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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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22話 赤き龍の逆鱗

 広い海の上を飛んで怪しい船を探していた緋媛とイゼル。

 磯の香りがそこら中に蔓延している中、ふわりと甘い香りが鼻の中を通過した。


「……姫?」


 香りのする方角を向きながらボソッと呟く緋媛。少しその方向へ進むと、匂いが強くなってくるのを感じる。薬華に薬を打たれる前程ではないが、それでも居場所が分かる気がした。


(あの薬、不完全だったのか? 姫にすげえ惹かれる……)


「いかんな、日が暮れてしまっている。……どうした緋媛」


「匂いが……、この先に姫がいます」


 その方角へふらりと飛んでいく緋媛を見て、イゼルは発情が抜けきっていないのではないかと推測した。

 薬華に頼んだ薬が不完全だったのかと思うが、今はそれどころではない。むしろ好都合である。発情している雄は相手の雌の居場所がはっきりと分かるのだ。例えどんなに離れていても。

 逆に発情していなければ、普段の嗅覚に戻る。それでも人間の五十倍はあるが。


「わかった、お前の後を行こう。頼んだぞ」


 ***


 匂いの強くなる方向へ向かう事、五分。一隻の船を発見した。

 通常、甲板上には見張りの一人や二人がいるものだが、この船には誰もいない。

 ――怪しい。

 そう思った緋媛達は互いに顔を見合わせて頷くと、人型になり、音を立てぬようそっと甲板へ降り立った。


「間違いない、ここに姫がいます。ただ……この匂い――」


 血の匂いが混ざっている。肉や魚とは違う、人から流れる血の匂いだ。それも嗅いだことのあるマナの血。

 彼女の身に何かあったのではないか。

 焦った緋媛が駆け出そうとした時、イゼルが彼の肩を掴んだ。肉に食い込むぐらいの強い力で。


「っ、イゼル様、分かりました、落ち着きますから――」


「違う、落ち着くのは俺の方だ……」


 声を震わせ、どこか興奮しているのを抑えているイゼル。

 雷雲が集まり、ゴロゴロと上空から音が鳴っている。

 ――が、雷も雨風もない。興奮と共に、天候への影響も抑えているらしく、「海の上、船、静まれ、静まれ」と呟いている。


「イ、イゼル様……?」


「……すまない、あの子が刺されたと聞いて、血の匂いがした気がしてな。もしそれ以上の事をされていたら俺は……! 緋媛、もし俺が怒りに身を任せてしまったら、ゼネリアとマナ姫を連れて逃げてくれ。お前では俺を止められない」


 数回深呼吸をして落ち着きを取り戻したイゼルは、緋媛の肩から手を放して歩み出した。

 返事が出来なかった緋媛は、里で司と殴り合いをしていた時の事を思い出す。ミッテ大陸全土に広がる程の雷雲と嵐を巻き起こし、屋敷の上空で威嚇しあっていた時の事を――。


(海の上でそんなんやられたら、船に乗ってるレイトーマ人にもカトレア人にも被害が出ちまう。ダリス人が馬鹿な事してなきゃいいんだけどな)


