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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
7章 江月建国
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1話 江の川

挿絵(By みてみん)


 ミッテ大陸が見えてきた。

 マナの背中に乗せて空を飛んでいる緋媛は日が落ちきた空を見、丸い月が顔を出しているのを確認する。


(今夜は満月か……。そういえばフォルトアさんが言っていたな、ナン大陸の里の名を江月にした理由)


 ミッテ大陸には、大陸を象徴するかのような大運河がある。それが江の川。

 緋媛はナン大陸に移住後に生まれた為、その川を見たことがない。

 里に戻る前に立ち寄ろう。そう考えていると――


「う、ん……。お父様、お母様……」


 マナの寝ぼけたような声が聞こえてくる。

 緋媛の記憶を覗いているのかと思いきや、どうやら背中で寝ているようだ。


 体を痛めつけられ、ダリス人の現状に心を痛め、心身共に疲れ果てたのだろう。

 ゆっくり休ませたいが今は緋媛の背中の上。うっかり寝返りでもしてしまえば海の上に落ちてしまう。起こした方が良さそうだ。


「姫、起きろ。姫!」


「ん……、緋媛。ツヅガと一緒にいたのでは……?」


 記憶と現実が混在しているらしく、マナは眠そうな顔をしている。


「いねえよ。ここは二百年前の世界だろ。それより見ろ、ミッテ大陸だ」


 マナはぱちっと目を覚まし、「ミッテ大陸!」と食いつくように起き上がった。

 空の上からやや前方に見える大きな美しい森のある陸地がミッテ大陸。

 ところが、大陸の左側の半分は更地になっている。


(あれがダリス人の……、いえ、人間のした事。あの美しい森が……、可哀想に)


 いかに二百年後の世界が平和であるかを思い知らされる。

 不可侵的なダリスや後の江月となる龍の里とは関わりな無かったとはいえ、大きな争いなど存在しなかった。


 大きく動き始めたのは、江月の使者として緋倉とゼネリアがやってきてからだ。

 兄マライアの首を弟が取って国王となり、カトレアの国王も第三王子であったネツキに変わった。

 そしてマナ自身が流王と言うなの人柱であり、緋媛達江月の民が龍族と知ったのも最近の事。

 まるで夢のように大きなものが渦巻いているように感じる。


 これまでの事を考えていると、右側に大きな川が見えた。


「……大きな川があるようですね。ここから見てもはっきりと分かります」


「ああ、あれが江の川ってやつらしい」


「江の川? 確かカトレアでイゼル様が過去お話を語られた時に聞いた川の名ですね。……あら、大きなお魚がいるのでしょうか。何か動いています」


 マナの肉眼では蛇のようなものやトカゲのようなものが川を出たり入ったりとしているように見える。

 ミッテ大陸に近づくにつれ、徐々にそれが何かがはっきりとして来たが、それでもマナは解らない。

 ところが緋媛は見えるという。龍族の視力は人間の数倍なのだ。


「あれは同族……龍族だ。水浴びしてるらしいな」


 水浴びをしていた龍族は二体だけだったが、三体、四体……十体と数は徐々に増えていく。

 何かあるのだろうか。


「緋媛、里に戻る前に、少し寄ってみませんか? 江の川に」


 江の川は美しいと聞いた事がある緋媛も興味があり、「……そうだな」と一言言い、龍の里へ帰る前に江の川へと向かった。



 ***



 日が沈み、月明かりが出た頃、江の川では異種族達が宴の準備をしていた。


 川の側には小石や原っぱがあり、宴にはもってこいの場所。

 そこではトンテントンテンという音を立て、ドワーフが即席のテーブルを用意している。出来たテーブルにはエルフ達が野菜や果物で作った料理を龍族が並べていく。森の中の妖精達は木の実を集め、大きな葉の上に置いていた。


