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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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29話 楽しい晩餐

 紙音達の待つ家の前まで戻ったイゼルとゼン。

 イゼルに抱かれているゼネリアはすっかり大人しくなっており、体の色も城に近い灰色になっている。目を覚ましてすぐ周囲を威嚇していたような子供は何処へいったのだろうと言いたくなる程、イゼルの腕の中でくつろいでいるのだった。


 イゼルは空を見上げ、こう呟いた。


「緋媛とマナ姫は無事だろうか……」


 ゼネリアの件が解消した事で気持ちに余裕が出てきたイゼルは、自身の怒りにより嵐に巻き込まれたであろう彼らの安否を気にしている。

 緋媛はともかくマナも傷だらけだった事は憶えているのだが、そこから先、彼らがダリス人の船からどのように脱出したか、その目で見ていない。


(未来の姫を姫を死なせてしまっては、この時代とは無関係とはいえ、レイトーマの国王に顔向け出来ん)


 未来を見る事の出来る次の人柱であるゼネリアに頼めば、マナと再会できるか否かの未来を視てくれるだろう。

 だが、体力を消耗し、体の鱗が生え切っていない子供に頼むわけにはいかない。イゼルは一刻も早く里に戻るべきと判断した。


「父さん? 家ん中に入ろうよ」


「あ、ああ、そうだな」


 帰る前に、紙音と今の旦那であるムットに礼を言わなくてはならない。

 イゼルはゼンに誘導されて、紙音達の家に入って行った。


 入るなり、椅子に座っていた紙音がガタンと立ち上がる。

 その音に驚いたゼネリアは、飛び跳ねる様にイゼルの背中へ回り込んでしがみついた。

 紙音が近づく。


「ああ、良かった、見つかったのね。で、ちゃんと打ち明けました?」


「……それなりには」


「まあ、はっきりと仰ってないのですね」


 やや不満そうな紙音は、肩眉を上げてむっとした表情をしている。

 それに構わずゼンは、雪で冷えてしまったゼネリアを暖める為、イゼルの背中にいる彼女を抱き上げて暖炉の前に移動した。


「今はこれでいい。それより紙音、ココット殿は?」


「ユキネと一緒に暖かいご飯を作っていますよ」


「そうか、夕食時だな。ならば俺達はココット殿に挨拶をしたら早々に去るとしよう」


「あら、ムットは貴方達の分も作っていますよ。子供もお腹を空かしているだろうって言って」


 クスクスと紙音が微笑んでいると、ふわりと暖かく優しい食べ物の匂いが漂ってきた。

 イゼルと紙音がゼネリアの方へ顔を向けると、その匂いに尻尾を振って喜んでいる彼女が視界に入る。どうやら腹を空かせていたらしい。


 ここは好意に甘えた方が良さそうだと、イゼルは席に着いた。

 するとそこへ、料理を持ったムットが台所から出てきて、テーブルに料理を出してゆく。

 そしてユキネも飛び出して来て、ゼネリアは反射的にゼンの後ろに隠れてしまう。


「お兄、聞いて聞いてー! ユキネね、サラダ作ったんだよ! レタスをこうしてちぎってちぎって……」


「へえ、偉いじゃないか」


 手でレタスをちぎる真似をするユキネを、ゼンの後ろからゼネリアがじっと観察している。

 その視線に気づいたユキネは、にこにこと満面の笑みで彼女に近づき、目を輝かせて感動の言葉を口にした。


「さっきの子だよね! すごーい! 体の色変えられるんだ! 真っ黒だったのに灰色みたくなってるー! ユキネはユキネっていうの。お名前教えて」


「……………」


 緋倉以上に明るく元気なユキネに、ゼネリアは混血の自分が怖くないのだろうかと疑問に思う。

 やや距離を取ろうとしていゼネリアに、ぐいぐいと近づいてくるユキネ。

 それを察してか、ゼンはユキネを抱き上げて膝に座らせた。


「こーらユキネ、ゼネリアちゃんが驚いているよ」


「だってユキネ、お友達欲しいんだもん!」


 ゼンを見上げながらそう訴えるユキネは、何故か自慢するような眼差しをしている。

