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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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31話 結ばれてその後①~恥じらい~

 パチパチと木が燃える音が聞こえる。

 時々体に当たる空気が冷たい。

 腕の中にいる温もりからは、小さな寝息が耳をくすぐる。


 この温もりを絶対に離したくない――。


 洞窟の中にいた緋媛は、その様な本能が思考を過った瞬間に、覚醒するように目覚めた。


 まず先に気付いたのは、腕の中で緋媛の上着を着ているマナ。ぴったりとくっ付くように自らに抱き寄せており、ぐっすりと眠っている。


 次に気付いた事は、やけに身も心も晴れ晴れとしている、という点だ。

 頭も冴えているかのように軽い。体も奥底から力が沸いてくるようだ。まるで底が見えるほど澄んだ川の水のように、全てが鮮明な気がする。

 一つ変化があったのは、腕の中のマナが心の底から愛しいという事。


(そうか、発情した相手を抱くとこんな変化があるのか……。言葉に出来ねえ愛しさがこみ上げてきやがる)


 至近距離から見るマナの寝顔に、緋媛はふっと笑う。

 するとどこからか温泉の原泉のような匂いが漂ってきた。

 この洞穴に入った時にも感じた匂いだったと気付いた緋媛は、体を洗いたいというマナの願望を思い出す。


(奥に行ってみるか?)


 とはいえ、マナを置いていく訳にはいかない。目の届くところに置いておかなくては。


(……連れていくか)


