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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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23話 飲める肉

 ひやり、と体の側面に冷たい感触がする。それに寒い。服が濡れているのか。


 ゆっくりと目を覚ました緋媛は、この感触が雪によるものだと理解した。どうやら気絶していたらしい。

 腕の中に何かがいる。マナだ。小さく白い吐息が口から漏れている。生きているようだ。

 ほっと安堵した瞬間、意識がはっきりと蘇った。と同時に、焦りも浮かぶ。


「姫、おい姫!!」


 がばっと体を起こし、頬を軽く叩きながら起こそうとするが、反応はない。

 そういえば傷をまだ治していない。いや、その前に――


「何でこいつ、裸なんだよ……」


 裸にペンダントが首から下げられている。これでは目のやり場に困ってしまう。

 とりあえず上着を脱いで着せようとするが、服がびしょ濡れだ。上着をきつく絞ったものの、これを着せては風邪を引くだろうか。いや、何もないよりは良いだろう。


「先に傷塞がねえと」


 意識ははっきりしているが、何かとまだ困惑している緋媛。

 自らの腕を腰にある剣で傷つけ、マナの体中にかけていく。みるみる傷が塞がっていき、ようやく上着を彼女に着せてやった。


 緋媛はマナを抱き上げ、辺りを見渡した。


「……ここどこだよ。随分遠くまで吹き飛ばされたみてえだが」


 緋媛とマナがいる場所は海岸。

 空を飛ばなければここがどの大陸か検討もつかないが、雪が降っているという事は、おそらくダリス帝国のある北のホク大陸だろう。

 空を飛ぶには元の龍の姿になるしかない為、飛んでは敵――ダリス人――に位置がバレてしまう。すぐに離れ、ミッテ大陸にある龍の里に戻れば問題ないが、マナが目を覚まさない限り動くわけにはいかない。上空でますます体が冷えてしまうので、里に戻るまでに体力を失くしてしまうからだ。


「どこか、洞穴とかねえかな……」


 緋媛の膝の辺りまで積もっている雪を踏みしめて陸地の奥へと歩いていくと、思ったより近くに洞穴があった。


 中は真っ暗。

 緋媛はマナを抱きかかえながらも術を使って小さな炎を灯し、様子を見渡す。入口から少し入った場所には枝葉が落ちていて、思ったより湿ってはいない。

 その枝葉を燃やして暖を取り、服を乾かそう。


 緋媛は入口から少し中へ入った、外からの冷気が届きにくい場所にマナをそっと下した。


 適度に離れた場所に枝葉を蹴って集め、火をつける。

 すると奥の様子も僅かだが見えてきた。どうやらまだ先へ続いているらしく、微かに温泉の源泉のような匂いが漂っている。マナが起きた時の為に調べたいが、今は離れる訳にはいかない。


 緋媛はマナの隣に腰を下ろし、彼女の額を撫でながら船で起きた事を思い出していた。


 ***


「おのれぇ……! てめえら! ()っちまえ!!」


「死をもって償え!!」


 その言葉と同時にイゼルは三本鞭を持っていた男の頭を握りつぶした。

 イゼルへの恐怖で竦んでいた脚を動かし、マナを抱きかかえて船側を突き破って外へ出た瞬間、船が爆発したのだ。


 空を飛んでミッテ大陸まで行くはずだったが、その爆風で飛ばされて海の中へ叩きつけられた。

 海は泳げぬが、浮かぶことぐらいは出来る。顔を出した緋媛は海水を飲んだであろうマナに、口から息を吹き込んだ。やはり塩水を飲んでいたらしい。気を失いながらも海水を吐き出す。

 ふと空を見上げると、赤き龍のイゼル・メガルタが今にも炎を口から吐き出そうとしている。


「イゼル様……! うわっ!!」


 考える間も元の姿で空を飛ぼうとする間もなくその炎が放たれ、大きくうねった波に攫われて海岸に打ち上げられたのだった。


 ***


(確かにありゃあ、俺じゃ止められねえ。どおりでイゼル様が逃げろと言う訳だ)


