33話 US2051年のダリス帝国貧困街
マナ達がいる場所はホク大陸の西側と判明した。
何故場所が分かったかというと、緋媛が危険を冒しながらも龍の姿で雲の上まで飛び上がり、大陸を見渡した為だ。
ダリス帝国は山に囲まれた、ホク大陸の丁度中央に位置する場所にある。
目印は高台に建てられているダリス城。身分が高い程高台に住む傾向にあるのがダリス帝国である。よって貧民は平地に住むのだという。
道中、緋媛は現代のダリス帝国についてこう語った。
「俺達の住む時代では帝国の街が今より広い。貧困層が増えて、どんどん広がっていったんだろうな」
US2051年は、まだそこまで貧民がいないと見ているのだが――。
「ここが、ダリスの貧民街……」
街の入口へ着いた時、マナが呟いた。
その彼女と緋媛は、どこかから入手した真っ黒な布で、髪の色を隠すように頭から被っている。
手に入れたのは緋媛だが、マナが入手先を問うと「秘密」としか答えない。
まさかどこかから盗ってきたのではないかと彼を疑うが、ダリスを見る為なら仕方がないと自分自身に言い聞かせた。本当はいけない事だと判っていたも。
顔を左右に動かし、街中を見渡したマナが呟く。
「何て、何て酷い……」
入口からでも貧民街という意味が分かる。
木材で作られた家は家と呼べず、ただの物置のよう。それも穴が空いている家もある。
地面は舗装も整備もされていない乾いた土に、雪が積もっている。
人の姿は、ここでは見えない。家の中にいるのだろう。
「……里に戻るか?」
「いえ、中も見ていきましょう」
「あまり長居はしねえぞ」
「ええ、分かってます」
マナと緋媛は歩み出す。
入口付近の様子を見、もう少し奥へ、奥へと進んで行く。
その間、貧民街に住む人々と目が合うと逃げられてしまったり、
マナ達を見てひそひそと囁き合う姿が目撃された。
人々の姿はボロボロになった薄布一枚を羽織っているだけ。
物置のような家のように、この服も穴が開いたりして汚れている。
寒空の下で、暖も取れぬような状態なのだ。
奥へ進むほど道は狭くなっていく。マナ達はその内のある路地を目にした。
(人が倒れている、子供まで。このままでは亡くなってしまう、起こさないと……!)
毛布のように雪が積もっている人々にマナが駆けつけようとした時、緋媛に腕を掴まれて制された。
首を横に振る彼は「条件」と一言言う。
――見て見ぬふりをする事。
それを守らねばならないのだ。声を掛ける事も許されない。見捨てたくはない。
だがそれをしてしまうと、この貧困街で目立ってしまう。ただでさえ、マナ達を見る目が怪しいというのに。
腕を引いて元来た道へ歩を進める緋媛は、視線でその路地を気にするマナに冷たく言い放った。
「あれな、もう手遅れだ」
「え?」
「……とっくに死んでるよ。奥のガキ共も」
言葉を失ったマナの心が酷く締め付けられる。
腕を引かれながらも俯いているマナは、この現状に涙を浮かべながらも泣くことを堪えるしかない。
視なかった事にしなくてはならないのだから。
先ほどの路地から離れた所で、緋媛はマナの腕を離して優しく言った。
「もういいよな?」
「はい……。戻りましょう」
その声は無気力だった。
今を知りたいと言ったのはマナ自身であるが、人が亡くなっても放置されている現状に心を痛めている。
それも未来ある子供まで。
貧民街の入口まで戻っていく途中も、マナ達を妬むような視線が突き刺さる。
その道中、雪に横たわる人々もいた。
彼らもそうして、そのまま命を失っていくのだろう。
(この国の貴族や王族は何をしているの? いえ、今はケリンが支配しているのね。彼は国民を放置してまで異種族狩りをさせてるというの? どうして貴族たちは誰もこの現状に声を上げないの? こんな世の中はあってはいけない……!)
そのようにダリス帝国の事を考えていると、目の前の緋媛の歩みが止まった。
どうしたのかと思う前に、マナも状況を一瞬で把握する。
刃こぼれした包丁や、その辺にある木の棒を持った痩せた人々に囲まれていたのだから。男も女も関係なく、飢えた獣のように息を荒くしている。
「あんたら、他所者だろ? いいもん着てんなぁ~」
「ああ、寒い、寒い……! それを置いていけ」
「食べ物、持ってるんでしょ? 置いてってよぉ……!」
じりじりと近寄って来る人々に、マナは憐れみ以上に恐怖を感じた。
追い剥ぎに遭う、船の中で遭ったような痛い想いをしてしまう――。
「緋媛……」
声を震わせながら彼の名を呼ぶマナ。
緋媛はマナをぐいっと抱き寄せ、腰の剣を抜いて人間達の目の前を掠めるように振り払う。
それに臆した人間をじろりと睨みつけた。
「ひっ、帝国の軍人に違いねえ!」
「逃げろー!」
一目散に退散した人々。
マナから手を離した緋媛は、何やら不機嫌な表情で剣を鞘に納めた。
「怪我してねえか?」
「はい、緋媛が護ってくださったので……」
「そうか。ならさっさとこの街を出よう」
これにはマナも賛同し、黙って緋媛の後を付いて行った。
その後、もう一度同じような事があったのだが、緋媛は同じように振り払う。
自分が強い、という事を見せるとあっという間に蹴散らせるらしい。
弱肉強食のダリスらしいが、やはり見ていて気持ちのいいものではなかった。