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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6.5章 緋媛の百年
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5話 片割れの意味

 またしても場面が飛び、今度はツヅガのいるレイトーマ師団総師団長の執務室の中にいた。

 緋媛はソファーに座っており、険しい表情のツヅガと対面している。


(お若いわね。確か緋媛がレイトーマ師団に入団したのは二十年前だから、緋媛は八十歳、ツヅガは五十代かしら……)


 現代よりも若い彼の髪や髭には黒い毛が混じっており、顔の張りもあるツヅガ。時々ツヅガに会っていたマナだが、日々僅かな変化しか気づかない。

 この記憶を見ると、彼も随分と老けたという印象を受ける。


 その若いツツガが口を開いた。


「お主が片桐緋媛だな? 何とも珍しい名だな……。我が国にはない名だ。国王陛下は詮索せずにお主に姫様の事情を説明するよう仰っていたが、私はお主を信用してもよいのか?」


 口調も声の高さ若干違い、現代よりやや高めだ。年を取ると体にも変化があるというが、二十年間の変わりように驚く。

 マナもいつかそのように年をとるのだろう。


 それより会話内容から察するに、マクトル国王の私室に行った直後の出来事らしい。ツヅガを訪ねるよう緋媛に伝えていたのだから。


 確かに緋媛の名は珍しく、レイトーマではまず聞かない名だ。故にツヅガが怪しむ気持ちも分からなくはない。閉鎖された国江月の民かダリス人の可能性もあるのだから。

 だがそれを疑うという事は、国王を疑うという事。

 マクトルに絶対的な忠誠を誓っているツヅガは一国の主を裏切るような事はない。故に例え疑問に思っていても口に出す事はないのだ。


 信用してもよいかと聞かれた緋媛は、鼻で笑いながら答えた。


「そりゃ俺もだ。初対面の人間を信用しろってのが無理あるだろ。俺達は()()()根本的に違うしな。ただ、俺はこの国の国王を信用した。その国王はあんたを信頼しているようだから、それなりに信じていい人間だと思ってる」


「カーッ! 何と失礼な奴だ! ゼネリアといいこの男といい、何故陛下は次々と問題児を連れてくるのか! 私の苦労も知らずに……」


 と、百面相のように怒ったと思えば泣く真似をするツヅガ。

 緋媛は何だこいつと思いながら呆れ顔をしている。


 ――龍族にも多種多様な種類がいるが、感情がくるくる変わるタイプは初めてだ。


 リーリが生まれるのはこれより十年先。彼女とは若干異なるが、緋媛にとってやや苦手と言えるタイプである。

 だがそれは数ヵ月先までの事。幾度と接してツヅガという人間を理解し、気にならなくなったのだ。


 マナはツヅガが現代とさほど変わっていない事に微笑ましく思う。

 するとツヅガ、ぱたっと泣き真似を止めるとようやく本題に入った。


「まあいい、国王陛下を信頼しているというお主を信じよう。陛下のご命令通り、お主にレイトーマ師団の事と姫様の事を話してやる。無論、これからの事は軍事機密だが、姫様に関しては城外に漏れてはなぬ禁忌でもあるからな、姫様のお耳にも入れぬ事だ。分かったな」


 まず最初に、レイトーマ師団の構成とその特徴、各師団長の名等、必要な情報の説明をされた。

 現代と違う点は、第四師団が存在しない事。この時代ではまだ、実行部隊の第一師団、隠密部隊の第二師団、情報部隊の第三師団しかなく、緋媛率いる特別師団というのはここ一年で出来た若い組織だという。最も、ゼネリアのみの構成であったが――。


「成り立たねえな。そんな名ばかりなもんを生かすぐらいなら、兵士を二十人ぐらい入れてくれ。当面のやる事は、主に各師団の補助とでもしておこうか」


「それぐらいならば各師団の人員を増やした方がいいと思わんか? 今のままでも十分だが……」


「何かあった時に人手が足りねえ事態になるかもしれねえ。そんな時に手を貸せる部隊があると便利だろ? 何でも屋のようにな」


「ううむ、一理ある……。検討しよう」


 その一か月後には特別師団の兵士が配置されるようになり、剣の腕を買われてマナの護衛の傍らで兵士達を指導するようになったという。

 各師団長から妬みの声がも上がっていたが、国王が拾ってきた男だという噂と武の実力でその声されも消えた。

 というのも、実力不足で自信を失った者、緋媛に反対する者、病に陥った者が師団長ぞ辞任していったからである。


 その後任として抜擢されたのは副師団長達。その中にはアックス・レックスもいた。

 カレン・コリータが第三団長となったのは、ここ一年弱の話だったのだ。


(レイトーマ師団長が一斉に辞任という噂は聞いた事があったけど、そういう訳だったのね。それにしても、記憶の中だから会話の後どうなったのかも頭に入ってくる。私としてはレイトーマの二十年の歴史も知ることが出来て嬉しい。……私の話はまだかしら)