 と思い、火を消して抱き上げたとその時――。

 マナがゆっくりと目を覚ましたのだ。眠そうな表情が伺えるが、瞳が潤んでいるようにも見える。


 視線を上げ、緋媛の顔を見たマナは、恥ずかしそうに頬を赤く染めてパッと顔を逸らす。両手で顔を覆い、ちらちらと緋媛を見るという行動繰り返す。


「……何だよ」


「い、いえ、何でもありません……」


 明らかに恥ずかしがっている様子のマナを、少しからかってやろうと緋媛がある事を尋ねた。


「あんた、体は平気なのか?」


「ええ、傷の痛みはありません」


 ダリス人に鞭で叩かれた時の傷の事を心配しての事だろうと思ったマナ。緋媛の血で傷を綺麗に塞いだばかりだからだろうとし、恥ずかしさを忘れてそれに対する回答をした。

 だが、緋媛は意地悪く笑う。


「そっちじゃねえよ。あんたに結構無理させたからな、俺が」


 二、三秒程マナの思考が頭の中をぐるぐると回る。緋媛が無理をさせたとは一体何のことかと。

 そしてはっと思い出す。何度も何度も緋媛に体を貪られる程に抱かれた事を。

 再び顔を赤くしたマナは、またしても両手で顔を覆う。


「い、言わないで下さい……! あんな、あんな厭らしい事をなさるなんて……! いえ、あれは夢です! きっとそうです!」


「いや、あれは現実だ。夢じゃねえよ。それにあんた、姫のくせにそんなやらしい夢見るのかよ。レイトーマの王女だろ?」


「そ、それは……! その……。もうっ、そんな恥ずかしい意地悪言わないで下さいっ! 下ろしてください、自分で歩きますから」


 マナはぷくっと頬を膨らませながらも、照れ臭そうに緋媛から視線を逸らす。

 やや機嫌を悪くしたようだが、本当は緋媛と目を合わせるのが恥ずかしいらしい。


 緋媛は裸足のマナを地面に降ろす事を躊躇いながらも、本人が望むならばと地面にそっと足からおろしてやった。

 ところがマナは、すぐにぺたりと地面に座り込んでしまう。立ち上がろうとするが上手く立てず、彼女自身不思議そうな表情だ。


「立てねえのか」


「ええ、何だか足腰が変です。上手く力が入りません」


「ほら、平気じゃねえだろ。言ったろ? 結構無理させたって」


「そ、それとこれとは別です! 別だと……思います」


 徐々に口が籠りだすマナ。

 言葉ではどうしても否定したいらしい。緋媛に激しく抱かれた、等と口が裂けても言えないようだ。


 本当はもっと弄って恥ずかしがるマナを見ていたい緋媛だが、それはやめておいた。あまりしつこくし過ぎても彼女に嫌われるだけなのだから。


 はいはい、と小さく笑った緋媛は、再び彼女を抱き上げる。


 術で小さな炎を幾つか作り、行く先を点々と灯しながら奥へ奥へと入って行った。


 途中、数十羽程のコウモリのバサバサという羽音がマナ達の上空を掠め、彼女は「きゃっ!」と声を上げて緋媛の首へ腕を回して抱きつくなど、随分と怯えた様子もあった。

 というのも、実際にコウモリを見るのは初めて。近い距離での羽音だったので驚いてしまったという。


 やがて徐々に空気が湿った状態へと変化すると同時に、新鮮な空気が舞い込んできた。

 先へ進むと今度は光が疎らに差し込んでくる。進むたびにその光ははっきりと道を示し、やがて見えてきたのは――


「見ろよ姫」


「……! 素敵……、泉と周りに木々が生えて、光が斜めに差し掛かっています。あら、でも湯気が……」


 緋媛は緑の美しい木の下にマナを下ろし、その泉が何かを確認しに行く。温泉の源泉のような匂いは、どうやらここから発生しているらしい。

 泉に歩み寄った緋媛は腰を下ろして片膝を着き、泉の中に手を入れる。


(暖かい。見た所座れるぐらいの深さらしい。水の匂いも質も問題なさそうだ)


 そう判断した緋媛は、すぐにマナの所へ戻った。

 するとぼーっと空を眺めていたマナは、彼と彼の左腕に気付き、目を見開く。明るくなった場所へ来た事で、抉れた左腕が血が目に入ったのだ。


「緋媛、その腕はどうしたのです?」


 ――気付かれた。

 そう悟った緋媛はさっとその腕を隠し、こう誤魔化した。


「浜に打ち上げられた時にやっちまったらしい。大した事ねえよ」


「大怪我ではありませんか! それなのに私を抱き上げたり尽くしてくださったり……。私、貴方をそんな目に遭わせていたなんて……」


「……何で泣くんだよ」


「悲しいのです。私を助けようとして緋媛が怪我をするなんて……。そんな、とても痛そうな傷を負って……」


 痛みがない訳ではない。むしろ激痛である。

 それを顔に出してはマナが心配するだろうと思い、痛みを堪えているだけ。


 だが心配ではなく自分のせいだと哀しむ彼女は予想外だった。どうやらそれほどまでに心まで傷ついているらしい。


 緋媛は「こんなもん」と言ってマナを抱き上げ、すぐ傍にある暖かな泉へと歩を進める。


「どうせすぐ治る。俺は龍族だからな、治癒能力は人間よりはるかに優れてんだよ。それよりほら、この湯でにも浸かって体を温めろ。体綺麗にしたいって言ってたろ?」


 緋媛はマナの足が浸かるようにして地面に座らせると、すぐに踵を返した。緑の美しい木の下の陰へ行き、すとんと腰を下ろす緋媛。


 それを見送ったマナは着ていた緋媛のコートを脱ぎ、暖かな湯の中へ身を沈めた。

 マナはほっと落ち着き、緋媛の腕の傷を気にしながらもまず昨晩の事を考る。


(昨晩は私もどうかしていたわ。この時代に来てから色々あり過ぎて、不安とストレスが溜まったからかしら。昔お母様に王族はいかなる時も冷静であるよう言いつけられていたのに、あんなに取り乱してしまうなんて……。取り乱……駄目、駄目よマナ! そんな厭らしい事を思い出しては! あんな夢のような……、夢みたい……レイトーマ城で私の護衛をしていた緋媛が実は江月の方でそれも龍族で、結ばれるなんて……)


 幸せだと笑みが込み上げるマナ。何とも言えぬ満たされた気持ちが、彼女の心の大半を占めている。

 縁談の話が上がってからというもの、いつしか緋媛と結ばれたいと思っていた。それが叶ったのだから。



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