 もうすぐ準備が終わる時、司と緋紙、緋刃が江の川へ姿を現したのだった。

 初めて見る美しく広い川に感激する緋刃。


「すっげー! これが江の川? 子供の頃倉兄に聞いた事あったけど、澄んでて綺麗な川だね。いいなー、ナン大陸じゃ見た事ねーや」


「子供の頃って、今もガキだろ」と、司が鼻で笑いながらからかうと、「俺だってもう七十だよ!」と反論し、緋紙はくすくすと笑う。


「七十なんてまだケツの青いガキだ。大人ぶるならあと二百三十年経ってからするんだな」


 司は緋刃の頭をぺんぺんと叩きながら見下すように吐き捨てた。

 子ども扱いされた緋刃は、ちぇーと不貞腐れて川の方へと歩む。

 それを見送った緋紙は、心配そうに言った。


「それにしても、イゼルったら顔は出すって言いながら来ないわね。ゼネリアがあんな事になっていたから仕方ないけど……。緋倉も一緒にいるって言って言う事聞かないし」


「お前、本当はゼネリアの看病したかったろ」


「当然よ! 私にとって、あの子は娘みたいなものだし。けど、あんなに威嚇されちゃったら……」


 緋紙の脳内に浮かぶは龍の里に戻って来たばかりのイゼルとゼネリアの様子。



 実はイゼルが不在の数日間、司は幻術を使って周りに自分自信をイゼルに見せかけてやりたい放題だったのだ。

 里の雌に手を出そうとしては緋紙が耳を引っ張って止め、

 里の雌を口説こうとしては緋紙が殴って止め、

 里の雌を見ただけで司をイゼルの屋敷の庭に埋め――

 そんな状態で恐ろしくなった薬華はイゼルを探しに行くという状況に至る。


 そしてようやくイゼルが戻ってきた頃、司は緋紙に土に埋められたまま数日が経過していたという。

 埋められた司を見たイゼルが最初に言った言葉はこうだ。


「……何をしてるんだ、お前は」


「見て分かんねえのか、土風呂に入ってんだよ」


 妻に埋められたなど言わず意地を張っている司。

 そろそろ許してやろうと屋敷に足を運んだ緋紙は、戻ってきたイゼルの腕の中に包帯で巻かれた灰色の龍を見て、すぐに駆け付けた。

 が、司を土台にするかのように踏みつける。


「どうしたの!? 一体何が――」


 イゼルの腕の中の小さい灰色の龍は真っ黒になり、緋紙に噛みつかんばかりに威嚇した。

 牙を剥き出しにし、ばたばたと暴れたがすぐに苦悶の表情を浮かべて大人しくなる。


「……すまない、もしかすると人間と勘違いしているのかもしれん。今日は満月、宴の日だったな。薬華にこの子を預けてから宴の開始には顔を出すようにする。だから、司と先に江の川に行ってくれ」


「ええ、分かったわ。ですって司。……あら? この辺に埋めたはずなのにいない」


 緋紙はきょろきょろと左右を見渡すと、「お前の下だ!」と司の声が足の下から聞こえ、慌てて退けたのだった。


 そのやり取りを思い出しながら、緋紙はふぅとため息を付く。


「薬華が付いてるんだ、問題ねえよ。俺達は酒でも飲んでようぜ」


 と、司は料理のあるテーブルへ酒を取りに行った。


 料理は既に出揃い、宴はいつでも開始できる状態にある。

 イゼルはまだかと誰もが思ったその時、ようやく顔を出した。


「遅くなってすまない。待たせたか?」


 ぐるっと周りを見渡すと、他の異種族を代表するかのように、イゼルの周りを飛びながら妖精の長が言う。


「いえいえ、準備が整ったばかりですー。乾杯の音頭をお願いするですー」


「ああ、そうだな……」


 と、もう一度辺りを見渡すイゼル。

 誰かを探しているのだが、司と緋紙、緋刃ではない。宴には参加せず、緋倉と共にゼネリアの側にいるフォルトアでも薬華でもない。――マナと緋媛だ。


(やはりあの時、俺のせいで死んでしまったのか? 駄目だ、今は考えるな! 晴れた空で宴をやらねば……)


 暗くなった空には星が散りばめられ、間もなく月が江の川を照らす頃。

 不安になってしまうと曇り空になり、せっかくの月に一度の宴が台無しになってしまう。

 イゼルは深呼吸をすると酒を手に取り、皆に振り向く。


「今月も恵まれた天候、恵まれた大地に感謝し、この先百年の繁栄を祈ろう!」


 中には子を失った親も、身内を失った異種族もいる。

 だが、この場では百年の繁栄と共に、家族の無事を祈る場でもあるのだ。

 本当は宴などしている場合ではないと思いつつも、恒例となっている行事を止める訳にはいかない。悲壮感が漂ってしまい、それが大地の生命に影響してしまうから――。


「乾杯!」


 酒を持った手を高々と上げると、皆も天を仰ぐように酒を掲げて「乾杯」と叫ぶ。

 宴が始まると同時に、月明かりが江の川を照らし始める――。


 マナと緋媛が江の川付近の上空に着いたのは、丁度その頃だった。




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