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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6.5章 緋媛の百年
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2話 緋媛六歳

 場面が変わり、森の中。

 枝を掴んで木から木へと移って行く。木の上は高さがあり、落ちたら即死だろうと思える程で、マナはぞっとしているが緋媛は楽しんでいる。


 尻尾が生えている感覚はなく、まるで人間のような動きをしているので、成長して人型に化けた緋媛だというのは確かだが年齢までは判らない。


 どんどんと前へ前へと進んでいく緋媛の目の前に、突如見知った顔が現れた。前を塞ぐように。


「おい、クソガキ。こっから先は行くんじゃねえ」


 それは黄緑の剛毛で黄緑の瞳をした男性、ルティス・バローネ。鋭い視線でじろりと緋媛を睨みつけている。


「司様と緋倉様からもきつく言われてんだろ」


 むっとした緋媛は「うるせえ」と言ってルティスの脇をするりと潜り抜け、先へ進む。


 行くなと言われたら行きたくなる。この先に何があるのか、何故出てはいけないのか、いくら父と兄から言われても、実際にこの目で見たい。その想いが強かった。


 ここから先に進んではいけない――。

 そういわれた場所へ辿り着こうとした瞬間、水色の髪をした青年に抱きかかえられてしまった。

 地面に降りた青年は緋媛と同じ視線で言い聞かせる。


「駄目だよ緋媛。ここから出てはいけない」


 そう訴えるのはフォルトア・ルフェンネンスだった。

 彼の瞳にはどこか暗いものがあるように見える。何かあったのだろうかと思うほどに。

 マナはそのような印象を受けているが、緋媛はやはり納得出来ない。

 何故、と問うとフォルトアはゆっくりと口を開ける。


「……この里から出るとね、怖い人間がいっぱいいるんだ。痛い事を沢山されて、嫌な命令だってされる。お前達子供を護る為に、出ないように言ってるんだよ」


「そんなの、やり返せばいいだろ」


「人間は一人じゃなく、何人か束になっているんだ。やり返そうとしても、手足も出ない」


 木を伝って緋媛達の下へ降り立ったルティスが、フォルトアの言葉の後に続く。


「ガキのお前に反撃なんか出来やしーよ」


 非情に冷徹に言うルティスは、出来る訳がないとはっきり言い切った。

 子供に反撃できないと言うのは、マナも分かる。船の中で成す術もなく幼いゼネリアが蹂躙されていたのだから。


 子供の緋媛は人間に対するその経験もないらしく、ルティスの冷たい一言に「何だと!?と」腹を立てている。

 緋媛は今にもルティスに噛みつこうとし、フォルトアがそれを制した。

 子供相手にルティスは、苛立ちと羨ましさの入り混じった感情のままに言葉を羅列していく。


「この時代に生まれたお前は幸せなんだよ。ゼネリア様の張る結界の中にいて、護られて、司様と緋倉様に鍛えられて……。いいよなあ、お前は。あと五十年早かったら、もしかするとお前も俺らみたくダリスで――」


「ルティス!!」


 フォルトアの張り上げた声は辺りに響き渡った。

 それは威嚇に似ているがそうではない。それ以上言ってはいけないと牽制するかのようだった。


 びくりと肩を強張らせたルティスは、眉間に皺を寄せるフォルトアを見るなり舌打ちをする。

 と、そこへ風を切るように司が駆けつけた。


 緋媛の目を通して見えた司は、それはそれは大きな存在。佇まいも強さも、イゼル以上に圧倒しているようだ。

 現代では緋媛は司を好いてはいないが、幼い頃は尊敬の念を抱いていたらしい。そんな感情がマナの中に流れてくる。


 司はじろりと緋媛を睨みつけ、緋媛は小さく肩を震わせた。

 怒られる――。


「この馬鹿野郎!」


 その怒声と共に拳骨が緋媛の頭上に降ろされた。

 恐ろしく痛く、頭を抑えながら唇を噛み締めてぐずぐずと泣くのを堪えている。


「何度も言ってんだろうが! 里から出るなって! これまで外に出た同族と異種族はな、殆ど人間に捕まって四肢を引き裂かれ、実験台にされてる! 俺たちに優れた治癒力があるからと言って、虫の息になるまで血を抜かれてまた生かされる。お前はそんな目に遭いたいのか!」


 ぶんぶんと横に首を振る緋媛。

 子供にとってそれは恐怖の物語でしかなく、司の言う事も分からなくはない。それでも好奇心は抑えられないのも子供の特徴だ。

 だが、その好奇心よりも勝っている事がある。


 司は跪いて緋媛と同じ目線になり、今度は優しい口調で言う。


「いいか緋媛。たった六歳のお前が勝手に里の外に出たら、一番哀しむのは緋紙……母さんなんだ。母さんの病気の事は知ってるだろ? 俺は昔ほどあいつの傍にいてやれない。五十年に一度しか咲かないルフト草も、前回はあまり咲かずに十分な数を採れなかった。それが何を意味するか、今は分からなくてもいい。ただ、母さんの悩みの種を増やさないでやってくれ」


 上下に視線を泳がせた緋媛はやや不満ながらも、こくりと頷く。

 この時の緋媛はまだ、母親が薬がなくては生きられない体だという事まで知らず、病気だから治るまで薬が必要としか聞かされていなかった。


 病気で可哀想な母親に迷惑を掛けたくない。その一心で、緋媛は今後許可なく里から出ない事を約束した。


 司は緋媛の頭を撫でるとひょいと片腕で抱き上げ、ルティスとフォルトアの方を向く。


「悪かったな、お前らに手間かけさせて」


「いえ、僕は別に……」


 里の外に出そうな子供を探す事ぐらい大したことはないと考えるフォルトア。

 対してルティスは緋媛に苛立っていた為反抗的に言い放つ。


「ほんとっすよ。その生意気なガキ、また里から出ようとするんじゃないすかね。首輪でも付けてたらどうっすか」


「んな事したら俺が紙音の怒りを買って土に埋められちまう。こういうガキ共には体験した奴らからどういう事をされたか言い聞かせて欲しいんだけどよ、嫌がるんだよ、思い出したくねえって。ゼネリアも……お前らもそうだろ?」


 憐れみを含んだ司の言葉に、ルティスもフォルトアも何も言えず視線を地面に下げる。


 これらを見たマナは、ゼネリアが鱗を剥がされたように、きっと彼らも何か悍ましい出来事があったのだと考えた。

 そうでなければフォルトアが何かを言いかけたルティスを牽制しない、幸せだとは言わない。


 以前、フォルトアは、昔の事は思い出したくないと言っていた。

 マナはルティスとフォルトアの年齢は知らないが、百年経っても消えない心の傷なのだと察したのだった。






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