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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
1章 江月とレイトーマ(旧:世界の人々)
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8話 緋倉の愛しい子

サブタイ変更前「愛せるのは……」

 十八歳までに縁談の話が上がらなかったのは、一番でなくてはならないという兄マライアの我儘であった事を知ったマナ。

 この事についてマライアにその真意を伺いたくなったマナは、すぐにでもレイトーマへ戻るべきと考える。

 しかしその前に、せっかく閉鎖された国・江月へ来たのだから自分の目で見て回る事にしたのだ。

 どのような生活をしているかも公になっていない江月。マナはイゼルの言う通り、自分自身の目で見て江月という国と縁談を受け入れるかどうかを判断しようと考えたのだった。


 そんなマナはリーリが用意した向日葵柄の着物を着て護衛の緋媛と共に、イゼルの屋敷より東側に位置する畑に来ている。

 畑を管理している江月の民に緋媛が頼み、マナにトマトの収穫を体験させている最中だ。


「このトマトのヘタのところをちょいと折ってごらん。あっさり摂れるよ」


 やや肉付きの良い二十代後半に見える女性がそう言い、食べられそうなトマトを指さした。

 熟しているというトマトでそれを試したマナは、まるで子供のように無邪気な表情で喜んだ。


「見てください緋媛! こんなに簡単に採れました!」


「はいはい。そのままかぶりついて食ってみろよ」


 さほど興味がなさそうな返事をした緋媛を気にも留めないマナは、口に入らないと迷いながらも思い切って大きな口を開いてトマトにかぶりついた。

 すると中からは溢れんばかりの水分が出てくる。あまりの瑞々しさと味の濃さに、マナは顔を丸々と幸せそうな表情を浮かべた。


「美味しいでしょ? 採れたてを食べるのが一番美味しいんだよ」


 こくこくと頷くマナは、一口、また一口とトマトにかじりつく。

 最後の一口を口に入れ、良く噛んで飲み込むと、ようやく言葉を発した。


「はい。城のシェフも新鮮な野菜を仕込んでいるという話を聞いた事がありますが、ここはそれ以上です。農作業は大変というお話は昔書物で読みました。その中に、愛情を込めて育てるのが美味しさの秘訣と書いてましたので、皆さまが愛情を込めて育ててらっしゃるのですね」


「そーそー、愛情があれば何事も事が上手く運ぶもんだ」


 そう言ってどこからともなくひょっこりと現れたのは緋媛の兄・緋倉。腕組みをしている彼は、髪と同じ緋色の着流しを着ている。

 緋倉も着物、トマトを栽培している女性達も着物。どうやら江月では基本的に着物を着てている事が多く、洋服を着ているのは緋媛等のごく一部らしい。


 その緋倉、マナを案内した農作業の女性の手をぎゅっと握り、こんな頼みをしてみた。


「さあ、可愛い子。二人分でいいんだ、俺に分けてくれない? そのトマト。上げたい子がいるんだ、いいだろ? ね?」


 口説くように言われた女性は照れながらも戸惑う。

 またか、とぼそっと呟いた緋媛は、恥ずかしい愚行をする兄の脇腹に凄まじい蹴りを入れる。

 その痛みに緋倉はその場に膝をつき、脇腹を抑えて蹲ってしまった。

 何て恥ずかしい兄だろうと、緋媛は緋倉の胸倉を掴んで怒る。


「このクソ兄貴! 守備範囲広いのもいい加減にしろ!」


「おお、褒め言葉じゃねーか。俺は世の雌なら種族を越えて好きになれるぜ。一番はゼネだけどな、あっはは!」


 ゼネリアが一番だという緋倉が何故他の女性の手を握れるのか、理解できないマナは首を傾げる。だがそれ以上に気になったのは、雌という呼び方。緋倉は女性を下に見ているのではないかと、疑念を抱いてしまう。

 そしてふと視界に入るトマトの取り方を教えてくれた女性は、緋倉に向けてやや怪訝そうな顔をしていた。きっと雌と言われて不快な想いをしているのだろうと、マナはそう思っていた。


