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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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26話 ムット・ココットの訴え

「客人殿、スープが出来たづら。おおユキネ、お前も飲むだろう?」


「スープー! 欲しーい!」


 目をぱっちりと見開いてキラキラ輝かせているユキネと呼ばれる子は、ゼンからぴょんと飛び降りると部屋の中央に置かれた長テーブルにある椅子によじ登って座った。

 届かぬ脚を前後に動かし、嬉しそうにスープが出てくるのを待っている。


「これこれ、客人が先づら」


「俺は後でいい。子供に先に出してやってくれ」


「そ、そうづらか? すまんの……。ユキネ、お礼を言いなさい」


「あはっ! おじちゃん、ありがとう」


 おじちゃんと呼ばれる見た目だろうかという疑問はありつつも、子供の喜ぶ顔は何とも心地いい。

 そう言えば、とイゼルはゼネリアの頭をなでる。


(俺はこの子の笑顔を何度も見たことがない……)


 最近は叱ってばかりで、食事の時ですら子供らしい笑顔など見ていなかった。ずっとしかめっ面をしている印象しかない。

 対してあのユキネは、龍族と人間の混血のはずなのに、満面の笑みで楽しそうに生きている。


 ループを美味しそうに啜るユキネを見ると、イゼルはようやく椅子に座った。

 紙音も立ち上がり、先に座っていた人間の男の隣に腰かける。

 ゼネリアに気付いたゼンは、紙音と交代するようにゼネリアの傍に歩み寄り、横へ座り込んだ。


 ゼンを除く全員が椅子へ着いた時、紙音がイゼルを手で指して紹介し始めたのだが――


「紹介が遅くなったけど、この方は龍族の里での私の――」


「龍族の長のイゼル・メガルタだ。彼女の妹の旦那が俺の右腕でな、それ故に紙音とは旧知の仲なんだ。……紙音、すまないな言葉を遮って。俺から名乗り出るべきだと思ったんだ。許してくれ」


「え、ええ」


 イゼルは紙音が妻だとも、ゼンが息子とも言わなかった。まるで友人とその息子のように扱ったのだ。

 拳を強く握るゼンは、イゼル達に背を向けながらも疑問の表情を浮かべている。何故、父が本当の事を言わないのかと――。


 人間の男は、歓迎するかのように穏やかにほほ笑んだ。


「そうづらか。こんな辺鄙な所に龍族の長がいらっしゃるとは思わなんだ。私はムット・ココットづら。以前はダリス王都に住んでいたのだが、国王が変わってから治安がどんどん悪くなってきてな、十年前から全てを捨ててここに住むようになったづら。言わば世捨て人みたいなものづら」


 と自己紹介をすると、ムットはスープを一口掬い、口に流し込んだ。

 イゼルは飲もうとしたスープに手を付けかけたが、国王が変わったという言葉に反応して手が止まった。


「私が子供の頃は豊かな国であった。武術の国ダリス帝国と呼ばれ、年に二度ある大きな武道大会ではカトレアやレイトーマだけでなく、異種族達も観戦に来ていたのを覚えているづら。それが国王が変わってからというものの、武道大会は廃止され、経済は悪化し、飢える者が増えていった。そして龍族の血肉が万病の薬になるという噂が届き、新たな国王の命で異種族達を捕らえよと躍起になる者も出てきたづら。人間として謝るづら、申し訳ない……」


 ムットはテーブルに手を付いて、額を擦り付ける様に謝罪した。

 予想外の行動に、イゼルは「顔を上げてくれ」と頼むが、一向に頭を上げない。


「今この国では、多くの異種族が見世物や奴隷になったりと家畜扱いされているづら。特に龍族は珍しい鱗やその血肉を求めて、……まるで魚の解体のように生きた龍を捕縛しながら切り刻んでいるづら! 数日もすると血肉は再生する、無限に採れると群がう人間……! 悲鳴を上げる龍族、雑巾のように働かされるエルフやドワーフ、妖精は見世物小屋に閉じ込められ……。私は王室に訴えたづら、このような非人道的行為は許されぬと……! しかし、私の声は届かなかったづら……」


