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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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25話 愛しい妻と息子

 怒りにより海上で嵐を起こし、ダリス人の乗っていた船を破壊したイゼル。

 彼はその後、ゼネリアの傷を癒すた為、より近い陸地へと飛び立っていた。


 龍の里のあるミッテ大陸より、どうやらダリス帝国のあるホク大陸が近かったらしい。

 人型となって雪降る地へ降り立ったイゼルは、ゼネリアの鱗の再生状態を見ている。


(やはり、混血のゼネリアは俺の血を掛けても再生が遅い。鱗を剥がされたんだ、完治するまで数日はかかるだろう。いや、治りが遅いのは俺も()()()()()()()()()からか……)


 意識は戻らぬものの、呼吸は安定している。それだけでもイゼルの心は落ち着いた。

 そうなると冷静に物事を考えられるイゼル。

 龍の姿を見た人間が異種族狩りの為にここへやって来るはずだ。人型をとっているイゼルは逃げ切れるが、龍の姿のままのゼネリアはそうはいかない。また、特殊な血を鱗を狙われるだろう。


(この子が目を覚ますまで、どこかに身を潜めなければ)


 と思ったその時、雪を踏みしめる音が聞こえてくる。人間かもしれない。

 辺り見渡すが隠れる場もない。後ろは海。雪しかないこの地の前方には森があるのだが、足音が聞こえる方向はその森からだ。


 普段着ている着流しでは、子供とはいえ人間の小柄な大人と同じぐらいの身長のゼネリアを隠すことは出来ない。

 ならば、戦うしかない。


 イゼルは腰にある刀に手を掛け、森から出てくる者に警戒した。

 ギュッ、ギュッ、という音が近づいてくる。姿もはっきりしてきた。緊張が高まってきたのだが――


「……紙音」


「あ、あなた……!」


 森から出てきたのは肩掛けを羽織り、赤白の縦縞で長いスカートを履いている髪の長い美しい女性。緋紙の姉でイゼルの妻――無論、彼女も龍族である。

 イゼルは幻でも見ているかのような眼差しで彼女を見つめていた。


「お前、生きていたのか……!」


「……………」


「何故里に、俺の元に戻ってこなかっ――!」


 物言わぬ紙音に問い質そうとした時、複数の足音が聞こえてきた。随分と遠いようだが、いずれは海岸にたどり着くだろう。

 紙音はイゼルに近づくと、彼の腕の中にいるゼネリアを抱き上げた。顔をそっと撫で、悲しい表情を浮かべる。


「可哀想に……。あなた、この森の奥に私の家があります。付いて来て下さい」


 すると紙音は、これ以上雪に足跡を付けないよう、ふわりと木の上へ飛んで森の中へ入って行った。

 イゼルも追いかけ、海岸を後にする。そして木と木を伝って移動してながら、紙音の事を考えていた。


(四年前のあの時、俺は司に里から出ていった同胞と紙音とゼンを探すよう命じた。司は確かに紙音もゼンも見つからなかったと言っていたが……今目の前に紙音がいる。俺の愛する紙音が……。ゼンは? 息子も一緒か?)


 羽のようにふわりふわりと移動していく紙音を追いかけていくと、海岸が見えなくなる程遠くまで来ていた。周りには雪の被った木々しかない。

 数本先の木まで行くと、もう少し離れた所に小さな二階建ての家が見えた。どうやらそこが紙音の家らしい。紙音は足音を立てぬよう降り立つと、その家の中に入って行った。イゼルも後を追って中に入る。中は暖かい。


「ああ、おかえり紙音。おや、その龍の子と男性は?」


 丸い眼鏡を掛け、暖炉の前で椅子に座って本を呼んでいる男がいる。五十代前半であろう白髪掛かった男性は人間のようだ。

 よっこいしょ、と腰を擦りながら立ち上がった。


 状況が飲み込めないイゼルを置いて、紙音は近くにあるソファーにゼネリアを下ろす。


「全身の鱗を剥がされたみたいなの。起きるまでここに居てもらおうと思って」


「そうか、それはお気の毒づら……。どれ、客人に暖かい飲み物を入れてあげよう。先ほど作ったスープでいいづらか?」


 イゼルは「すまない」と言って、づらという訛りの男性を不信に思いつつもゼネリアの傍に歩み寄り、腰を下ろした。

 暖かい場所に着いたからか、心なしかゼネリアの表情が和らいでいる。それでも苦しそうな顔には変わらないが。


「イゼル様、もしやこの子、例の混血の子ですか?」


「……だとしたら、お前はどう思う」


 妹とは断言できない。紙音は他種族に対しても人間にも中立であり、差別などしない性格だと判っていても、ゼネリアの存在を否定された事を考えると、哀れで言えなかった。

 紙音は微笑みながらこう言った。


「緋倉と同じぐらいかしら。可愛いですね」


 すると、ドタドタと大きな音が二階から聴こえてくる。複数の音だが、一つは重く、もう一つは軽い。その音は階段へと伝っていき、ゆっくりと降りているようだ。

 イゼルが階段の方へ向くと、またしても見覚えのある顔が一つある。もう一つは全く見知らぬ顔で、手足を使って四つん這いのように尻から階段を下りていた。


「母さん、誰か来たのか?」


「お兄、抱っこ抱っこー!」


 階段を降り切った所で、小さな髪の長い女の子が共に階段を下りた男に手を伸ばしながらぴょんぴょん跳ねている。

 男が抱き上げ、イゼル達の方を見るとはっとした。


「と、父さん……」


「ゼン……、お前も生きていたか」


 紙音とゼンが無事生きていたことに安堵しつつ、何とも言えぬ複雑な感情が沸き上がってきた。

 怒りも悲しみもなく、ただ複雑としか言えない。


 何となく察してしまったのだ。

 紙音はもう()()()()()()()()()()()()のだと。だから龍の里に戻ってこなかったのだと――。



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