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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6.5章 緋媛の百年
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1話 緋媛一歳

挿絵(By みてみん)


 現在いるUS2051年を変えると言い出したマナ。

 それに対し不機嫌な緋媛は龍の姿になり、彼女を背中に乗せて空を飛んでいる。ミッテ大陸にある龍の里へ戻る為に。


 彼の鬣にしっかりと掴まっているマナは、何も言わない緋媛に問い掛けた。


「緋媛、まだ怒っていますか?」


「……怒ってねえよ」


 いつも低い声が更に低音になっている。声色からして苛立っているようだ。


 物心ついた頃からマナの護衛で共にいた緋媛。我儘を言った事も少なくないが、今回は言い過ぎただろうかと不安になる。それでもマナは、過去で苦しんでいる人々を見捨てたくはなかった。


(もう、何も出来ない、何もしない王女であるのは嫌……)


 兄の命令で政治にも手を出せず、何事にも口を出せず、ただただ城に籠る日々。

 現代のイゼルの意向で一時帰省をした際、ツヅガの息子であり、緋媛の後任の特別師団長オルト・アルバールに言われた「税金泥棒の汚姫様」「所詮片割れ」という言葉が頭にこびりついている。

 何もしなかったのは事実だから、税金泥棒というのは受け入れるしかない。だが――


(片割れ、というのは一体……)


 当時は国民に税金泥棒と思われていた事に心を痛めていたので、片割れ、の事まで頭が回らなかったマナ。今はその言葉が妙に引っかかる。

 気になったマナは早速緋媛に確認した。


「緋媛、一つ教えてください。オルトが言っていた事なのですが……」


「オルト? 誰だそれ」


「ツヅガのご子息であなたの後任の特別師団長ですっ」


 すっかり忘れていた緋媛にマナが頬を膨らませて説明すると、彼は「あー」と言って思い出した。剣を交えた生意気な人間がいたと。

 それがツヅガの息子だという事は憶えていたが、名前までは興味がなかったのだ。


「そのオルトが私の事を片割れ……と言っていました。何かご存知ですか?」


 これに緋媛は若干驚いた表情をするが、マナからは見えない。

 彼女からすると、何故すぐに答えないのだろう、というぐらいの間が空いただけ。

 ほんの少しの間が空くと、緋媛は「さあな」とだけ口にした。


 緋媛は知らない事は知らないと言うが、隠し事がある時は大体曖昧に答えるのだ。何となくだが、付き合いの長いマナには分かる。


「嘘、貴方がそう言う時は何か隠している時です。話してください、片割れとは何のことですか」


「言えねえよ。これは国王……あんたの父親の命令なんだ」


「お父様の? どうして……」


「だから言えねえって」


 理由さえも言えないとなると、余程な事なのだろう。だからと言って自分の事を知らないのは胸がもやもやとするマナ。

 気になって仕方のないだろうと見かねた緋媛は、彼女に遠回しにある提案をした。


「……俺の口から言えねえが、あんたが俺の過去を見て知ったなら仕方ねえな」


「緋媛の過去、覗いてもよろしいのですか? あんなに嫌がっていたのに」


「あれは俺が龍族だって隠してたからだよ。今は別に構わねえ。といっても、あんたが生まれた頃から……二十年程度ならな」


 二十年前と言えば、緋媛がレイトーマへやってきた頃。

 その間を許可したという事は、レイトーマへ来ることになった経緯や両親が亡くなった時の事、マトが何故生きていたかの詳細を知る事が出来る筈。

 ようやく知りたい事を知る事が出来ると、マナは満足げな笑みを浮かべた。

 金色の瞳にしたマナは、緋媛の鬣に埋もれるように顔を擦り付け、ゆっくりと目を閉じる。すると――




 マナは這いつくばりながら誰かの脚を追いかけていた。視点は低く、太ももから下しか見えない。

 誰かの脚は時々止まるとマナが追い付くまで待ち、また歩み出す。その繰り返しだ。


(私の意志じゃない。これはもしかして……)


 感触も感情も分かるこれが何なのか、マナが分かり掛けたその時、その脚はくるりと振り返って地面に膝を付ける。

 腕を伸ばし、マナの脇の下に手を入れて抱き上げた。ここでようやくその脚の主が判ったのだ。


「歩くの速くなったな、緋媛」


 抱き上げたのは緋媛の兄である緋倉だった。

 緋倉は緋媛と呼ばれるマナをうつ伏せになるように腕の中に納めると、背中を撫でながら地面に座る。

 自分の腕が見えたマナは確信した。


(龍の腕……。私が緋媛になっている。これは幼い頃の緋媛?)


 二十年前と言われたのに、約百年前から覗いてしまったのだ。

 直近のものは意識して視えるのだが、昔のものは何時からという指定ができない。故に幼少期から覗く……、いや、本人の人生の体験をしてしまう事になった。


 それにしてもこの緋媛は一体何歳なのだろう。一歳にも満たないかもしれない。

 外にいるのは分かるが、場所がよく分からない。大きな湖が見え、その奥には幾つもの家があるようだ。


「綺麗な湖だなー。お前らの世代にとっちゃ、この湖が江の川みたいな存在になるんだろうな」


(江の川?)


「ミッテ大陸が人間の手で荒らされたせいで江の川も干上がっちまってさ、結局住めなくなったんだ。大陸に住む動物も魚も他の異種族も住処を追われて今此処にいる。お前には、何事もなくこの地ですくすくと成長して欲しい」


 緋媛は湖に興味があるらしく手を必死に伸ばし、緋倉の願いは全く聞いていない。

 湖に落ちないように支える緋倉は言葉を続ける。


「……こんな事まだ一歳になったばかりのお前に言ったって、俺たちの苦労は分かりゃしねえし、知る必要もねえか。な、ゼネ」


 振り向かずに問うた緋倉に、ゼネリアは回答しない。

 どうやら言伝にやってきたらしい。


「紙音が、準備出来たから緋媛連れて来いって」


「思ったより早かったな」


「昨日から仕込んでいたらしい」


 湖に入れないと諦めた緋媛は、今度は緋倉の脇の下を通って背中にしがみつこうとしている。

 自分が這っているような感覚であるマナは、この行為が面白く、驚くほどに落ちないのだと知った。子供は自分のやりたいように動くらしい。


「良かったなー、緋媛。親父と母さんがお前の一歳の誕生日を祝ってくれるってさ」


 背中にしがみついたのは一瞬で、緋媛は緋倉の頭の上に、帽子になるように乗っかっている。髪をぎゅっと掴んで。


 ゼネリアが踵を返す音が聞こえると、緋倉がすっと立ち上がって振り返る。

 急に視線が高い位置に変わり、マナは驚くが緋媛はそうでもない。慣れているのだろう。


「待てよ、お前も一緒に祝うんだろ?」


「お前ら家族の事に、他所者の私が参加する訳ないだろ」


「イゼル様も来るのに?」


「あいつはお前らにとって親戚なんだろ。私には関係ない」


 吐き捨てるように言い放つと、ゼネリアはすっと消えてしまった。

 残った緋倉は頭の上の緋媛に髪を引っ張られながらも、ぼそっと独り言を言う。


「……お前も家族みてえなもんなのに」


 緋媛は緋倉の顔面を伝って彼の腕の中にストンと降りる。緋倉達の会話には一切の興味はなく、目に見えるものには興味がある。


 人間の子も龍族の子も同じなのだと思ったマナ。こうして緋媛の過去の旅が始まったのだった。





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