 ***


 船室への入口は中央にある扉ただ一つのようだ。廊下に人間がいては戦闘は避けられない。

 少し扉を開け、中の様子を確認するイゼル。人間はいない。

 だが、肉、魚、酒の他に、幾つもの血の匂いが混ざっている。まるで嗅ぎ分けがつかない。


「緋媛、どうだ?分かるか?」


「間違いない、あの真ん中の扉の中に姫がいます」


「ゼネリアもそこにいるな。それにしても騒がしい。宴とはまた別の……怒声が聞こえる」


 緋媛とイゼルは焦りの色を浮かべながら顔を見合わせると、そっと扉へ近づいた。

 聞き耳を立てる。


「この小娘! 何をしたあ! そんなにワイの嫁になるのが嫌かあ!」


 男のその声と共に、何かで肌を叩く音と女の呻き声が聞こえた。これがマナの声だというのは緋媛にはすぐに分かり、「姫!」と叫びながら扉を勢いよく開く。

 が、思わず言葉を飲んでしまった。


 ――視界に入ったのは、何とも言えぬ悲惨な光景だった。

 外から臭っていた幾つもの血の匂いは床に転がっている半数の男達から発せられたもので、床や壁に血が飛び散っている。

 もう半数は手当てをしている者、構わず飲み食いしている者だ。


「誰だてめえら!」


「どっから入って来やがった!」


 酒が入っている人間の男達が叫び、皆が振り返る。

 その問いに答えるより、一体何があったのかと考えるより先に、緋媛とイゼルはそれぞれの目的の人物を探す。


 ――見つけた。三本鞭を持って緋媛達に背を向け、肩で息をしている男の前で倒れている。

 マナはゼネリアを護るように覆い被さっていた。


「姫!」


「ゼネリア!」


 緋媛とイゼルからほぼ同時に名を呼ぶ声が出、前にいる人間の男達を腕で突き飛ばしながら駆け寄った。


 緋媛の眼には、何十回も鞭で打たれたであろう背中の傷と、その白い肌から血が滲んでいるマナが映った。たった一枚纏っただけのシーツはほとんど破れている。


「姫、姫!」


 膝をつき、傷に触れぬようそっとマナを抱き上げる緋媛。

 ボロボロになったマナは、どこか覚えのある腕の温もりが誰なのか、目の焦点を合わせて確認した。


「……ひ、えん?」


 彼女の瞳は金色になっている。

 この三日間、ずっとイゼルと里に戻った緋倉と共にマナとゼネリアを探していたのだと知り、安堵の涙が出てきた。


「信じて、ました……」


「何も言うな、すぐ傷を治してやる」


 緋媛の声が震えている。

 腰の刀に手を掛けた緋媛だが、ゆっくりとある方向を指さしたマナに気付き、動きを止める。

 マナは指を刺した方向、隣を見てこう言った。


「私より、ゼネリアを……あの子、鱗を……酷い、事を……人間が……っ!!」


 力の限り声を出したマナは、意識を失いパタリと手を床に落とした。

 マナに声を掛けながら体を揺するが反応がない。言葉を失った緋媛は、ふと指差す方向へ視線をやった。

 するとそこには、体中の鱗を剥かれたゼネリアが横たわり、膝を床に付けたイゼルがただただ底に座っていた。

 緋媛からは彼の表情は読めない。だが――


「ふん、死んだか。訳の分からん突風を出してワイらを傷つけて、嫁にならんとワイをコケにするからこうなるんじゃ。まあこの鱗が手に入っただけいい」


「鱗?」


 ぼそっと呟くイゼル。その声には覇気がないように聞こえる。

 しかし、外から雷雲がゴロゴロと鳴っている事から静かに怒っていると緋媛は察した。冷や汗が滴り落ち、体が震える。


 ――逃げなくては。マナを連れて。そう本能が叫んでいる。なのに動けない。


「んで、おめえら何もんだ」


 右手だけ元の龍の姿に戻したイゼルは、自らの左腕を傷つけて血を出し、それをゼネリアにかけていく。

 そっと抱き上げようとすると、小さな体はビクンと大きく体を震わせた。


「その髪の色、人間じゃあねぇ。異種族……ドワーフでもエルフでもねえ。おお、鱗が生えていく……! お前龍族か! 何と素晴らしい! こいつらとこのガキの血があれば、一生食って暮らせるわい!」


「血、だと……?」


「こりゃいい! とっ捕まえて売り飛ばしっ……!」


 ほんの一瞬の出来事だった。イゼルが右手で、マナを叩いていた三本鞭を持っている親玉の顔を鷲掴みにしたのだ。

 自らつけた右腕の傷が塞がっていき、左腕には少しずつ鱗が生えてきているゼネリアを抱きかかえている。


「貴様らか……」


「この……、放さんかぁ……っ!」


 親玉をゆっくりと持ち上げるイゼル。床から足が離れ、中に浮いた親玉はバタバタと暴れている。

 その後ろで、手下の人間の男達が緋媛達を捕まえようと構えていた。


「この子の鱗を剥いだのは……」


「おのれぇ……! てめえら! ()っちまえ!!」


「死をもって償え!!」


 手下の男達がイゼルに飛びかかったその時、乗っている船が海上で大爆発を起こした。


 海の上で炎上する船。外は激しい嵐。

 その上空から、血のように真っ赤な龍が逆鱗に触れた表情で見下ろしている。


 そしてその口から、止めを刺すように何度も炎が吐き出されたのだった。





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