 思えばユキネは生まれてから数回しかダリスの街に出た事がない。同世代の子供が遊んでいるのを羨ましく見えていた事もあった。

 そう思うと、普通は欲しそうに我儘を言うように訴えるものだが、ユキネにとっては友達がいない事が自慢らしい。


「ねーねー! お友達になろうよー!」


 ゼンの脇の下から頭を出し、後ろのゼネリアに懇願する。

 ゼネリアは少し頭を悩ませると、ゼンの背中から飛び降り、くるりと回って彼の膝の上に座った。

 丁度子供が横並びに座っているようになっているが、ゼネリアだけは龍の姿のままだ。


 その時、ムットが料理を出し終えた。


「さて、みんな、夕食ができたづら!」


 ずらりと並んだ料理のある食卓で、ゼネリアとユキネは隣り合っている。

 ゼネリアは緊張しているものの、次第に心が解けていったらしく、笑みがぽろぽろと零れていた。彼女にとって、思い出になるような一時であったのだ。


 ***


 食事を食べ終えた子供達は、満腹で眠くなり、ソファーの上ですやすやと眠っている。

 イゼルはゼネリアの頭を撫で、起さぬようそっと抱き上げた。


「……この子は里で、緋倉しか一緒に遊ぶ相手がいない。里の子供たちは皆、異界の血が混じっているゼネリアを恐れ、排除しようとしているんだ。だからユキネのような子がいて嬉しかったんだろう。……久しぶりに、この子の笑顔を見た気がする。ありがとう」


 ではそろそろ、と玄関に歩を進めるイゼル。その背中はどこか寂しそうでもあった。それは紙音とゼンを気にしての事。

 イゼルがいながらも人間のとの子を産んだ紙音は、その背中から罪悪感が込み上げてき、「あなた!」と立ち上がる。


「私、何て言えばいいのか……! 私のした事は――」


 紙音が言いかけると、イゼルは言葉を遮り、自分の想いを紙音に伝えた。


「紙音、最初は動揺したが、いい人間を亭主に迎えたな。俺なんかよりずっといい御仁だ。無理に帰ってこいとは言わない。お前は新しい家庭がある。お前たちが幸せなら、俺はそれでいい。だがもし何かあったら、いつでも里に戻ってこい。皆を連れてな」


 イゼルは紙音の裏切りの罪を許そうというのだ。これに涙した紙音はイゼルの足元に崩れ落ちる。

 そしてイゼルは、静観していたムットに感謝の意を伝えた。


「ムット殿、世話になった。二度も食事をいただいてしまって何も恩を返せず、申し訳ない」


「いや、私はあなたの奥様を奪った罪深き人間。この程度の事で許されるとは思っていない。申し訳ない」


「……知っていたのか、紙音が俺の嫁だと」


 ゆっくりと頷くムット。


「そうか、そうだったのか……。だから俺達を二人きりに出来たわけだ……。ムット殿、この先も紙音を頼む」


「……うむ」


 実はムット、元旦那と知った時、実際会ったら修羅場になると予想していた。

 だが、紙音はイゼルは争いが嫌いな穏やかな性格、修羅場はないだろうとムットに伝えている。

 紙音の言う通りであった事で、ムットはイゼルの器の大きさに感化したのだ。


「父さん」


 最後にゼンがイゼルに声を掛ける。何やら真剣な面持ちで。


「俺は母さんたちの傍にいるよ。誰かが護ってやらないといけないし、可愛い妹もいるしね。それに、俺にはやる事があるから」


「やる事?」


「何百年かかっても、ダリス帝国に捕らわれてた異種族を救い出す。父さん達は里を護る事で手一杯なんでしょ? だから帝国に一番近い俺がやるんだ。必ずやり遂げてみせる……!」


 ゼンに瞳には覚悟があった。

 本当は親として危険だから止めろと言いたいイゼルだが、その瞳を見てしまっては否定も出来ない。わかった、と頷くしかなかった。


「あまり無理をするなよ」


 ゼネリアを抱いたままくるりと踵を返したイゼルは、紙音達に背を向けて家を出ると、すっかり日が落ちてしまった夜の森に溶けていった。



 そして暫くすると、森の向こうの海でミッテ大陸へ向かって行く龍の姿が空を飛んでいたのだった――。



 この時、ダリス帝国の街から騎士を含めた多くの人間が歩を進めていた事を、誰も気づいていない。



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