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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代

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32話 結ばれてその後②~自分に出来る事~

 一方で残りの心はこれまでの事、これからの事を気にしている。

 その内の一つは自分が行った事。ダリス人を傷つけ、殺してしまった事実、風が自分から出てきた謎――。


 一体自分の身に何が起こっているのか、マナには見当もつかない。

 それでも、どうやって風を起こせるのだろうと思い、右の掌を前に出してみる。


(触れるだけで過去が見えてしまう私に、以前フォルトアが見ないと強い意志を持てばいいと教えて下さった。それなら、風よ吹けって思えばいいのかしら。強く、念じる様に……)


 マナは頭の中に思い描いた。入っている湯の泉に三角の波が立つ様子、周りの木々が騒めく様子を。


(吹いて、この空間を覆いつくすように風を起して!)


 すると、彼女の思う以上の事が起こった。


 木の葉が舞い散るような風が巻き起こり

 湯の泉は大きく波打っている


 木の異変に気付いた緋媛がすぐ「姫!」と声を掛けながら彼女の方を見ると――


「駄目、駄目です! 止んでください! 止まって!!」


 両手をぶんぶんと左右に振り、焦りながらそう叫んでいた。

 ピタリと止む風。ほっと安堵するマナ。

 何故マナが止まれと叫ぶのか、状況が読めぬ緋媛はすぐに駆け付ける。


「姫、何が起こった!?」


「こ、来ないで! 見ないで下さい入浴中ですっ!」


 そう言うと、マナはザバンとお湯の中に潜る。

 一秒、二秒、三秒……五秒程気泡が湯から出てくると、呼吸ができない彼女はあっという間に顔を出した。

 呆れながら顔を引き攣らせて笑い、彼女の傍に座る緋媛。


「お前な……、もう見てんだよ。そんな事より、随分風が吹いたみてえだけど……。そういえばお前、風がどうのって言ってたよな、昨日」


「はい、自分がやったと判って試してみたのです、自分の意志で出るのかと……。そうしたら今のようになりました。あの時は、ゼネリアを護りたい一心で風が牙のようになってましたが……。普通、人間はこのような事ができません。お父様もお母様も、歴代のレイトーマ王室は皆人間です。それなのに何故私に……。それも、過去を見る力よりもずっと扱いやすく感じるのです。緋媛、私はどこかおかしいのでしょうか」


 自分自身に対する不安と不信感があるマナ。

 実際に見たことがないので何も言えない緋媛は、瞳を涙で潤す彼女に何も言えない。


 ただ、過去を見る力が扱いづらいという点は、何となくだが心当たりがあった。

 それはレイトーマ王室内で葬られた黒い過去。誰もが口にしてはならない秘密。彼女の父が国王であった頃、国王と王妃の強い希望により暗黙とされたモノなのだ。

 緋媛はこの話をツヅガから聞いただけのため、マナにはこの場では話せない。何より、現国王のマトの承認がなければ――。


(それと姫が風を使えるっての、もしかすると親父に攫われた時にダリス城で喰ったとかいう龍の肉の影響じゃねえよな。あの時、破王が術を使っていたとフォルトアさんが言っていたし、龍の肉を食っていたとか……。いや、それは後でいい)


 そんな事を考えている緋媛が今マナに言える事はただ一つ、不安を取り除いてやる事だけだった。


「里に戻ったら、ヤッカに診てもらおう。俺も付いてるから……、な?」


「ありがとうございます」


 自分が付いてやるというだけで、マナは安堵したかのようにふわりと喜んでいる。

 それが可愛いと思ってしまった緋媛は、誤魔化すように地面に寝転んだ。

 ところで、とマナが尋ねる。


「浜に打ち上げられたと仰ってましたが、ここはどこなのです?」


「多分ホク大陸だろうな、ダリス帝国のある。街はこの近くじゃないらしいが、大陸のどの位置かは俺にも分からねえ」


 その瞬間、マナは湯の泉に浸かりながらくるりと緋媛の方を向き、こんな事を言い出した。


「緋媛、お願いがあります。私をダリス帝国の街へ連れて行ってください」


「はぁ!?」


 と、目玉を丸くして飛び起きる緋媛。

 胡坐をかいて何故と理由を問うと、マナは思いの丈を全て吐き出した。


「……緋媛、私は今まで、何故龍族が人間に嫌悪感を示すのか、その理由を考えていました。異種族狩りをされたから、以前イゼル様から聞いた昔話の実験台にされたから……。でも、それはただの想像でしかなかったのです。実際にこの目で、ボロ雑巾のように扱われるゼネリアを見て、私は現実から背くように目を逸らしていました。あの子の苦痛の悲鳴を聞かないようにと……。今でもその声がこびり付いています。助けも助けようともしなかった私を、あの子は一生怨むでしょう……。そんな事があっては、人間を嫌っても不思議ではありません。……いつか薬華が言っていました。ゼネリアは昔人間に酷い事をされていたと。ユズは龍族は今でも人間に怯えていると。お二人が何故そう仰ったのか、……ようやく理解できました。人間と異種族との溝は、底のない谷にように深いのです」


