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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
1章 江月とレイトーマ(旧:世界の人々)
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7話 カトレアとダリス

 この世界には名がある。昔はその名で呼ばれていたが、今となってその名を知る()()()()()()

 そんな世界には、江月やレイトーマの他に二つの国がある。それは芸術の国カトレア王国と軍事大国ダリス帝国。

 カトレアはその名の通り華やかな国だが、対してダリスは貧困差が激しく黒い噂もあるという。その噂は人体実験や誘拐などといったものだが、あくまで噂である。

 そう思うのは、カトレア国内でそのような事件は起きていないからである。そうでなければ、このような祭り並みの賑わいなどない――。


「さあさあ! 次の挑戦者はいないかな!?」


「俺俺! 俺やるよ!」


 連日祭りのようなカトレア王国。

 街の中央にある広場でイベントが行われており、この日の目玉は瓦割りだった。十五枚の瓦を一気に割れたら賞金を貰えるというもの。

 これに名乗りを上げたのは、桔梗色に若緑色のメッシュが入った髪をしている男の子――


「よし、君には特別に五枚にしてあげよう」


「俺大人だよ! 子供扱いしないでよね」


 いや、その男の名は片桐緋刃という。

 片桐の姓を聞いてすぐに分かった人もいるだろう、彼は緋倉と緋媛の弟である。

 緋刃は童顔なので見た目が幼く、周りからは未成年だとよく勘違いされてしまうのだ。この場でもやはり子供に見られてしまい、見た目で判断したイベントの主催者は後頭部を掻いて申し訳なさそうな顔をした。

 すると緋刃は自信たっぷりに、楽しそうな表情を見せて言った。


「どうせならさ、二十……三十枚ぐらい一気にいこうよ」


 これにはその場にいた主催者や観客、全員が驚いた。

 無理だ、そんな事が出来るはずがないという言葉が周りに飛び交う。


「いや~、いくら何でもそんなには無理だよ。十枚でも難しいんだから」


「十枚なんて簡単だもん。平気平気、やらせてよ」


 早く準備してくれと言わんばかりにニカッと笑う緋刃。両手を組んで待ち遠しくしているようだ。

 主催者は出来るはずがないとブツブツと呟きながら渋々用意しているのだが、たった今思いついた意地悪で二十枚の瓦を二組並べた。

 観客からどよめきが沸く。


「じゃあ、この瓦を一度に二組ともぜーんぶ割ったら、倍の賞金をやろう。さあさあ皆さん! そこの通行者も、この大イベントを見てって下さいな!」


 無茶だ、手を痛めてしまうと観客にどよめきが起き、主催者が呼び込みをした事で次々と見物客がやってきた。

 こんなに大勢の観客の中だ、緊張で瓦など割れるはずがない。主催者はそう思っていた。


「うわ、人間が一杯。まあいいや、もう割っていいの?」


「お、おう、やってみろぃ!」


 主催者は、緊張感のない緋刃が予想外であった。いや、もしかすると瓦を割ろうとした時に臆して手を引っ込めるかもしれない。

 そんな事を考えながら、主催者は腕組みをして二組の瓦の間に立った。

 緋刃は両手の拳を瓦の上に置き、少しだけ宙に浮かせた。

 観客が固唾を飲んで、じぃっと緋刃を見つめる。


「ほいっ!」


 その掛け声と同時に拳を勢いよく瓦の上に落とすと、容易く瓦が割れたのだ。

 観客からの口笛を大歓声が広場中に響く。大成功という言葉が似あう程の盛り上がりを見せたのだった。


「う、嘘だ、こんなの……人間じゃねえよ……!」


 と、主催者は顔を引きつらせながら腰が抜けるように地面に尻餅をついた。ほんの少しの意地悪が全く無意味だったのだ。

 するとここで、ファンファーレが鳴り響いた。着ぐるみ来た人や仮装をしている人々によるパレードが始まったらしい。


「あ、前座にはなったみたいだね。盛り上がって良かったよ。じゃ、約束通り賞金二倍、頂戴」


 無邪気とも言える笑顔で主催者の眼前に手を伸ばした緋刃。

 がっくりとした主催者は「赤字になっちまう~」と情けない声を出しながら賞金を渡したのだった。


 ホクホクと頬を緩ませた顔の緋刃は、賞金を懐に忍ばせながら立ち去り、こんな事を思う。


(ちょろいなー。この程度のもんで簡単に稼げるんだもん。あ、でもあまりやりすぎると媛兄に言われるか。媛兄って倉兄と違って細かい所は細かいんだからなぁ)


 広場から離れた所は軽食店が多い。その裏には演劇などを行っている劇場や大きなイベントを行うような会場がある。

 せっかくだからそっちにも行こうと浮足立っている緋刃は、店と店の間の路地に体を忍び込ませた。すると、仁王立ちしている男がいるではないか。


「緋刃指南役! こんなところで遊んで遊んでないで仕事して下さい!」


「うげっ、見つかった!」


「見つかったじゃありません! 国王陛下に報告するまでが仕事なんですから!」


 彼は私服で来ていた兵士。緋刃は服の襟を掴まれ、ずるずると引きずられた。

 実は緋刃達、国王の密命を受けており、その任務の最中であった。ところが任務を終えた緋刃はすぐにカトレア城に帰らず、ちょっと遊んでから帰ろうという遊び心が沸いたもので、兵士からそーっと離れて行動していたのだった。