 初めて見た一族の長の逆鱗。

 今まで穏やかなイゼルしか見た事がないため、緋媛の背筋に悪寒が走る。普段怒らない人間が怒ると恐ろしいと聞いたことがあるが、龍族も同じではないか――と。


 そんな事を考えながらふと外を見ると、吹雪になっていた。


「う、んんっ……」


「! 姫」


 呻き声を上げたマナは、頬を赤くして目を覚ました。

 ほっと安堵した緋媛が改めてマナの額に手を乗せると、熱があるらしい。海水に浸かって黴菌でも入っただろうか。苦しそうに息をしている。


「寒いか?」


「気持ち、わる……吐きそ……」


 今にも泣きそうな表情をしているマナ。

 どうしたものかと悩む緋媛。里に居れば薬華に診て貰う事が出来るがここはおそらくホク大陸。人里へ行くには危険が伴う上、何の薬を与えればいいか分からない。


「お腹、空いた……」


「そうか、何か獲って来る。少し待ってろ」


 腰を上げた緋媛は、洞穴の入口まで向かった。

 吐きそうだという人間が何か口に入れる事など出来ないだろうが、栄養のある物は摂取したほうがいい。しかしこの吹雪の中、何か捕まえられるだろうか。


(鹿か猪でもいりゃいいが、冬眠してそうだな。掘り起こすか? いや、生きてるモンは……間抜けな動物が死んでねえかな……)


 そんな事を思いながら、緋媛はマナを気にしながらも外へ出た。


 五分ぐらい辺りを散策したが、視界が雪で遮られている。これではとても動物の死体を見つける事も、狩る事など出来ない。それでもマナに何か食べさせなければ。

 その時、過去へ来る前に現代の龍の神殿でマナが言った言葉を思い出した。


「何も知らず龍族の肉を……!」


 自身の両手を見つめる緋媛は、ぽつりと復唱した。


「龍族の、肉……?」


 ***


 その後緋媛は、()()()を持ってマナの待つ洞穴へ戻って行った。

 肉は丁度人間の女性が食べる一食分のみで、緋媛の分はない。

 緋媛は火の前に腰を下ろすと、その肉を無言で焼き始めた。


 吐き気で魘されているマナは焼いている肉の匂いに当てられ、さらなる吐き気が込み上げたらしく口を両手で抑えている。


「ああ、悪い。でもお前、生じゃ食えねえだろ? もう少し辛抱してくれよな」


 頷くマナだが、やはり苦しそうだ。

 龍族の血は外傷は治せるが、頭痛や吐き気は治せない。それは龍族自身もそうで、小さな外傷はすぐに塞がるが、内側の事は人間と大差ないのである。


 肉はあっという間に焼けた。焼いたというのに随分柔らかく、包丁などで切らずとも手で簡単に裂ける。

 これならばマナも食べられるだろうが、緋媛としては何とも複雑な気分なのだ。その理由は、マナには決して言えない。


 緋媛はマナをそっと抱くが、一瞬苦痛の表情を浮かべた。

 マナはその表情を見ておらず、気づいていない。

 緋媛は肉を一切れ、彼女の口元に持っていった。


「姫、口開けな」


 小さく口を開けたマナは、その肉を口内へ入れ少し噛むとすぐ飲み込んだ。


「この、溶けるお肉は……?」


「……鹿、だよ。凍え死んでてな」


「そう、ですか」


 マナは緋媛の口元しか見ていなかった。

 体の隅々にまで行き渡るように口の中で溶けた肉は、まさに飲める肉。

 しかしどこかでこの肉を食べた事がある――。

 マナはこの時はその程度しか考えられず、この肉が何の肉か知る事になるのは暫く後の事。


(鹿肉だって? 言える訳ねえだろ、まさか俺の腕の肉だなんて……)


 緋媛はマナに見えないよう、抉れた左腕を隠していた。





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