思いやるようになるだろうと信じ、哀しむツヅガ。

 この言葉を直接聞くまで、これ程までに愚かだったとは思いたくもなかったのだった。

 これに怒るマトは、ツヅガが扉をノックしようとする事を制し、勝手に入る。


「無能はあなたの方でしょう!!」


「おのれ誰の許可を得て――」


 マトの姿を見た瞬間言葉を失い、ふるふると拳を震わせるマライア。


「なぜ……何故生きている……」


「私が死んだと思いましたか? 兄上」


 マトと共に侵入した黒服の男は、マライアよりも彼と共にいた男に目を付けた。

 第二師団長のシドロ・モドロはここにいたのだ――。




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