「確かに溝は深いけどよ、それとお前をダリスに連れて行くのに何の関係があるんだ?」


「最後まで聞いてください! ……私はあの船の中で、異種族を売って大金を手に入れる、あの町からおさらばという言葉を聞きました。もしかすると彼らは、とても貧しい生活をされていたのではないかと……。ですからこの目で見て、確かめて、私に出来る事をしたいのです」


 マナの決意は固い。揺るがぬものが瞳の奥に見える。

 断る理由など、普通はない。これが現代のレイトーマ王国内ならば――。

 緋媛はマナに強く制した。


「あんたの言う事は分かる。でも駄目だ。お前、あの船で何をされたか分かってんだろ。ダリスへ行って、俺達が掴まって、また同じ事をされたいのか? 今度はイゼル様も、親父も誰も助けてくれない。それを分かって言ってるんだろうな」


「それは、確かにそうですが……、それでも見たいのです! 何故ダリス人がこのような事をするのか、それが生活に関係するのでしたら国を変えなくてはなりません。今はケリン・アグザートが支配してるので難しいでしょう。それでも先の未来の為に今を知る必要があるのです! この時代へ来る前、流王は歴史は大きく変わるとそう仰ってました。ならば、この世界に住まう方々の為に、より良い時代へ進む為に、今を変えていった方がいいと思いませんか!?」


「……それ、自分の立場を理解して言ってんのか? あんたは次の世界の理、流王となる存在だろ。そのお前が、軽々しくこの時代を変えるって言っていいのかよ」


「ならば緋媛、貴方はこの悲しい歴史をそのままにしなさいと、そう仰るのですか?」


「違う、俺はただの龍族だ。フォルトアさんや緋刃、俺が動くのは問題ない。でもな、世界の理となるお前が率先してやるのは禁忌なんだよ!」


「禁忌が何ですか! 私は、私は……王女として何もできなかったただの女です。お父様とお母様が亡くなった時、国が悲鳴を上げている時、民が生活で苦しんでいる時……何も出来なかった。歴史の調査を解禁させたいと願っても、それは願いだけで何もしていないのです。ですから私は、何も出来ない私でも、……ほんの少しでも力になりたい。民の為に、何かしたいのです」


 緋媛に訴えているうちに、徐々に涙を流しだしたマナ。

 民の為に何かをしたいというマナの気持ちが分からなくはない。この二十年間、緋媛はずっとマナを見てきたのだから。


 両親が亡くなってからは国政に口を出す事すら許されず、城内で過ごす日々。

 外部と接触する事がなく、心を痛めていた彼女の傍に付き添っていた緋媛。


 だからと言って、禁忌に触れる事は許されない。しかし彼女の気持ちを汲んでやりたい。

 どうしたものかと葛藤する緋媛に、マナは涙ながらに訴える。


「お願いです、緋媛。お願い……」


「……分かったよ。ただし、条件が幾つかある。守れないなら駄目だ」


 条件、と呟いたマナは涙を拭い、強く頷く。


「条件は、俺から絶対に離れない事、名を名乗らない事。これは俺もあんたの事を姫とは呼ばない。それと、ダリス帝国で人間や異種族……誰が蔑まれようと、見て見ぬふりをする事」


「どうして……。何故見て見ぬふりを?」


「それがダリスだからだ。弱肉強食の世界で、下手に手を出すと逆に目立つんだよ。ただでさえ俺達は他所者なんだ、髪の色や目の色……各国で特徴が違う。それも隠さねえとすぐバレる。どっかで頭から被れる布か何かを手にいれねえと」


 自分がダリスを見たいという事は、人の心を捨てるも等しいのだと悟ったマナ。

 果たしてそこまでしてまでダリスの視察をする必要があるのだろうか。


 悩みつつも、やはり現状を探らねばならない。それがダリス帝国の民の未来に繋がると信じて。


 湯の泉に浸かったままのマナは、しっかりと頷いた。


「分かりました。その条件、守ります。ですから私をダリス帝国へ連れて行ってください」


 この後マナは、US2051年ダリス帝国の国民の悲惨な生活を目の当たりにすることになる。

 そしてこのやり取りを、現代とUS2051年の流王に視られていたのだった。



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