 ぎゅっと拳に力の入るムットは、自分の無力さを訴えた。

 もっと発言力があれば、この状況を打開できたかもしれない。以前のように異種族と共存できるかもしれない。

 これがカトレアやレイトーマであれば違っただろうが、ここはダリス帝国。弱者は破れ、強者が勝利する国。強者である王室の発言は絶対なのだ――。


「すまない……! すまないづら……!!」


 腹の底から絞り出すようなその声に、沈黙の空気が流れる。

 美味しいスープに笑顔を浮かべていたユキネも姿勢を正してちょこんと座る程の空気が。


 イゼルはスープを一口飲み、一息ついてから言葉にした。


「……ココット殿、このスープは貴方が作ったのか?」


「はい」


「澄んだ味がする。貴方の心のように」


 ゆっくりと顔を上げたムットは、穏やかだがどこか悲し気な表情のイゼルを見、視線を伏せた。

 イゼルはこう続ける。


「噂では聞いていたが、同族がそうなっていたとは……。状況を把握出来ただけ収穫だ。それに、俺は誤解していたようだ。ダリス人全員が異種族狩りをしていると思い込んでいた。それが違った……。貴方のように、我々異種族を庇って下さる人間がいる。喜ばしい事だよ。貴方の行動に感謝する」


 立ち上がったイゼルは深々と腰を折り、ムットに感謝の意を示す。

 それでも状況は変わらないと悲観的な紙音とゼンは、視線を下げて眉を八の字にしている。

 ところが子供は違う。少しでも面白い事を見つけると話題が逸れてしまう。ユキネはイゼルとムットを交互に見ると、手を叩いてケタケタ笑い出した。


「おとうとおじちゃん、ペコペコしあってるー! 面白ーい! ユキネもありがとうするの。おとうのスープおいしーの。あんがと」


 椅子の上に立ち上がったユキネは、イゼルを真似て深々と腰を折った。

 大人の真似をする子供の微笑ましい光景に、室内にいる皆から笑みが零れる。


「まあユキネったら。さ、危ないから椅子に座りなさい」


 席を立った紙音はユキネの後ろへ行き、軽々と抱き上げると椅子に座らせ、頭を撫でる。

 へへへ~と丸い頬を桃色に染めて喜ぶユキネは、再びごくごくとスープを飲み始めた。


(紙音とココット殿の子か。周りに迫害する者がいなければ、龍族と人間の混血でもこんなに幸せそうな顔ができるのだな。それにまだ幼いというのに完全な人型になれるとは……。……待て、ゼンにとってユキネは異父兄妹に当たるのか。俺と同じ……)


 それでもゼンはユキネを可愛がっていたように見えた。

 息子がどんな想いでユキネと接しているのか、どうしたらこんなに素直な子に育つのか、イゼルには疑問しかない。血筋の問題か育て方が悪いのか、頭で妹だと理解してても――心の奥底で妹だと認めていない自分がいるからか。

 ぽっと出てきたゼネリアに対するイゼルの答えはずっと見つからぬままであった。


 そのゼネリアの様子を見ようと顔を見やった時、びくっと大きく体を痙攣させるように震わせ、大きく目を見開いた。


「ねえ、この子起きたよ」


 ゼンがそう伝えると、イゼルはガタンと椅子から立ち上がる。

 鱗はまだ完全に生え切っておらず、人型にもなれぬゼネリアは、近くのゼンの顔を見るなり激しく威嚇した。

 先ほどまで灰色だった体が漆黒になり、怯えながら牙を剥き出しにしている。


 ――近寄るな! と訴え続けている。


「そんな事言われてもな……。ほら、周りを見てごらん。ここには君を苛める者はいないよ」


 警戒しているゼネリアの目線まで視線を落とし、落ち着いた低めの声でゆっくりと語りかけるゼン。

 それでも威嚇するゼネリアの視界――ゼンの顔の横から見えるイゼルを見つけるなりソファーから飛び降りてそのまま家から飛び出してしまったのだった。



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