 その直後にあったのが、先ほどの瓦割イベントである。


「えー、あと報告だけなら俺じゃなくてもいいじゃん」


 後頭部に両手を組んで面倒くさそうに答える緋刃は口を尖らせている。苛立った兵士は、そんな甘いことを考えている緋刃に厳しく伝えた。


「いけません! 国王陛下への報告なのですから、側近である貴方が行わなくては! 下っ端の私が出来るはずないでしょう、まったく!」


「ちぇー、しっかたないなぁ」


 面倒くさい、という言葉は出すことなく、緋刃は渋々カトレア城に戻った。


 カトレア城は美しい装飾に施された煌びやかな城。廊下には歴代国王と王族の肖像画が飾れれ、謁見の間では巨大なステンドガラスから光が輝くように差し込んでいる。まるで芸術を象徴するかのような城なのだ。

 この国には三人の王子がいるのだが、今回は第三王子に関する密命を緋刃は受けていたのだ。それは、行方を眩ませたネツキ・ウッド・カトレアを捜索し、連れ戻せというもの。

 緋刃は国王キツクラ・エレ・カトレアの私室に足を運び、報告をし始めた。


「して、見つかったのか」


「国中見たけど、どこにもいねえや。やっぱりもう船に乗ってるかもねー」


「こんな時に旅など、何を考えているのだネツキは!」


 ネツキは、数日前に部屋に旅に出ると置き手紙を私室に置いてから行方を眩ませている。面白そうだと放置していた緋刃だが、ネツキが城内にいないと騒ぎになり、探しに行くよう命じられていたのだ。


「そりゃー、あの王子二人に嫌気がさしたんでしょ。あいつら、ネツキが邪魔で仕方がないんだから。毒盛ろうとしたり、エルルを排除しようとしたり。もしかすると、国王になる為にエルルと世界を見て回ろうって考えかもだけど」


 カトレア王国では、国民が注目する程の事が起きている。それは次の国王は誰になるのかという、王継承問題。

 この国は王子が約十六~二十歳頃になると、次の国王となる仕来りがある。現国王と王妃は指南役となり、国王としての立ち振る舞い等を教えるようになるのだ。無論、幼少期から帝王学は学ばせているが、実際に国王となった場合と王子とでは責任等のお重さが全く異なる。

 国民に対する責任の重さはもちろん、国王しか知りえぬ情報もあるのだ。

 故に緋刃は、ネツキが国王になる為の準備をしているのだろうとキツクラに伝えたのだった。


「エルル……エルル・マタータといったか。ネツキにとって、それ程大切な娘なのか? 庶民の娘とはいえ、あやつにとってそれ程魅力的な女性だというのか」


 真剣に問うキツクラに、緋刃は頭をポリポリ掻きながらどう言おうかと困惑する。


「俺さ、恋愛とかまだよく分かんねーけど、あいつら見てるとさ、愛し合ってるって、ああいう事言うんだろうなーって思うんだ。……そんな感じっ」


 ニカッと笑う緋刃には、特定の女性との付き合いはない。とはいえここカトレア王国では、女性に話しかけられても適当にあしらってしまう。女性に興味がない訳ではないが、都合が悪いようだ。

 そんな彼の発言に、キツクラはすっかり考え込んでしまった。


 するとそこへ、コツコツと窓を叩く音が聞こえてきた。――鷹だ。

 緋刃はキツクラの私室の窓を大きく開き、鷹を迎え入れる。


「おかえり! 手紙は……あるね」


「おお、何と書いてある」


 その手紙は鷹の足に括り付けられていた。

 鷹の足から手紙を外すと、鷹は疲れたから飯寄越せと緋刃の頭を激しく突き始めた。緋刃自身に痛みはあまりないらしく、涼しい顔をしている。

 この手紙の差出人はイゼルであった。


「……ねぇ、王様。レイトーマのマナ姫が里に来たってさ」


「何と……! いよいよ変わるのか、()()()()が……!」


「それはまだみたいだよー」


 緋刃は手紙に書かれた内容をキツクラに話した。

 マナが江月に来た理由と、ネツキを見つけた時の保護の了承、そして――



 一方、ダリス帝国では――


「嫌あああああああああああ!!! アタシ! アタシが行くのおおおおお!!!」


 六人の幹部のうち、誰がレイトーマへ向かうかを決める会議を開いていた。

 彼らは皆、大きな丸テーブルを囲むように椅子に座っている。女性は一人、他は皆男性だ。

 机をバンバン叩いて叫んでいるのは心は女の男。我儘の叫びに、一同は呆れ顔だ。


「あんた、目的間違わない自信ある?」


「あくまで皇帝陛下のご希望はマナ姫ヅラ」


「アンタ達に言われなくても分かってるわよっ! ね~え~、いいでしょボスぅ~」


 腕組みをした幹部の頭である男は、甘えるように懇願するその男に冷静に視線をやり、一言言った。


「……好きにしろ」


「ああああん! 好き好きボスだぁ~い好きー!!」


 男は唇を突き出してボスと呼ばれる男の元へ一直線に飛んだ。

 ところがボスはガタンと立ち立ち上がり、衝突を回避。男は椅子に激突した。

 ボスは振り向く事はなく、他の四人は鼻で笑っている。


「あんっ、ボスったら相変わらず意地悪なのね……」


 頬を赤らめて立ち上がろうとする男は、愛しの彼に早く逢いたい、そう思っていた。

 部屋を出て行こうとしたボスの男は、ある事を()()()()()()()()言った。


「レイトーマでクーデターが起こる。間もなく国王が替わるだろう」


 それは、イゼルがカトレア王と緋刃に充てた手紙に書いてあった事と同じ内容であった。




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