 マナがそのよな感想を思っていると、ようやくツヅガが「あとは姫様の事だが」と最も彼女が関心を持つ部分を切り出してきたのだが――


「きっと我が国一、いや世界一愛らしく可愛らしい姫様に育って下さるはずだ……」


「……は?」


 これにはマナも鳩が豆鉄砲を食ったような表情になるが、同時に恥ずかしさも込み上げてくる。

 ツヅガの愛情は止まらない。


「あのくりくりっとしたぱっちりお目目を見たか。私を見るとにこっと笑うあの天使のような笑顔……、きっと私の惚れてるに違いない。だが! 私はもう五十過ぎの兵士! 身分も歳の差も在り過ぎる! あああああ! 何で私は代々総師団長家系のアルバール一族に生まれてしまったのか! 何故あと四十五年は遅く生まれなかったのか! ……もし戦で命を落として姫様の成長過程を見る事が出来なかったら、この出生を呪ってやる」


「いろいろと勘違いし過ぎだ! 掴まって立ち歩く程度のガキがおっさんに惚れるかよ! 国王に言ってねえよなそれ!」


「言ったわ!」


「言ったのかよ!」


「言っても何も返してくれなかったんだもん!」


 握り拳二つを口元に当て、ぶりぶりと首を左右に振りながら訴えるツヅガ。瞳からは滝のように涙があふれている。

 これに緋媛は、面倒な人間だと思いつつ「それより」と小さくため息をついた。


「さっさと姫様の禁忌ってやつを教えてくれよ……」


「おお、そうじゃった」と、コロっと涙を止めて師団長としての態度に変わったツヅガは、いよいよマナの疑問に対する答えを口にし始めた。


「国王陛下と王妃様との間の御子は、マライア王子様とマナ姫様のお二人となった」


「なった?」と緋媛が繰り返す。ツヅガは頷き、声を潜めた。


「よいか、ここからは決して口外してはならん。大声を出してもいかん。では、言うぞ。姫様は、……実は()()()()()んじゃ」


 この告白に緋媛は驚きはしなかったが、彼の目を通してみているこの記憶にるマナにとっては大きな衝撃の事実である。

 これまで生きてきて、全くその話を聞いた事がない。ずっと兄が一人、弟が一人の三人兄妹と聞かされていたからだ。

 ツヅガの話は続く。


「ご懐妊された後、王妃様の腹部は王子様の時より大きかった。そこで双子だと判明したのだ。医師が何人も付き、母子ともに異常がないか常に診ておった。一人は元気だと判ったが、もう一人は隠れるのが上手くてな……。だが、いざ出産となったとき……、一人は先にお顔を見せ、愛らしい産声を響かせて下さった。それがマナ姫様だ。ところがもう一人はなかなか出てこない。胎動も感じられない。……結果、どうなったか想像つくだろう?」


 青ざめたマナの脳裏に最悪の状況が浮かんだ。

 記憶の中で、もう起きた出来事とはいえ、そんな事はあってはならないと否定しかったが――


「……そう、死産だったのだよ。王妃様はお心を痛めた。何日も何日も泣かれていたのだ。そして国王陛下は、もう一人の亡くなった姫様の事を決して話さぬよう、勅命を言い渡したのだよ」


 言葉に迷った緋媛は、ふぅ、と思考の息を漏らすとようやく一言言った。


「何て言えばいいか……、ただ、この話は俺の胸にしまっておけばいいんだな」


「そうだ。お主に姫様の出生を話すよう命じられたのは、お主が姫様の護衛になるからだ。この話が姫様のお耳に入らぬよう、配慮して欲しい。これはレイトーマ王国にとって調べてはならぬ歴史の一つなのだ」


 この重い話、マライアは王妃の出産に立ち会っていない為、マナが双子だったことすら知らない。

 兵士には噂が噂を呼び在らぬ事すら城内に響き渡っていたが、その後緋媛は早急に対処をした。

 その後、本当の事を知るのはアルバール一族と師団長のみとなったのだった。


 マナはツヅガの息子オルトの言う『所詮片割れ』の意味をこれで理解する。


(片割れ……。私が双子だったから? 私の妹は死産だったなんて……。お母様が悲しむのは解るけど、私にも教えて欲しかった……!!)


 知っていれば何かが変わっていたのかもしれない。半身に恥じぬような生き方をし、兄の暴走を止めて両親の死を見る事もなかったかもしれない。

 過ぎた事を言っても仕方がないのだが、ただ一つ、これさえも調べてはならぬ歴史の一つというのは間違っている――。


 やはり歴史は正しく伝えていくべきだと再確認するマナであった。




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