 体に付いた土を払い落とした緋倉は問う。


「そのゼネがいねーんだよ。体しんどいはずなのに。お前ら見てねーか?」


 膝の土を払いながら立ち上がった緋倉は、緋媛と農作業の女性に問う。

 緋媛は「見てねえけど」と言うだけだったが、女性は違った。明らかに嫌悪感を示す表情をしている。先ほどの怪訝そうな顔よりも明らかに――

 女性に笑顔を向けていたはずの緋倉は、それに対し口元だけは笑い、冷ややかな視線を向ける。その声も不機嫌そうに、嫌味たっぷりに。


「ああ、あんたらは見たくもねえもんな。知るわけねーか」


 その緋倉に、マナは思わず「えっ」と小さく声を上げる。これが緋倉なのかと疑ってしまう。

 マナにはころっと態度を変え、微笑みながらゼネリアの行方を問うた。


「姫さんも見ませんでした?」


「いえ、レイトーマで会ってから一度も……」


 そうですか、と落胆する緋倉。

 先ほどの冷ややかな緋倉は自分の見間違いだろうか。きっと見間違いだ、緋媛の兄がそんな態度をとるはずがない。いや、緋媛の兄だからこそあり得る。

 そう考えるマナの頭は混乱していき、今は気に留めない方がいいと判断した。


 気付くと、周りに野次馬のごとく多くの女性と少数の男性が集まっていた。

 彼らはこう囁き合っている。


「見ろよ、緋媛様が戻ってきたぞ」


「流石司様のご子息。お二方素敵ね~」


「ねえ、緋倉様はまたあのの子を探しているの? 本当に変わってるわ」


「それよりあの人間、あれが例のマナ姫か。まともな人間だといいんだが……」


 まともな人間――。その言葉の方向に顔を向けたマナだが、次に緋倉から飛んでくる単語に顔を戻す。


「ま、いいか。どうせまた神殿かミッテ大陸だろうし」


「えっ」


「兄貴!」


 焦りの色を示す緋媛の声色に慌てて口を押えた緋倉。

 マナが興味を示してしまった事で、緋媛は頭を掻きながら小さくため息をついた。

 周りで噂している野次馬は、聞かなかった事に、見なかった事にしようと言わんばかりにそそくさと去って行く。


 農家の女性にも迷惑を掛けられないので、緋媛はマナと緋倉に「屋敷に戻ろう」と促した。

 やはりマナは歩き始めると同時に緋倉の失言について聞き始める。


「ミッテ大陸って、あの昔龍族が住んでいたというミッテ大陸ですか?」


 ミッテ大陸は現在、氷と炎の柱で閉ざされている。

 中がどのようになっているか、レイトーマ城に保管されている書物では調べることが出来なかったマナは、興味津々に焦る緋媛と緋倉に問い詰めていく。


「ねぇ、緋媛。ミッテ大陸って我が国の軍事力を持っても入れないと聞いています。そこにゼネリア様は何の御用があるんでしょう。そもそも入れない大陸に何があるんです? 緋倉様も教えてください!」


「ちょっと姫さん、近い近い近い!!」


 ぐいぐいと寄ってくるマナに、緋倉は後退りをして適度に距離を取る。

 このまま触れられて過去を見られると困るので、迂闊に近づけない。逆にその能力がなければ、もう一度手を握りたいという下心もある。

 緋倉は緋媛に助けを乞う視線をったのだが、さっと目を逸らされた。


 するとマナの後ろから、何やら疲れたような声が聞こえてくる。


「……そんなに知りたいなら、縁談を受け入れてこの里に来い」


 振り向くとそこにいたのはゼネリア。だが、その顔は真っ青だ。


「ゼネ、お前また……!」


「受け入れなくても、来てもらわないと困、る……」


 ふらふらと体が揺れているゼネリアは、糸がぷつんと切れたように体勢を崩し、丁度横に立った緋媛に支えられた。気を失っている。


「ゼネリア様、どこか具合が――」


 一瞬、ゼネリアにマナが指が触れ、瞳が金色になった。その瞬間、緋倉が厳しい口調をマナに向ける。


「触るな!」


 驚いて手を引いたマナ。

 緋媛は緋倉に「お前も」と言ってゼネリアを奪うように抱き上げ、屋敷とは違う方へ歩き始めた。苦しそうな表情で――


 残されたマナが恐る恐る緋媛の顔を見上げると、言うか言うまいか悩んみ緋媛がつつ口を開いた。


「……兄貴とゼネは、ガキの頃からずっと一緒だったんだと。昔何があったか俺も知らねえけど、暇見つけるとゼネを探してくっついてんだよ。俺が一緒に居てやらないといけないってよ。……女癖は治らねえがな」


「昔……ゼネリア様の過去……」


 目を見開きながらそう呟いたマナ。

 振れたのだから何か見たのだろうと考えていた緋媛も、何故あそこまで緋倉がゼネリアに固執するのかを知りたかった。

 昔、それとなく聞いた事があったが、「お前には分からねーよ」と言われたのだった。

 以来、その事に触れなかった緋媛はマナならば聞き出しやすいと考え、その答えを期待している。

 しかし――


「見えなかった……。何も見えなかったんです。あの方の過去が」


「あんたの瞳が変わってたのに?」


 驚く緋媛にマナは頷いた。

 マナが過去を見る能力を制御出来ている訳ではなさそうだ。ならば他の要因があるはず。

 そういえば、緋媛の脳裏に一つの事が思い浮かぶ。それはゼネリアの能力のこと。

 緋媛はそんな事かと笑い出した。


「はは、そうか。そういやあいつもだったな。そりゃ見えねえはずだ」


「何を一人納得されているのです? 私にも教えてください」


「この里に輿入れしたらわかる事だ。さーて、屋敷に戻るか」


 一切の回答はされず、不満気になるマナ。

 緋媛はすたすたと屋敷の方向へ向かい、やや不貞腐れながら後を追って行った。



 マナはこの時、なぜそこまで江月に来るべきだと言われるのかも、自分の運命も知らない。



 一方緋倉は、ゼネリアを抱いてある診療所に行き、そこの主の断りもなく病室の一室にあるベッドに寝かせた。

 部屋の入口から女性に声を掛けられる。


「……誰が来たかと思えば、あんたかい、緋倉」


 ひょっこり姿を現した白衣を着たその女性は、ウェーブのかかった蜜柑色長い髪で片目を隠している薬華・クロイル。この診療所の女主人だ。

 その後からもさっとした黒髪と髭を生やした薄汚い男も顔を見せる。彼は薬華の旦那のコーリ・クロイルだ。

 コーリはベッドの上の患者を診るなり、慌てて飛び出す。


「わわ! ゼネリアちゃんどうしたの!?」


「いつもの事さ。適当に栄養剤でも与えときな」


 呆れながらも冷静な薬華に言われた通り、コーリはゼネリアに点滴をしはじめた。

 横目でちらりと緋倉を見るコーリ。

 ずっと黙って彼女の手を握っているのだ。時々ゼネリアが倒れては緋倉が連れて来るというその繰り返しだが、ここ最近、頻繁に来るようになっていた。

 彼らの心配をしているコーリの肩をトントンと叩く薬華は、顎で暫く彼らだけにしてやろう伝え、コーリと共にその場を去って行く。


 居なくなったころ、緋倉は憂うように呟いた。


「なあゼネ、何で俺から離れようとすんだよ」


 緋倉の頭に浮かぶのは子供の頃の彼女の笑顔。植えた花を咲かせた時の笑顔。

 自分にしか向けられなかったのに、ある日を境にゼネリアは避けるようになった。それは十八の頃からずっと続いている。真意を語る事もなく――。


「こんなに愛してるのに、絶対に独りにしないって約束したのに……」


 心が締め付けられるように苦しむ緋倉は、彼女の頰に口付けをした。



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